エピローグ第18話:チェーホフとプーシキン(キスへのプレリュード)『THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI(スリー・ビルボード)』徹底解剖

  • 2019.02.17 Sunday
  • 19:40

 

 

 

 

 

まさにそうだと思うよ。

 

ミミズク婆さんは「伯爵家乗っ取り計画」の現場責任者だからね。

 

「黒幕」がペテルブルグにいた「伯爵の隠し妻ソージャ」で、「監視・つなぎ役」がその兄である「眉毛の黒い太った男カエタン」だったんだ。

 

 

さ、最初から全員グルだったってこと?

 

 

僕はそう深読みする。

 

なぜなら…

 

劇中における「予審判事セルゲイ・ペトローウィチ」と「眉毛の黒い太った男カエタン」の一連の描写は、あまりにも不自然過ぎるんだ…

 

 

・・・・・

 

 

何を言ってるのかわからない人は、きっと前回を未読の人ね。

 

こちらからどうぞ。

 

 

 

予審判事セルゲイ・ペトローウィチは「眉毛の黒い太った男カエタン」を最初に伯爵から紹介された時から、「なぜか」必要以上に彼に食って掛かっていた。

 

そしてカエタンが「ポーランド人」であることに何度も言及し、ことあるごとに見下す発言を繰り返すんだ。

 

挙句の果てには伯爵に向かって「あんな奴は今すぐ追い出してくれ」とまで迫るんだよね。

 

だけど町の郵便局で「偶然」会った時は「なぜか」そうじゃなかった。

 

二日前に予審判事は伯爵たちの前でカエタンに《豚野郎》と最大級の侮辱発言をしたんだけど、それにもかかわらず、郵便局では「カエタンの方から話したそうだった」というんだね。

 

そしてカエタンは予審判事に「伯爵が淋しがっているから屋敷に来てください」と言うんだ…

 

あれだけ自分を侮辱した相手に対して…

 

 

どうゆうこっちゃ?

 

予審判事は伯爵の目を欺くために、わざとカエタンを「毛嫌いするふり」しとったんか?

 

せやから伯爵がおらん時は「仲が悪い演技」をする必要がないっちゅうことか?

 

 

だろうね…そうとしか考えられないんだ…

 

というか、そもそも郵便局でカエタンと会ったこと自体が、妙な話なんだよ…

 

 

妙?

 

 

あの日、ミサの途中で教会から出た予審判事と医師イワノーウィチは、町の中心部を散歩していた…

 

そしてなぜか予審判事は突然「郵便局へ行こう」と言い出すんだ。何の用事もないのに…

 

するとそこに、不自然なほどの大金をペテルブルグに送金している「眉毛の黒い太った男カエタン」がいた…

 

そして予審判事は、伯爵の前では「目障りだ!この豚野郎!」と罵っていたくせに、なぜかここでは友好的な態度を見せる…

 

 

何もかもが、あやしすぎるね…

 

 

カエタンが送金している大金を伯爵の金だと「見抜いた」予審判事は「伯爵から金をむしり取ること」について「朝飯前だ」と読者に説明する。

 

そして予審判事と医師は郵便局を出た。

 

すると、町の目抜き通りを「十字行列のパレード」が通っていたんだ。

 

ここでも不自然なやり取りが交わされる…

 

「あそこに僕らの仲間がいる!」群衆から一段離れて、わきの方に立っている、この郡の上流階級を指さしながら、ドクトルが言った。

 

「僕らのじゃなく、君の仲間でしょう」わたしは言った。

 

「同じことじゃないか……あそこへ行きましょうや……」

中央公論社版(訳:原卓也)より

 

 

 

妙な会話ね…

 

まるで「今の予審判事は上流階級ではないけど、いずれそこに属する」とでも言いたげな…

 

 

まさしくそれを暗示しているんだよ。

 

教会でオリガが予審判事セルゲイ・ペトローウィチに言った「あたしたちの席は前の方に定められている」と同じようにね。

 

この小説における主人公の地位「予審判事」とは、伯爵領内の村々で起こる日常的な揉め事を処理する役職だ。

 

重大事件は郡の上級判事が担当するから、西部劇でいう「田舎町の保安官」みたいな存在だね。

 

だから上流階級の身分ではないので、彼も教会では一般大衆席にいた…

 

しかし「まえがき」と「あとがき」に登場する「8年後のセルゲイ・ペトローウィチ」は、明らかに「上流階級」の身なりだったんだ。

 

高い身分であることを示す立派な徽章をつけ、金のネックレスや高価そうな宝石のついた指輪をしてね…

 

彼は安月給の予審判事時代に放蕩生活を送り、まったく貯金はなかった。

 

しかも村民への暴行事件により予審判事の職を罷免させられている。そんな経歴があったら、よその土地でも公職には就けないだろう。

 

なのに8年後、彼は非常に良い暮らしをしているんだ。

 

「隠し妻ソージャ」と「眉毛の黒い太った男カエタン」の兄妹によって領地から追い出された伯爵を世話しながらね…

 

 

それってまさか…

 

 

伯爵家を乗っ取ったポーランド人の兄妹から経済支援を受けていたとしか考えられない。

 

最初からの計画通りにね。

 

あの二人にとって伯爵は、領地に居てもらっては困る存在だけど、どこかで野垂れ死んでもらっても困る存在だ。

 

なぜなら…

 

まだ「世継ぎ」がいないから…

 

 

ああ、そうか…

 

伯爵家乗っ取り計画は、伯爵夫人ソージャに「伯爵の子」が生まれないと完成しないんだ…

 

そーじゃないと伯爵の死後に親類たちが相続人になってしまう…

 

 

でも、もう不可能よね…

 

伯爵は廃人同然だから…

 

 

「不可能」とは言い切れない…

 

それを臭わす描写があるんだ。

 

「まえがき」で元予審判事は、編集長の本来の面会日である土曜日に来れない理由として、こう熱弁する。

 

「明日わたしは非常に重大な用件でオデッサへ発つのです」

 

 

なんやねん「非常に重大な用件」って?

 

 

それは明かされないんだ…

 

だけど推測はつく。

 

 

どゆこと!?

 

 

元予審判事セルゲイ・ペトローウィチは、廃人同然となった伯爵を連れて、黒海沿岸の都市オデッサへ向かった…

 

伯爵の妻ソージャと会うために…

 

 

ええ!?

 

 

表向きの「すじがき」はこうだ…

 

普段は領地とモスクワで離ればなれに暮らす伯爵夫妻が、オデッサの保養地で久しぶりの「夫婦水入らずの時間」を過ごす…

 

そしてソージャ夫人は、めでたくバカンス中に待望の「世継ぎ」を懐妊…

 

 

だけど本当の父親は…

 

 

元予審判事セルゲイ・ペトローウィチ…

 

 

その通り。

 

そして実は、これには「元ネタ」があるんだ。

 

チェーホフの大先輩であるロシアの国民的作家プーシキンは、オデッサ時代に一人の女性をめぐって「四角関係」にあったと言われている。

 

どうもチェーホフは、この四角関係をモデルに小説『狩場の悲劇』を書いたようなんだよね…

 

その「四角関係」の登場人物は…

 

名門伯爵家の出身で、オデッサがあるノヴォロシア地方の総督を務めるミハイル・ヴォロンツォフ伯爵…

 

その妻で、ポーランドきっての名門貴族の家に生まれたエリザベタ…

 

伯爵の部下にあたるラエフスキー大佐…

 

そして、作家活動が素行不良と判断され、首都ペテルブルグからオデッサへ左遷されていた役人で、酒色に溺れた放蕩生活を送っていたプーシキン…

 

 

 

伯爵夫人が、夫の部下である愛人との間に隠し子を!?

 

 

しかもその子供は「伯爵の子」として生まれ、育てられたんだ…

 

伯爵自身も「自分の子ではない」ということを知っていた上で…

 

 

マジか…

 

せやけど『狩場の悲劇』の人間関係は「オデッサの四角関係」とクリソツやな…

 

「伯爵・執事・予審判事との三股オリガ」と「密かに夫の部下の子を産むポーランド人のソージャ夫人」を足したら「エリザベタ」やんけ…

 

 

そうだね。

 

小説『狩場の悲劇』を本当に理解するためには、19世紀におけるロシア貴族とポーランド貴族の関係を知ることが必須だ。

 

そしてこの「四角関係」における伯爵夫妻は、19世紀前半におけるロシア・ポーランドの両国関係を象徴するカップルなので、詳しく紹介しておこう。

 

 

ノヴォロシア総督ミハイル・ヴォロンツォフ伯爵は、貴族として、そして軍人として、類まれなき指導力を発揮した。

 

対ナポレオン戦争を指揮し、戦後にはフランスで占領軍の司令官を務めたほどの、統治能力に長けた人物だ。

 

そして、ロシアがトルコから支配権を手に入れた黒海沿岸ノヴォロシア地方の総督に任命され、のちに戦略的にも経済的にもロシアの重要拠点となる新興都市オデッサの発展に寄与した。

 

 

 

大人物やんけ。

 

 

その妻であるエリザベタは、ポーランド有数の大貴族の娘として生まれた。

 

ちなみに彼女は、女帝エカテリーナ二世の愛人であったグレゴリー・ポチョムキン元帥の姪にあたる。

 

そして彼女の父ブラニツキ伯爵は、ポーランド貴族の中における親ロシア派の中心的人物だった。

 

フランス革命の余波によりポーランドで「民族自決&農奴解放」の機運が高まった際、ブラニツキ伯爵は「大貴族の領地と特権」を守るためロシアと手を組み、ロシア軍をポーランド国内へ進駐させる。

 

それによってポーランドの主権は奪われ、国土はロシアやプロイセンに分割され、国家は消滅してしまった。

 

一握りの大貴族の既得権益を守るために、ポーランド国民は犠牲になったんだね。

 

つまりエリザベタは、ロシア人から見れば「大ロシア帝国誕生の功労者の娘」であり、ポーランド人から見れば「売国奴の娘」ということになる…

 

 

そんなビッグなカップルに割って入ったプーシキンも相当だね…

 

 

なにせ当時プーシキンが憧れていたのが、かのバイロン卿だからね。

 

だけどやっぱり「四角関係」の主役はエリザベタだ。彼女の「恋多き情熱の血」は「父譲り」ともいえる。

 

 

ポーランド有数の大貴族で国家消滅を招いたオトンの?

 

 

そう。彼女の父ブラニツキ伯爵は「あるイタリア人女優」をめぐって「超有名人」と決闘をしたことで有名なんだ。

 

なかなかここまで身分の高い大貴族が決闘をすることは珍しい。

 

しかもその決闘の相手とは、あの稀代の色事師カサノヴァ…

 

 

まあ…

 

 

お父さん…

 

娘の四角関係も隠し子も納得…

 

 

面白いよね。

 

さて、ロシアへの編入という荒業でポーランドの大貴族は領地を何とか維持したんだけど、19世紀中頃に事態は急変する。

 

ロシアがクリミア戦争で英・仏に敗れたことにより国力が低下し、ロシアの奴隷状態だったポーランド人農民が反乱の狼煙を上げ始めたんだ。

 

かつてのように強圧的に行けないロシアは、農民たちの不満を解消するため、最終手段に出る。

 

ポーランド人貴族から領地を没収し、農民たちに分け与えてしまったんだよね…

 

これによって19世紀後半、ロシア国内に多くの「領地を持たない貧困ポーランド人貴族」が誕生してしまったんだ…

 

 

チェーホフの小説『狩場の悲劇』で「ロシアの伯爵家をポーランド人の兄妹が乗っ取る」のは、こういった時代背景があったのね…

 

 

カエタンとソージャ兄妹の親は、まさに、ロシアによって領地を没収されたポーランド貴族だったに違いない…

 

ペテルブルグで伯爵と出会って結婚するくらいだから、ただの平民ではないはずだ…

 

あの「乗っ取り劇」は、かつてポーランド大貴族とロシア皇帝が結んだ約束を裏切った、ロシア人への復讐だったんだよ…

 

 

なるほど…

 

チェーホフが『狩場の悲劇』を「ああいう物語」にした意味が、わかった気がする…

 

 

サスガ フカヨミ メイタンテイ…

 

アノモノガタリカラ プーシキンノ「シカクカンケイ」ヤ「ポーランドブンカツ」ノレキシヲ ヨミトルトハ…

 

 

これが教官の力よ。

 

深読みエージェントは、アメリカやイギリスやロシアといった大国だけの専売特許じゃないの…

 

おわかり?

 

 

・・・・・

 

 

そんな言い方せんでもええやろ、花笠君。

 

まるでマーティンに恨みでもあるみたいやんけ。

 

 

もしかして留守番中に、なんかあったとか?

 

留守番チューだけに(笑)

 

 

バ、バカなこと言わないで…

 

 

じゃあなんでイチイチ赤くなるんだよ(笑)

 

 

・・・・・

 

 

きょ、教官…ホントに何でもないんです!

 

 

そうか…

 

わかったぞ…

 

 

え?

 

 

ずっと気がかりなことがあったんだ…

 

なぜもっと早く気が付かなかったんだろう…

 

 

なんのハナシしとんねん?

 

 

キスだ…

 

 

ハァ!?

 

 

あ、あ、あれは…私の意思ではなく…

 

 

チェーホフの小説『狩場の悲劇』から映画『スリー・ビルボード』に転用されたアイデアで、僕は重大なものを見落としていた…

 

 

え?

 

 

それが…キス…?

 

 

『狩場の悲劇』と同様に、『スリー・ビルボード』でも「濃厚なキス」は一度しか登場しない…

 

自殺する夜のウィロビーと妻アンによるキスシーンだ…

 

あのキスに、重大な秘密が隠されていたんだよ…

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

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