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    『ブラッド・シンプル』徹底解剖8「デボラと星」

    • 2018.06.30 Saturday
    • 19:22

     

     

     

     

    さて『BLOOD SIMPLE』の解説シリーズも、いよいよ最終回だ。

     

    「名前のついた登場人物」の秘密は全員解読し終わったから、今回は残った謎を全部片付けてしまおう。

     

     

     

    前回を未読の方はコチラ!

     

    第7回「私立探偵ローレン・フィッセルの謎」

     

     

    ちょい待て。

     

    まだ「名前のついた登場人物」は残っとるやろ。

     

    マーティに塩対応したツンデレブサイクのデボラや。

     

     

     

    彼女の名前「デボラ」は偽名だから…

     

    後のシーンで明らかになるんだけど、彼女の本当の名前は「シルヴィア」というんだ。

     

    黒人バーテンダーのモーリスには別の白人女性のセフレがいて、彼女はその友人なんだよね。たぶんモーリスの「火山級の下半身」の話を聞いて、それを「味見」するために店に来ていたんだ。

     

    「デボラ」という名前はユダヤ系に多い。だからユダヤ系のマーティは彼女に喰い付いた。だけど彼女はユダヤ系でも何でもなく、本当の名前はバリバリのローマ系「シルヴィア」だった。

     

    だから冷たい対応だったんだね…

     

     

    じゃあ映画にはデボラは出て来ないってことか。

     

     

    いや、出て来るよ。

     

    彼女が「デボラ」だ。

     

     

     

    なぬ!?

     

    私立探偵ローレン・フィッセルの車の中にぶら下がってたHな人形が!?

     

     

    あのHな人形が出て来るのは、見晴らしのいい丘の公園にある展望台でのシーンだったね。

     

    ちょっと聞くけど、あの展望台シーンって不自然な描写が他にも色々なかった?

     

     

     

    不自然?

     

    そういや、なんか人がぎょうさんおったな…

     

    殺人を依頼するための密会場所には、めっちゃ不適当や。

     

     

     

    そもそも、あんな場所で会う必要がないよね。

     

    テキサスなんだから人目に付かないところなんていくらでもあるのに。

     

     

    コーエン兄弟は「デボラ」のネタを使いたいがために、あの場所を選んだんだよ。

     

    どうしても「あの風景」じゃなきゃいけなかったんだ…

     

    あそこは「タボル山」なんだよね。

     

    Mt.TABOR

     

     

    たぼるさん?

     

     

    タボル山とは、ガリラヤ地方にある小さな山…

     

    ヘブライ(旧約)聖書『士師記』に登場する「女預言者デボラの物語」で有名な山なんだ。

     

     

    その頃って、どんな時代だったの?

     

     

    モーセと後継者ヨシュアの導きでカナンの地へ入った後の時代だね。

     

    当時イスラエル十二支族は、カナン人の影響を受けて再び偶像崇拝を行うようになり、堕落して団結力もなくバラバラだった。

     

    それを怒った神はユダヤの民に大きな試練を与えることにし、北部カナン人の将軍シセラにイスラエルを侵略させたんだよ。

     

    シセラは最新兵器である「鉄の戦闘馬車」の大軍を率い、どんどんイスラエル内部へと攻め入った。すっかり緩みきった生活をしていたユダヤの民は、恐れおののいて手も足も出せなかった…

     

     

     

    こんなのが大軍で攻めて来たら怖いよね…

     

     

    迫り来る民族滅亡の危機を何とか回避しなければならぬと、戦士バラクは女預言者デボラのもとを訪れる。

     

    そしてバラクは、こんな預言をデボラから告げられた…

     

    「我々はシセラに打ち勝つでしょう。しかしその手柄は戦士ではなく、名も無きひとりの女が手にする…」

     

    戦士にとっては屈辱的な預言だけど、バラクはそれを受け入れた。そしてデボラとバラク、生き残ったユダヤ人たちは、シセラの大軍を迎え撃つためタボル山に登る。

     

    すると、眼下を流れるキション川を渡ろうとしていたシセラの大軍が見えた…

     

     

     

     

    ん?この風景…

     

     

    デボラは全軍に突撃を命じる。

     

    戦士バラクを先頭にユダヤ人たちはタボル山の斜面を駆け下り、シセラの大軍へ突っ込んでいった。

     

    そして神は、川の流れを狂わせてユダヤの民を援護した。士師記5『デボラの歌』には、こう描かれている…

     

    20 天の星さえもシセラと戦った。

    21 キションの逆巻く流れが彼らを押し流したのだ。

     

    シセラ軍はこの急襲に大混乱をきたす。自慢の鉄の戦闘馬車は川に沈んでしまい、総崩れとなってしまったんだ。

     

    総大将のシセラは辛うじて戦場から脱出し、ひとりで逃亡を図った。そして荒野を彷徨い、遊牧民の幕屋を発見する。

     

    疲れ果てていたシセラは、幕屋にいた女ヤエルに匿って欲しいと願い出る。

     

    夫が留守中だったにもかかわらず、ヤエルはシセラを幕屋に招き入れた。シセラは提供された牛乳を飲み干すと、すぐに眠りについてしまう。

     

    そしてヤエルは幕屋の杭とハンマーを手に取り、寝ているシセラの脳天を打ち抜いた。

     

    こうしてデボラの預言通り、侵略者シセラは名も無きひとりの女によって倒されたんだ…

     

     

     

    このアニメーションがわかりやすいぞ!

     

     

     

    せやけど、この話…

     

    『ブラッド・シンプル』のキーワードだらけやんけ…

     

     

    だから最初に言っただろう。

     

    映画『ブラッド・シンプル』のストーリーは、ヘブライ聖書の『士師記』に描かれる『デボラの歌』が元ネタになっているって…

     

    特にあの「丘陵公園」のシーンは「タボル山」の再現なんだよね。

     

    だから「一見不可解なシーン」が連発されるんだ。でもあそこが「タボル山」だとわかれば全て納得がいく。

     

     

    じゃあシーンの冒頭に流れるBGM『ルイ・ルイ』も、その文脈で選曲されたものってこと?

     

     

    もちろん。コーエン兄弟は意味もなくBGMを付けたりしない。

     

    『HE'LL HAVE TO GO』や『It's the same old song』もそうだったでしょ?

     

    実は『Louie Louie』という曲も「ダブルミーニング」になってるんだよ。

     

    この「Louie」って「イスラエル」のことなんだね。

     

     

     

    なぬ!?

     

     

    「Louie」というのは「Louis」の変形だね。イギリス英語では「s」が発音されないので、それにつられて綴りが変化したものなんだ。

     

    そしてその「Louis」とは、元々「至高の戦士」を意味する言葉。

     

    これは「イスラエル(神の戦士)」と全く同じなんだよ…

     

    それを踏まえて歌詞を聞くと、歌の意味がよくわかる。

     

    「We never think how I’ll make it home(まさか再び郷土に帰れるとは夢にも思わなかった)」なんて、ディアスポラで離散したユダヤ人の思いそのまんまだし…

     

    「I smell the rose in her hair(彼女の髪からバラの香りがする)」は「I smell the Lord's in her heir(イスラエルの相続人たちの中に主の面影を見る)」なんて意味にもなっている。

     

    そして「Jamaica」とは「Jerusalem」のことだよね…

     

     

     

    うわあ…確かにそうだ…

     

    だからあのシーンでジュリアン・マーティ(ユダヤ系)が登場する時にこの曲が流れたんだ…

     

     

    『ルイルイ』は「戦士」の歌やったんか…

     

    っちゅうことは、ジュリアン・マーティは戦士バラクか?

     

    女に「杭」を打たれる私立探偵ローレン・フィッセルが将軍シセラや…

     

     

    でもマーティは「牛乳」を飲んで「殺された」よね?

     

    つまり彼も「将軍シセラ」なんだ。

     

     

     

    ええ〜!?シセラが二人!?

     

     

    だから丘陵公園シーンでフィッセルとマーティは、一緒に「ワーゲンビートル」に乗ったんだよ。

     

    「ワーゲンビートル」とは「鉄の戦闘馬車」のメタファーなんだよね…

     

    あれに同乗した時点で、マーティも「シセラ確定」の死亡フラグが立ってしまったんだ…

     

     

     

    だからマーティは「デボラ人形」にムカついたのか!

     

    自分が殺されることを予言した女だから!

     

     

    というわけで、あのシーンをまとめるとこうなる。

     

    まずはあの丘陵公園が「タボル山」の投影だったということ…

     

     

    そして、あのシーンでジュリアン・マーティと私立探偵ローレン・フィッセルに「シセラ確定」の死亡フラグが立ったということ…

     

     

     

    だからラストシーンでアビーは侵入してきたローレン・フィッセルを夫のジュリアン・マーティだと思っていたんだな…

     

    あの二人はどちらも「シセラ」だから…

     

     

    そういうこと。

     

    さて、そのラストシーンの謎を最後に解説するとしよう。

     

    なぜ私立探偵ローレン・フィッセルは死の間際に洗面所の裏を見て笑ったのか…

     

     

     

    『バートン・フィンク』と同じ「排水パイプ」ネタやな…

     

     

    あそこで笑うって、いったい何が面白かったんだろう?

     

     

    そのヒントは映画の随所に散りばめられている。

     

    まずは映画前半のバーのシーン…

     

    やたらと「星」が写り込むんだよね。

     

     

     

    確かにモーリスが履いとった「CONVERSE(コンバース)」の星マークが何度もアップにされとったな。

     

     

    モーリスが着てたトレーナーは?

     

    観光地で売ってる「I LOVE 〇〇」みたいな英語が書かれてたよ。

     

     

    あれは「I VISITED CARLSBAD」だね。

     

     

     

    カールスバッド?

     

     

    温泉や鉱泉のある土地によく付けられる名前だね。アメリカ各地にカールスバッドという町はあるんだよ。

     

    元はというとチェコのドイツ国境近くにある欧州屈指の温泉保養地カールスバードから来ている。

     

    そこにあやかって名付けられているんだね。日本各地にある「〇〇銀座」みたいなものだ。北海道にある「カルルス温泉」もそこから名前がとられている。

     

     

    なるほど!

     

    でもなぜモーリスはそんなダサいトレーナー着てるんだ?

     

    客を喰いまくりの超スケコマシのくせに…

     

     

    ほら、モーリスは「モーセ」だったでしょ?

     

    モーセはユダヤの民を引き連れて荒野を彷徨ってた時に、杖で岩を叩いてそこから「泉」を噴出させた…

     

     

     

    温泉か!

     

    確かにミネラル豊富そうだけど…

     

     

    さて「星」の話に戻ろう。

     

    これ以降も「星」のモチーフは映画の中に頻出する。例えばコレとか…

     

     

     

    これのどこが星なのさ?

     

     

    そしてコレとか…

     

     

     

    こっちはまだ「夜空の星」に見えないこともないけど…

     

     

    そして極めつけの「星」がコレだ…

     

     

     

    だから、どこに「星」があるっつーの!

     

     

    先入観で決めつけないで欲しいな…

     

    「星の形」って、5つの角をもつ五芒星(ペンタグラム)だけじゃないよね…

     

     

    5つの角とは限らない…?

     

     

    せ、せや!

     

    トンガリが「5」とは限らへん!

     

    あの夜空みたいに見えた「壁に空いた穴の数」は「6」や!

     

    つまり、こうゆうことやったんや!

     

     

     

    その通り…

     

    私立探偵ローレン・フィッセルが死の間際に笑った理由もコレだったんだね。

     

    自分が見下していた「ユダヤ人」のジュリアン・マーティと間違えられて殺され、しかも人生の最期に目にした光景が「ダビデの星」だったことを、嘲るように笑ったんだ…

     

     

     

    自身もユダヤ系であるコーエン兄弟による…

     

    渾身の自虐ネタだったのか…

     

     

    そして「六望星」から水滴がフィッセルの顔面に落ちて来て、士師記5章『デボラの歌』第20節と21節が成就される…

     

     Judges:5 The Song of Deborah 

     

    20 From heaven the stars fought, from their courses they fought against Sisera.

    21 The torrent Kishon swept them away, 

     

    20 天の星さえもシセラと戦った。

    21 キションの逆巻く流れが彼らを押し流したのだ。

     

     

     

    その瞬間、映画のテーマソング『It's the same old song』が高らかに鳴り響く…

     

    まさに「三千数百年前と同じ、あの歌」が…

     

     

     

    か、完璧だ…

     

     

    だね。

     

    僕からも何も言うことはない…。完璧すぎるデビュー作だよ。

     

    これで気持ちよく次回作『RAISING ARIZONA(邦題:赤ちゃん泥棒)』に取り掛かれるってものだ。

     

    それでは皆さん、『ブラッド・シンプル』解説シリーズを最後までお付き合いいただき、まことにありがとうございました。

     

    次回シリーズも乞うご期待!

     

     

    次からは、もっと簡潔に行こうね!

     

     

    ほんまそれに尽きる。

     

     

     

     

    JUGEMテーマ:映画

    『ブラッド・シンプル』徹底解剖7「私立探偵ローレン・フィッセルって何者?」

    • 2018.06.28 Thursday
    • 22:06

     

     

     

     

    さてメインキャラクター深掘り解説もいよいよこれで最後だ。今回は私立探偵のローレン・フィッセルの話をしようか。

     

     

     

    前回を未読の人はまずコチラから!

     

     

    第6回「黒人バーテンダー モーリスの謎」

     

     

    せやけど、M・エメット・ウォルシュ演じる探偵フィッセルは、ミケランジェロの絵の中にはおらへんな。

     

     

    ここまで「BAR ネオン・ブーツ」関係の連中は全部説明できたのに残念や…

     

    おっさんの唱える「ブラッド・シンプル=アダムの創造」説も、ここまでやで。

     

     

     

    ふふふ。そうかな?

     

    何度も言うようだけど、コーエン兄弟と僕を甘く見ないで欲しいよね…

     

    それとも君の眼は節穴なのかい?

     

     

    な、なんやと!?

     

    もいっぺん言うてみい!

     

     

    でも、それっぽい人物は絵の中に居ないよね、おかえもん…

     

     

    確かに『アダムの創造』という「事件現場」には居ない。


    へ?

     

     

    だけどその一部始終を「覗き見」してる人物がいるんだ…

     

    まるで探偵のように柱の陰に隠れて…

     

     

     

    ああ〜!

     

    み、右上の色白ポッチャリ系の人!

     

    他の三人と違って、ひとりだけジ〜っと見てる!

     

    いったい誰なんだアイツは!?

     

     

    あれは装飾としての「Ignudi(ヌード像)」で、特に誰というわけではない。聖書とは全く関係のない「飾りの人物像」なんだ。

     

    当時は建物や芸術作品に装飾としてヌード像を入れることが当たり前のことだったんだね。たとえそれが教皇庁の礼拝堂だろうと。

     

     

    ええ!?

     

    昔の人は裸とか見てもムラムラしなかったのかな…

     

     

    修行のためとちゃうか?

     

    裸を見ても心の中で姦淫を起こさんようにするための…

     

    隠されると見たくなるけど日頃から裸に囲まれとったら慣れてどうでもよくなる作戦や。

     

     

    まあそれはいいとして…

     

    コーエン兄弟は、この「右上から覗き見する人物」を面白いと思ったに違いない。

     

    四隅に描かれた内の他の三人は完全にそっぽを向いているからね。

     

    この人物だけがなぜ『アダムの創造』に注目しているのか不思議に思ったはずだ。

     

     

    言われてみれば確かに不思議…

     

    でも今回言われるまで疑問にも思わなかった…

     

     

    そこがコーエン兄弟の非凡さ、そして僕の慧眼たる所以なんだよね。

     

     

    サラッと言うな、サラッと。

     

     

    でもあの人、いったい何を背負ってるんだろ?

     

    甲羅?黄色い亀仙人?

     

     

     

    あれは甲羅というより貝じゃないかな?

     

    そして座ってるのは貝の身っぽいよね。形的にマテ貝かな。

     

     

    たぶん「生命の誕生・生殖」を表しとるんやろ。

     

     

    だろうね。

     

    だけどコーエン兄弟は想像力を膨らませて、全く「違うもの」に見立てたんだ…

     

    わかるかな?

     

     

    違うもの?

     

     

    背中の貝殻を「ワーゲンビートル」のドアに…

     

     

    そして、突起物に押し潰されてる右手を、こんな風に…

     

     

     

    うわあ!なんだこれ!

     

     

    やってくれるよね、コーエン兄弟は。

     

    ミケランジェロが『アダムの創造』の右上に描いたヌード像から、ここまで物語を紡ぎ出すなんて…

     

     

    もう何と言っていいのやら…

     

    『ブラッド・シンプル』の登場人物と物語は、こうやって誕生したのか…

     

    おそるべしコーエン兄弟。

     

     

     

    しかも「Loren Visser(ローレン・フィッセル)」という名前にも色々面白い秘密が隠されているんだ。

     

     

    そういやファーストネームもファミリーネームも珍しいな。アメリカ人っぽくない。

     

     

    そうなんだよ。

     

    この名前って「オランダ・アフリカーンス語系」の名前なんだ。

     

     

    アフリカーンス?

     

     

    南アフリカで話されるオランダ語の方言だよ。

     

    最初ヨーロッパ人たちは、アフリカ各地の沿岸部にインド貿易の中継地点となる港町を築いた。南アフリカでいうとケープタウンとかが有名だね。

     

    そしてカルヴァン主義のオランダ人やドイツ人、それからフランスで差別されていたユグノーなどプロテスタントの集団が、新天地を求めて内陸部へ侵出し入植を始めた。

     

    彼らは「アフリカーナー」とか「ボーア人」と呼ばれたんだ。

     

    多数を占めたオランダ系入植者の話すオランダ語が、現地で様々な言語に影響されて出来たのがアフリカーンス語だね。

     

     

    でも元々住んでいた人たちはどうしたの?

     

     

    もちろんこの入植行為は、先住民である黒人諸部族との激しい衝突を生むことになった…

     

    当たり前だよね、100%侵略行為だから。

     

    だけど「銃」という圧倒的優位な武器と「すべては神の意思」という強烈な宗教的使命感のおかげで最終的には勝利を重ね、その土地を奪ってどんどん内陸部へ入植地を広げたんだ。

     

    そしてインドやマレーから連れて来た奴隷たちを使ってプランテーションを築いた。

     

     

    Weenen Massacre『ズールー族に襲撃されるオランダ系入植者』

     

     

    ちょっと待て…

     

    「アメリカの歴史」とそっくりやんけ…

     

    アフリカ先住民がインディアンで、連れて来られたインド・マレー人が黒人や…

     

     

    うわ、ホントだ…

     

    しかも『ブラッド・シンプル』でモーテルの部屋の中にあった「入植者を警護するテキサス・レンジャー」の絵とも被る…

     

     

     

    被るどころか「そっくり」なんだよ。

     

    だからコーエン兄弟は私立探偵にわざわざオランダ・アフリカーンス系の名前を付けたんだね。

     

    さて、多くの土地を奪いプランテーションを経営していたオランダ系入植者なんだけど、ケープ植民地のイギリス系入植者も黙っちゃいなかった。

     

    イギリス系入植者たちは、アフリカーナーの生命線ともいえる「奴隷制度」の廃止を訴え、彼らの領土の切り崩しにかかる。

     

    これが有名な「ボーア戦争」だね。

     

    長期にわたったこの戦争はイギリス系の勝利に終わり、敗れたオランダ系入植者は「先進的で洗練されたイギリス系住民」に劣る「二等白人」扱いになってしまう…

     

     

    南北戦争で負けた南部の白人みたいやんけ…

     

     

    そうなんだよね。だけどここからがちょっと違うんだ。

     

    イギリス系に見下され続けていたオランダ系は、徐々に過激な民族意識を強めていき、アフリカーナー・ナショナリズムを前面に押し出した民族政党の国民党を結成。第二次大戦後には、イギリス系から政権の奪取に成功する。

     

    そして目玉政策として打ち出されたのが、あの有名な人種隔離政策「アパルトヘイト」なんだ…

     

     

    アメリカで言ったら、南部のアメリカ連合国が復活して北部のエスタブリッシュメントをひっくり返しちゃったみたいな感じか…

     

     

    トランプ大統領の出現で、半分実現しとるとも言える…

     

     

    さて、ずいぶん前置きが長くなったけど、ここで私立探偵ローレン・フィッセルの話に戻るよ。

     

     

    コーエン兄弟は『ブラッド・シンプル』を制作する際に、こんなことを言っているんだ。

     

     

    「私立探偵ローレン・フィッセルというキャラクターは、M・エメット・ウォルシュに演じてもらうことを前提に作り上げた」

     

     

    つまり探偵フィッセルは、俳優ウォルシュ「ありき」のキャラクターなんだね。

     

    どうしても「ウォルシュじゃないといけなかった」んだよ…

     

     

    どゆこと?

     

     

    つまり、こういうこと…

     

    アパルトヘイトを導入した白人至上主義者D・F・マラン首相が、私立探偵ローレン・フィッセルのモデルなんだよ…

     

     

     

    に、似過ぎてる!

     

    コーエン兄弟、半端ない…。マジで脱帽…

     

     

    まさに脱帽だね。

     

    ついでにこの二人も脱帽しちゃおうか…

     

     

     

    ああ…

     

    二人そろってトレンディエンジェル状態…

     

     

    だから私立探偵ローレン・フィッセルは、依頼主のジュリアン・マーティがユダヤ系なので見下した態度で接し、「嫁さんの浮気相手がカラード(有色人種)じゃなくてよかったな」と言ったんだね。

     

    「ドイツ車ワーゲンビートルに乗る私立探偵ローレン・フィッセル」というキャラクターには、ナチスやアパルトヘイトに代表される白人至上主義の人種差別思想が投影されていたんだよ…

     

     

    そうゆうことだったのか…

     

    コーエン兄弟の作品は、本当に油断も隙も無いな…

     

     

    だからテキサスを舞台に選んだんだね。

     

    南アフリカやイスラエルの「血に塗られた入植の歴史」を、似たような「背景」をもつテキサスに投影したんだ。

     

     

    今の「背景」はダブルミーニングだな…

     

    「歴史的」背景と「視覚的」背景がかけられてる…

     

     

    そういや、南アフリカとイスラエルはその「人種政策」が問題視され、国連から非難決議が出されたりして、国際的に孤立しとったもんな…

     

    そんでもって次第に経済的・軍事的つながりを強めていき、協力して核兵器開発も行っとった…

     

     

    その通り。

     

    1979年に南アフリカ領海内で両国が共同で行ったとされる核実験疑惑「ヴェラ事件」だね。

     

    周囲を敵に囲まれたイスラエルにとって「核兵器保有」は、文字通り死活問題だった。だけど狭い領土内には核実験を行える場所がない。

     

    そこで、軍事協力を進めていた南アフリカの領海内で密かに行った…とされる事件だ。

     

    この映画が制作された80年代前半は、まさにイスラエルと南アフリカが「人種政策」と「核疑惑」で国際的に注目を集めていた時期だった。アメリカの地に住むユダヤ人であるコーエン兄弟にとって、いろいろ考えさせる問題だったに違いない。

     

    だって兄弟が最初に作った自主製作映画は、世界を飛び回るユダヤ系外交官キッシンジャーを主人公に

    したものだったくらいだからね…

     

     

    ああ、そうだったな…

     

     

    コーエン兄弟って、自身の思想を直接的に描いたりはせずに、キャラクター名や細かい設定など随所にヒントを散りばめるんだよ。

     

    そしてそこには一切言及せず、シレ〜っとしてるんだよね。絶対にインタビューとかでも触れない。

     

    批評家に「あの描写は意味不明」とか「話の筋が噛み合ってない」とか言われても、「実はこういうことなんです…」って絶対に説明しないんだ。

     

    もしかしたら出演者や出資者&制作スタッフにも言ってないのかもしれないよね。

     

     

    筋金入りの変態だな。いい意味で…

     

     

    だから僕がこんなブログを長々と書く羽目になるんだけどね(笑)

     

     

    好きでやっとるクセに、よう言うわ。

     

     

    ちなみに「Visser」というのは、オランダ語・アフリカーンス語で「漁師」という意味なんだ。

     

     

    そういや、スペインの英雄イエニスタの移籍で何かと話題の「ヴィッセル神戸」の「Vissel」の由来は、英語の「Vessel(船)」からやったな。

     

    関係あるんか?

     

     

    あるかもね。綴りも意味も似てるから…

     

    さて、オランダ語・アフリカーンス語の「Visser」に戻るけど、あちらの聖書ではイエスがペトロに語った有名な言葉「これからあなたは人をとる漁師になる」の部分に「visser」が使われている。

     

     

    この文脈で出されると、ちょっと微妙に聞こえる言葉だよね…

     

    南アフリカの入植の歴史とか、マラン首相のアパルトヘイト政策の話の後に聞くと…

     

     

    人種差別主義者の私立探偵ローレン・フィッセルも「人を撮る」仕事をしとって、最後には「人を捕ろう」としたな…

     

     

    マジ卍だね。

     

     

    苗字「Visser(フィッセル)」に隠された秘密はわかったけど…

     

    名前の「Loren(ローレン)」のほうは?

     

     

     

    このライターに描かれる「投げ縄」模様がヒントだね。

     

     

    「投げ縄」が?

     

     

    「Loren」という名前と「投げ縄」で…

     

    「必ず捕まえてやる(だけど最後の最後で失敗する)」って意味になってるんだよ。

     

     

    ハァ!?

     

    それって私立探偵ローレン・フィッセルの末路じゃんか!

     

    どうゆうこと!?

     

     

    「Loren」って「ローレル(ゲッケイジュ)」から派生した名前なんだよ。

     

    ギリシャ神話の英雄アポロンがゲッケイジュの葉を冠にして頭に付けていたことから、人気のある名前としてヨーロッパ各地に広まっていったんだ。

     

    ラファエロ・サンティ『女神たちとアポロン』より

     

    たぶん荊の冠を被せられたイエス・キリストのイメージが重ねられているんだろうね。

     

    なかなか「イエス」という名前は付けづらいから「ローレン」が代用されたんだと思う。

     

     

    それと私立探偵ローレン・フィッセルは何の関係があるの?

     

     

    じゃあ逆に聞くけど、なぜアポロンはゲッケイジュの葉を冠にしたのか知ってる?

     

     

    確か…

     

    女を捕まえようと追いかけとって…

     

    あと一歩のところで女が月桂樹になってもうて…

     

     

    その通り。有名な「アポロンとダフネー」の物語だ。

     

    アポロンは自身の血統を鼻にかけ、下級の神族を見下していた。それに腹を立てたエロースはアポロンに仕返しをする。アポロンに「相手に恋焦がれ、死ぬほど欲しくなる」金の弓矢を射って、下級神族のダフネーに「相手を死ぬほど嫌いになる」鉛の弓矢を射ったんだよね。

     

    アポロンはダフネーを執拗に追いかけ、あと一歩、手が届くところまで追いつめた。

     

    そこでダフネーは文字通り「捨て身」の行動に出る。なんと体を捨て「ゲッケイジュの木」になってしまうんだ。

     

    ジョバンニ・バッティスタ・ティエポロ『アポロンとダフネー』より

     

    ダフネーを手に入れることができなかったアポロンは、彼女が変身したゲッケイジュの葉で冠を作り、死ぬまでそれを見に付けていた…

     

    これがギリシャ神話の中でも、ひときわ人気の高い「アポロンとダフネー」の物語だね。

     

     

     

    ああ、わかったぞ…

     

    『ブラッド・シンプル』で私立探偵ローレン・フィッセルが人妻アビーを追い詰めながらも最後に「手」の差で泣いたのは、ここから来てるんだ…

     


     

    清酒『月桂冠』の謎も解けたな…

     

    レイも最後の最後でアビーを手に入れることが出来へんかった…

     

     

     

    ホントに細かいところまでコダワルよね、コーエン兄弟は…

     

    脱帽したいところだけど、もう脱ぐ帽子が無いので、頭皮でも脱いでプレゼントしたいところだ。

     

     

    テキサス史的にはアウトやろ…

     

     

    さて、最後にもうひとつアポロンと私立探偵ローレン・フィッセルにまつわる話を紹介しよう。

     

    今度は「アポロンとダフニス」からの引用だ。

     

    ペルジーノ『アポロンとダフニス』

     

     

    ダフニス?

     

     

    トラブルメーカーのパンから「パイプ」を教わって、アポロンと「タイマン勝負」をした下級神族だ。

     

     

     

    なんかめっちゃ悪いこと教えてもらってる感じがするな。

     

    不良の先輩からタバコをムリヤリ勧められてる気弱な中学一年生みたい…

     

     

    タバコどころの騒ぎやないやろ…

     

    パイプっちゅうたら大麻のことやで…

     

     

     

    ここでいう「パイプ」というのは、楽器の「笛」のこと。

     

    ダフニスは半神半獣のパンに「笛の吹き方」を教えてもらったんだ。

     

     

    ちょい待て…

     

    あらゆるエロをやり尽した変態王者パンが教える「笛の吹き方」っちゅうたら…

     

     

    そっちは広げなくていい。

     

    さて、英雄アポロンに音楽勝負を挑んだダフニスだったけど、もちろん神話の主人公に勝てるはずもなく、罰として生皮をはがされて殺されてしまった。

     

    その時に流れた血は、大きな川になるほどに大量だったという…

     

     

    おっかねえな、ギリシャ神話…

     

    でもそれと私立探偵ローレン・フィッセルの何が関係あるんだ?

     

    映画の中で笛なんか吹いてないし、タイマン勝負もしなかったぞ!

     

     

    まあまあ落ち着いて…

     

    このシーンを思い出して頂戴な。

     

     

     

    郊外の「眺めのいい丘」にある公園のシーンやな。

     

    マーティに呼び出されてフィッセルは車を停めて待っとったんや…

     

    そんでもって、待っとる間にボーイッシュな少女に声をかけられた…

     

     

    ハッ!ま、まさか…

     

     

     

    そう。

     

    「紙巻きタバコを巻いていたら、マリファナに間違えられた」んだったよね。

     

    あのシーンは「アポロンとダフニス」のパロディだったんだ…

     

     

     

    アポロンとローレン・フィッセルのポーズ、よく似てる…

     

     

    あの公園にあった「謎の台座」は、ダフニスが座っとった「岩」やったんか…

     

     

    よく見つけたよね、こんな場所。

     

    デビュー作にかけるコーエン兄弟の凄まじいまでの執念を感じるよ…

     

     

    発見するお前も相当だけどな!

     

     

    さて次回は、この「見晴らしの丘」公園に隠された「もうひとつの秘密」と、映画のラストシーンの謎に迫ろう。

     

    いよいよ「BLOOD SIMPLE編」の最終回だよ。乞うご期待!

     

     

     

    JUGEMテーマ:映画

    『ブラッド・シンプル』徹底解剖6「なぜ黒人バーテンダーのモーリスはバーカウンターの上に立つのか?」

    • 2018.06.25 Monday
    • 22:00

     

     

     

     

     

     

    さて、コーエン兄弟のデビュー作『ブラッド・シンプル』の登場人物に隠された秘密と、ミケランジェロの名画『アダムの創造』との関係性をどんどん暴いちゃおう。

     

     

    絵画ミステリーとか『ダヴィンチ・コード』とか好きな人は必見やな。

     

     

    前回を未読の方は、まずコチラから!

     

    第5回「アダムとリリス」

     

     

    今回はまず、バー「ネオン・ブーツ」の黒人バーテンダー、モーリスの秘密に迫ってみよう。

     

     

     

    謎の存在やな。周りが白人だらけのテキサス社会で暮らす謎のアフリカ系の男や。

     

    実際、モーリスの他に黒人はひとりも登場せえへん。群衆シーンのエキストラにも黒人はひとりもおらんかった…

     

     

    超不思議なキャラ!

     

    でも、それも全てコーエン兄弟の意図的な演出なんだよね?

     

     

    その通り。

     

    前に『サバービコン』編で解説したね。この2つの物語は同じ構造になっていたんだ。

     

    『サバービコン 仮面を被った街』

     

    この両作で、コーエン兄弟が主人公のすぐ近くに黒人キャラを置いたのは、主人公が隠している「差別への恐怖心」を効果的に描くためだった。

     

    『サバービコン』でマット・デイモン演じるガードナー・ロッジも、『ブラッド・シンプル』でダン・ヘダヤ演じるジュリアン・マーティも、どちらも「ユダヤ系という出自」を隠していたんだよね。

     

    WASP文化が支配的だった戦後の新興住宅地やテキサスでは、ユダヤ人に対する偏見や差別感情が根強かった。

     

    僕たち日本人から見ると、どうしても「アメリカの人種差別=黒人差別」だと決めつけてしまいがちだけど、アメリカ社会におけるユダヤ系差別の歴史は根深いものがあるんだ…

     

     

    映画『紳士協定』やな。

     

     

     

    多くのユダヤ系はキリスト教徒の白人と見分けが付かないため、黒人やアジア人と違って差別構造が「わかりやすく可視化」されない。

     

    『サバービコン』の主人公ガードナー・ロッジは、出自を完全に隠していたよね。でも言動で「わかる人にはわかる」ようになっていた。

     

    そして隣の黒人家族が差別されればされるほど、ユダヤ系という出自を隠している主人公の不安心理が増していくんだね。

     

    コーエン兄弟は「ユダヤ人」という言葉を使わずに「アメリカ社会に生きるユダヤ系が潜在的に抱える恐怖心」を見事に描いてみせたんだ。

     

    かたや『ブラッド・シンプル』のジュリアン・マーティは、ユダヤ系であることが地域コミュニティに知れ渡っており、メキシコ系住民や子供たちにも馬鹿にされていた。

     

    彼が自分の店に黒人のモーリスを雇ったのは「用心棒」的役割のためだけでなく、「自分より立場が下」の人間を置きたかったからだろう。

     

    でもモーリスは巨体で堂々とした性格のため、客に舐められるどころか白人女性を次々と口説き落とし、挙句の果てには雇い主マーティの妻まで寝取ってしまう始末…

     

    店の中での存在感も、完全に逆転してたよね。

     

     

    モーリスがあのツンデレブサイク女デボラに「彼がこの店のオーナーなんだ」ってマーティを紹介した時も、めっちゃ可哀想な反応されとったな。

     

    「だから何?あたしユダヤの男には興味ないの」って感じで…

     

     

     

    普通テキサスの完全白人社会の中にポツンと黒人がひとりいたら、さぞかし屈辱的な扱いをされるんだろう…って思うよね。

     

    だけど屈辱的な扱いをされるのは、黒人の従業員モーリスではなく、ユダヤ系オーナーのマーティなんだ。

     

    コーエン兄弟による「隠れた人種差別」の描き方は、このデビュー作にして既に完成されている。

     

     

    だからモーリスが不思議な存在に見えたのか。

     

    コーエン兄弟は最初から彼を物語の本筋に絡ませるつもりはなかったんだ。

     

    「なぜかそこにいる不思議な存在」として主人公の隣に置いたんだね。

     

     

    そしてそれは、ミケランジェロの『アダムの創造』から得たアイデアだった…

     

    黒人従業員モーリスが、ユダヤ系オーナーの妻とこっそり肉体関係をもっていたということも…

     

     

    ええ!?

     

    『アダムの創造』にアフリカ系の黒人なんて登場しないでしょ!

     

     

    それはどうかな?

     

    よく見てごらん…

     

     

     

     

    いないでしょ…?

     

     

    じゃあ、神が女性をガードしようと左手で「あっち行け」してる相手は?

     

     

    左手で「あっち行け」…?

     

    なんか色白むっちり系の天使みたいのがいるけど…

     

    ああっ!!!なんであんなとこに!?

     

     

     

    やっと気づいた?

     

    女性をガードしてる神の左手のすぐ隣に、なぜかアフリカ系の黒人の顔が描かれているんだ。

     

    肌の色だけじゃなくて、顔つきも髪の毛も、完全に他の顔と違うように描かれてるんだよね。

     

     

    うわあ!今まで何十回もこの絵を見てきたけど全然気付かなかった!

     

     

    背景の色とほぼ同化してるからね。

     

    コーエン兄弟はここからモーリスのキャラクターを創造したんじゃないかな。

     

    オーナーの白人妻に「ちょっかい」を出す黒人バーテンダーというキャラをね…

     

     

     

    もうコレ間違いないっしょ!

     

     

    ただ、困ったことが1つあった。

     

    この『アダムの創造』に描かれている黒人が、いったい何者なのか皆目見当がつかないからだ。

     

    そこでコーエン兄弟は、彼を「モーセ」に見立てることを思いついた。

     

    なぜならモーセは「異人種間恋愛」の元祖みたいな存在だから…

     

     

    そ、そうなの!?

     

     

    若かりし頃エジプトのエリート行政官だったモーセは、同胞ユダヤ人への虐待行為に我慢できず偶発的に殺人を犯してしまい、シナイ半島へ逃亡。遊牧民に紛れ込んで逃亡生活を送っていた。

     

    モーセは仕事の出来る男だったので、たちまち遊牧民ミディアン人の族長に見込まれ、その娘と結婚したんだ。

     

    でも神から使命を言い渡され、モーセはユダヤの民を率いてカナンの地を目指すことになる。

     

    その際、モーセの兄アロンや姉ミリアムは、モーセが「異民族の女」を妻にしていることを非難した。ユダヤ人は他の民族と混じるべきではない、とね。

     

    だけど神はモーセを擁護し、逆にアロンとミリアムに対して罰を与えた。モーセの妻ツィポラは、異民族の女でありながら、神ヤハウェに深い畏怖の念をもっていたからなんだね。

     

    こうして「血も大事だけど、ハートはもっと大事」というメッセージが伝えられることになった。

     

     

    なるほど。モーセの物語の中には「人種問題」も描かれていたんだ…『ルツ記』みたいに…

     

     

    モーリスにモーセが投影されていることを象徴的に描いていたのが、彼の登場シーンだね。

     

     

    カウンターから外へ出るのに、わざわざカウンターの上に登って行っとったな!

     

    普通、脇の出入り口から行くやろ!?

     

    しかも客が飲んでる目の前を土足で、マジありえへんやろ!

     

    テキサスではアレが日常茶飯事なんか!?

     

     

     

    いくらワイルドだったテキサスでも、あんなことするバーテンダーはいないと思うな。しかも白人の店で働く黒人従業員で…

     

    あれは彼がモーセだからなんだよね。

     

    「カウンターの上に立つモーリス」って、あの有名なシーンのパロディだったんだ…

     

     

     

    EXODUS!

     

    大勢のお客さんを海に喩えていたのか!まさに「人海」!

     

    しかも向こう岸がネオンで再現されてるとか細かい…

     

     

    笑えるよね、コーエン兄弟。

     

    そしてモーリスが人込みの中に降り立つと「モーセの海割れ」みたいに、いつの間にか「道」が出来てるんだ…

     

     

    うひゃあ!あれもそうゆうことだたのか!

     

     

    そんで、あのジュークボックスが…

     

    モーセの絵にも描かれとる、神から言葉を授かったシナイ山か…

     

     

     

    ねえねえ…

     

    壁に「S」って文字がポツンとあるのは、もしかして…

     

     

    「Sinai」の「S」だろうね。

     

    そしてモーリスのリクエスト曲は『It's The Same Old Song』だった…

     

    あの曲の歌詞は全てダブルミーニングになっていて、旧約聖書そのものを歌っている…

     

    サビが「It's the same old song, but with a different meaning since you've been gone」だからね…

     

     

     

    もう、そうゆう風にしか聴こえない…

     

     

    戻って来たモーリスは、カウンターの隅で飲んでいたデボラと話を始める。

     

     

     

    不細工のクセにイイ女ぶってるデボラが「火山の話の続きを聞かせて」って言うんやったな。

     

     

    ちょっと違うんだよね…

     

    日本語字幕だとそう訳されてるんだけど、英語のセリフでは「Ring of Fire の続きを聞かせて」と言ってるんだ。

     

     

    火の輪?

     

     

    シナイ山の山頂でモーセが見た光景のことだね。

     

    神は燃えさかる炎の輪の中に現れたんだ。

     

     

    そのまんま過ぎる!

     

     

    そしてモーリスの話す内容は、ジョニー・キャッシュの代表曲『リング・オブ・ファイアー』の歌詞になってるんだよ。

     

    この歌は、当時不倫関係にあったジョニー・キャッシュとジューン・カーターが作った「禁断の愛」の歌。禁じられていればいるほど燃え上がってマグマの底まで落ちてゆく…という内容なんだよね。

     

    ボスの奥さんに手を出したり、客の白人女ばかり口説くという「禁断の愛」専門のモーリスにピッタリの曲だ。

     

     

     

    とことんコダワリが細かいな、コーエン兄弟は…

     

     

    もっと細かいこと挙げたらキリが無いんだけどね。

     

    最後にモーリスの部屋にあった「モーセ的なモノ」を紹介して終わりにしようか。

     

    まずは玄関シーン…

     

     

     

    ん?モーセ的なモノ?

     

    どこ?

     

     

    ほら、壁に…

     

     

     

    ふぁ、ファラオ!?

     

     

    生まれてすぐに葦の船に乗せられ川に流されたモーセは、ファラオの娘に拾われて育てられ、執政官としてファラオに仕えた。

     

    そしてファラオとの「十の災い」対決を制し、イスラエルの民を率いて海を渡りシナイ山へと向かった。

     

    そして次はコレ。モーリスの家のリビングにも…

     

     

     

    ん?何?

     

     

    画面左側の壁を見てごらん…

     

    「何か」に似てるものがあるよね…

     

     

     

    ああ!イスラエルの国章にあるロウソク立てだ!

     

    7本じゃなくて5本だけど!

     

     

     

    これは「MENORAH(メノーラー)」というんだけど、左右に4本ずつあるものと左右に2本ずつあるものがあるんだよね。

     

    モーリスの部屋にあったのは「左右2本のアーム+真ん中の柱」で合計5本のタイプだ。

     

    ちなみにこのメノーラーとは、シナイ山で神がモーセに作り方を教えた。だからモーリスの部屋に飾られていたんだね。

     

     

    モーリスは120%モーセだな…

     

     

    面白いよね。ミケランジェロの『アダムの創造』から、ここまでキャラクターを創造するとはね。

     

     

     

    でも、大事な人を忘れてるよ。

     

     

    私立探偵のローレン・フィッセルやな!

     

    せやけど『アダムの創造』には、こんなオッサンおらへん。

     

     

     

    コーエン兄弟と僕を甘く見ないで欲しいな。

     

    次回は彼について深掘りしよう。お楽しみに!

     

     

     

    JUGEMテーマ:映画

    『ブラッド・シンプル』徹底解剖5「アダムとリリス」

    • 2018.06.24 Sunday
    • 01:10

     

     

     


     

    さて、前回はバー「ネオン・ブーツ」のオーナー「ジュリアン・マーティ」について深掘りしたね。

     

    第4回「HE'LL HAVE TO GO」

     

    今回は、その妻アビーと従業員レイについて深掘りしてみよう。

     

     

    問題の二人だね。

     

     

    問題なのはアビーや。

     

    旦那の店の従業員モーリスと浮気して、それを旦那に勘付かれ、探偵に尾行されとることを知っとったにもかかわらず今度は別の従業員レイと浮気した。

     

     

    その通り。浮気問題に関して言えば、アビーは確信犯だ。

     

    夫の店の従業員と立て続けに肉体関係をもち、夫に自分を諦めさせようとした。「もう好きにしろ」と言わせようとしたんだね。

     

    だけどマーティは「諦める」どころか激怒して「報復行動」に動いてしまう…

     

     

    すべての発端はアビーだったんだね…

     

     

    まさに「脆きものよ、汝の名は女なり」や。

     

    せやけど一番肝っ玉が据わっとったのもアビーやな。最後は『エイリアン』のシガニー・ウィーバーばりにサバイバルしよった。

     

     

    レイはモーリスと違って生真面目で、会話も面白くないし、何かにつけて要領が悪い。正直に言って、女性にモテるタイプではないよね。

     

    だからまんまとアビーの離婚計画に利用されてしまったんだ。

     

     

    ええ奴やけど、かなりのボンクラやったな。

     

    マーティの死体を発見した時も、床の血痕をシャツで拭いて、さらに広げておったし…

     

    見つからへんように死体を埋めたと思ったら、実は民家のすぐ目の前やったし。

     

     

    実は「モデルとなった人物」がいるんだよ。

     

     

    ええ!?誰?

     

     

    レイのモデルは「アダム」なんだ。

     

     

     

    あ、アダムが!?

     

     

    これを見て。笑えるでしょ?

     

    最初のベッドシーンに、こんな仕掛けがしてあったんだ…

     

     

    オーマイガー!

     

    伸ばす手が逆だけど、全く同じポーズ!

     

     

    レイは腕を伸ばし、電話の受話器を取った…

     

    その電話の相手は、ボスのジュリアン・マーティやった…

     

     

    つまり、こういうこと。

     

    ミケランジェロの『アダムの創造』に「キャラ誕生の秘密」が隠されていたんだね。

     

     

     

    ああ!そうか!

     

    だから二人は「あんなこと」をしたんだ!

     

     

     

    マーティが「右手」の「人差し指」を怪我して、これ見よがしに大袈裟な「ギブス」をしていたのは、そのためだったんだね。

     

    コーエン兄弟からの「右人差し指に注目!」というメッセージだったんだ…

     

     

     

    確かにアダムもちょっとボンクラ要素があったさかいな…

     

    神に「知恵の実は食うたらアカン」て釘さされとったくせに、嫁に「あんたビビりやな。ほれ、食うてみ。めっちゃうまいし」って言われて、「せ、せやな。神様も見とらんし…」と流されてもうた…

     

     

    そしてレイがマーティの死体を隠そうとしたのは、アダムの息子カインのパロディだね。

     

    しかもこのパロディからは、こんなストーリーが読み取れる…

     

    アベルの死体を発見したアダムは、それを息子カインの仕業だと思いこみ、死体を隠して不祥事を隠蔽しようとする。だけどアベルは完全には死んでなくて、焦ったアダムが最後の引導を渡す。そして野蛮人の土地へ放逐されたカインには、罰として「誰にも殺されない」という呪いがかけられる…

     

     

    何気に映画のストーリーと合致しとるやんけ。

     

    ”誰にも殺されない”アビーが引っ越した先は、メキシコ系住民の多い地区やった…

     

     

    面白いよね。

     

    さて、「キャラ誕生の秘密」に戻るよ。

     

    ミケランジェロの『アダムの創造』には、まだ『ブラッド・シンプル』の登場人物が隠されている…

     

     

    わかった!

     

    アダムといえばイブでしょ!

     

     

    『アダムの創造』にイブおったか?

     

     

    いたよ!神様の隣に!

     

     

     

    ホンマや。あんなところにイブがおったんか。

     

    しかも神が「まだワシのもんじゃ!」言うとるけど、イブはアダムに「じゃあ、あとで…」と目配せしとるように見える。

     

    不穏やな。

     

     

    そしてマーティとアビーが住んでた家の中で、レイは壁にかけられた写真に釘付けになっていたよね?

     

    そして写真を指でなぞるんだ…

     

    あれって『アダムの創造』の構図の再現だったんだよ!

     

    しかもアダムから見たアングルでの!(笑)

     

     

     

    せやからレイはタバコを口から落としそうになるほどショックを受けとったんやな…

     

    アダムの心中を代弁すると…

     

     

    「ぎゃ、ギャランドゥ…!?己の姿に似せてワイを作った言うとったけど、全然ちゃうやんけ…。せやさかい人前で絶対に服を脱がへんかったんや…」

     

     

     

     

    しかも、アビーとイブをよく見比べると…すっごい共通点が…

     

     

    うわ!マジか!?

     

    アビー役のフランシス・マクドーマンドがキツキツの水着を着て「ぺちゃ」に見せとったのは…

     

    『アダムの創造』でイブが「ぺちゃパイ」に描かれとったからや!

     

    貧乳もミケランジェロへのリスペクトなんや!

     

     

     

    こんな細部にまでコダワリを貫くコーエン兄弟って、真性の変態だよね…

     

     

    しかも撮影後に嫁にする女やで…。

     

    おそるべしコーエン兄弟…

     

    いや、ジョエル・コーエン…

     

     

    盛り上がってるところを申し訳ないんだけど…

     

    あの「ぺちゃ女性」はイブじゃないんだよね…

     

     

    ハァ!?じゃあ誰!?

     

     

    あれは「リリス」という女性なんだよ…

     

    アダムの「最初の妻」と言われている女性だ。

     

    『LILITH』ジョン・コリア

     

     

    リリス!?最初の妻!?

     

    アダムはバツイチだったのか!?

     

     

    まあ、そういうことだね。

     

     

    嘘コケ!そんなこと初めて聞いたぞ!

     

     

    これは決して冗談じゃなくて、実際にそう考えてる人たちも少なくないんだよ。昔は割とポピュラーな考え方だったらしい。

     

    だって、よく考えてみて…

     

    イブって、神が「アダムひとりで可哀想だな」と思い、寝てるアダムから抜き取った肋骨で作ったんだよね?

     

    神が「アダムの創造」をしている時に「そこにいる」はずがないでしょ?

     

    天才ミケランジェロが、何も考えずに「そこにいるはずのない女性」を描くと思う?

     

     

    言われてみれば確かに…

     

    じゃあやっぱり彼女は「アダムの最初の妻リリス」なのか…

     

     

    この「アダムには妻が二人いた説」って、聖書の『創世記』における「ややこしい記述」から来ているんだよね。

     

    まず神は、第1章27節で人を創造する。

     

    1:27 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。

     

    そして第2章でも再び人の創造が描かれる。今度はたっぷりと。

     

    2:7 主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。

    2:22 主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。

     

     

    ホントだ!

     

    第1章では男女同時に作って、第2章では男を作ってから女を作ってる。

     

    でも第1章のカップルはどこに行ったの?

     

     

    どっちもアダムとイブのことやろ?

     

    第2章は、第1章で一行で済ました話を事細かに説明しとるだけや。

     

     

    その通り。第2章では第1章で行った「天地創造」をもう一回説明するんだよね。

     

    今の聖書ではそれがよくわかるようになってるんだけど、昔はそうではなかったらしい。

     

    誤解を招くような記述だったらしいんだ。第1章の男女と第2章の男女が「別の存在」であるかのようにね。

     

    そこから主に2つの説が誕生した。

     

    まず「第1章の男女は不完全な人間で、すぐに地上に放逐された」説。

     

     

    不完全な人間?

     

     

    第2章のアダムみたいに神が息を吹き込んでいないから「動物に近い不完全人間」だとされたんだ。

     

    この考え方は、アダムとイブが「失楽園」で地上世界へ追放された時、既に地上には多くの人間がいたことからも、それなりに説得力のある説として広まった。

     

     

    え?アダムとイブの他にも人間が居たの?

     

     

    弟殺しの罪でカインが追放された時、罰として「他の人間に殺されない」という呪いがかけられたよね?

     

    辺境の地には野蛮人が住んでいたから、カインが「死んで楽になる」ことを封じたんだ。

     

     

    なるほど、確かにそうだな。他に人間がいなかったら、そんな呪いをかける必要が無い。

     

    「最初の男女は地上に放逐された説」は、それなりに説得力がある。

     

     

    この考えが、のちに「聖書に出て来ない人種は同等の人間じゃない」という思想につながった。聖書と言っても「ホワイトウォッシュ」された聖書だけど。

    黒人やアジア人に対する差別感情の根底にあるのはこの思想だね。

     

    そしてもうひとつの説が「アダムにはイヴの前に別の女がいた説」

     

    第1章で作られた男はアダム、だけど同時に作られた女のほうはイブじゃない…という考え方なんだ。

     

     

    それが「リリス」ってことか…

     

     

    これは「アダムが最初の人間である」ことを重視した解釈だといえるね。

     

    でもこの解釈だと「じゃあ第1章の女は何者?」という疑問がどうしても湧いてしまう。

     

    そこで「最初の妻リリス」という存在が持ち出されたんだ。

     

    リリスとは古代から伝わる「夜に生息する魔性の女」のことで「アダムは最初にこの女を娶ったが、すぐに悪女リリスはアダムのもとを去った」というストーリーが誕生した。

     

    これならアダムにキズがつかないからね。

     

     

    なるほどな。

     

    アダムは悪くなくて、バツイチになったんは性悪女リリスのせい…っちゅうことか。

     

    せやけど何でリリスはアダムのもとを去ったんや?

     

    こうゆうこと聞くのは野暮っちゅうのは十分わかっとるけど、何が原因やったんや?

     

     

    その理由が面白いんだ。

     

    リリスは「いつも性交時に下になること」が不満だったんだよね。まるで自分が支配されているかのようで…

     

    だから自分が「上」になることで、アダムと同等の権利を主張したらしい…

     

    でもそれが受け入れられなかった。

     

     

    ハァ!?

     

     

    これはきっと「男女同時に作られた」ことに起因するストーリーだね。

     

    「女のくせに男と同等なのは生意気だ」という当時の男尊女卑思想が「男の上になろうとする性悪女リリス」を生み出したんだ。

     

     

    日本神話にも「アレの時、女がリードするのは良くない」っちゅうのがあったな…

     

    女主導で作られた最初の子ヒルコは奇形児として生まれ、葦船に乗せられて海に流されてもうた。

     

     

    でもアビーって、そこまでじゃないでしょ?

     

    「アビー=リリス」は、ちょっと可哀想じゃない?

     

     

    でもアビーもわずか1年足らずで夫マーティのもとを去ろうと決めたでしょ?

     

    それに「女性上位」を好んでいたよね…

     

     

     

    わお!そうだった!

     

    そこにも意味が隠されてたか!

     

     

    昔の偉い人は言った。

     

    「目に映る全てのものはメッセージ」とね…

     

    特にコーエン兄弟の作品はそれが顕著だと言える。無意味なことなど無いんだ。

     

     

    それってそんなに昔の格言だったっけ…?

     

     

    昭和は遠くになりにけり、だね。

     

    さて、ミケランジェロの『アダムの創造』には、まだまだ秘密が隠されている…

     

    次回は黒人バーテンダーのモーリスの謎を解き明かすとしようか…

     

    それでは今日はこの曲でお別れすることにしよう。

     

    かつて昭和末期の時代に「日本ロック界のアダムとリリス」と呼ばれた伝説のカップルが作った曲…

     

    タイトルも、そのものズバリ『Lilith』だ。

     

     

     

     

    へえ、こんな歌があったんだ!

     

    でもリリスがいるってことは、イブもいるってこと?

     

     

    わかって言うとるやろ。

     

     

     

    JUGEMテーマ:映画

     

    『ブラッド・シンプル』徹底解剖4「HE'LL HAVE TO GO」

    • 2018.06.21 Thursday
    • 21:15

     

     

     

     

     

    前回は、アビーとレイがハイウェイ沿いのモーテルで一夜を過ごすところまで解説したね。

     

    第3回「Sex, Picture, and Coffee service」

     

     

    映画『BLOOD SIMPLE』の登場人物相関図はコチラ!

     

     

     

    そんでもって朝、部屋に電話がかかってくるんやったな。

     

    レイが電話に出ると男の声がして、すぐに切れた…

     

     

     

    レイは無言で立ち上がり、閉め忘れていたカーテンから外の景色を見つめる。

     

    その後ろ姿からは「怒り」と「覚悟」が複雑に絡み合った感情が見てとれた。

     

     

    彼の想いを代弁すると、こんな感じだろうね…

     

    やっぱりあの車は俺たちを尾行していたんだ。そしてアビーはそれを知っていながら俺に黙っていた。なんてこった…。あの時「もう後戻りは出来ない」なんて陳腐な口説き文句を吐いちまったが、まさか本当にそうなってしまうとは…

     

     

    口説いたつもりが、実はハメられたってことだな!

     

     

    アビーは「電話は誰だったの?」と尋ねる。

     

    レイは「あんたの亭主だ」と吐き捨てた。

     

    アビーはそれに対して驚く様子も見せず、何も言わなかった…

     

     

     

    心中を代弁すると…

     

    いよいよやわ。せやけど堪忍な。あんたを騙すつもりはなかったんよ…

     

    っちゅう感じか。

     

     

    この時はまだ無名の女優だったんだけど、フランシス・マクドーマンドは実に素晴らしい。

     

    「したたかさ」と「愚かさ」、「逞しさ」と「弱さ」が同居するアビーという難しい役を見事に演じ切っているよね。

     

     

    そしてカントリー音楽が流れ始め、シーンが「BAR ネオン・ブーツ」へ切り替わる。

     

    ここでコーエン兄弟が選んだ曲は、Jim Reeves(ジム・リーブス)の『HE'LL HAVE TO GO』だ。

     

     

     

     

    まったりとした、いい歌だね!

     

    恋人同士が電話で愛を語る歌なの?

     

     

    曲調に騙されたらアカン!

     

    この歌は「修羅場一歩手前」の歌なんやで!

     

    下手したら、この電話の後、男が銃を持って女のとこへ乗り込み「流血沙汰」になる可能性もあるんや!

     

     

    ええ!?

     

     

    ナンボクの言う通りだ。

     

    曲調はロマンチックなんだけど、歌われてる内容はとんでもなくヤバい状況なんだよね。

     

    というか、この歌詞は天才的すぎる。

     

    1番がたった四行しかない単純なものなんだけど、そこに信じられないほどの密度でドラマが描かれているんだ…

     

     

    君の甘い唇をもう少し受話器に近付けておくれ

    この世界に俺たち二人だけしかいないみたいに

     

     

     

    どこがヤバいの?

     

    ありきたりなラブソングじゃんか!

     

     

    凄いのは三行目からだ。

     

     

    俺もあの男にジュークボックスの音を下げるように言ってくるから

     

     

     

    あの男?ジュークボックス?

     

    どゆこと?

     

     

    つまり「俺」が電話してる場所は、酒場の中の電話ボックスってことなんだ。

     

    「俺」は酒場で飲んでる時に「女」へ電話したんだよね。

     

    この映画に出て来るバーみたいに、アメリカの酒場では基本的にバンドが生演奏している。そしてバンドの休憩時間に、ジュークボックスで音楽を流すんだよ。

     

    だから店内に電話ボックスがあるんだ。周りがうるさくて声が聞こえないから。

     

    さっきの動画でジム・リーヴスが電話ボックスで歌っていたのは、歌詞のドラマの再現だったというわけ。


     

    なるほど…

     

    じゃあ「俺」は、酒場で飲んでるうちに彼女が恋しくなって電話したのか…

     

     

    勢いをつけるためやろな。

     

     

    勢い?

     

     

    この四行目のセリフを言うためだよ。

     

     

    だからお前も、隣で寝ている"お友達"に言えるはずだ。すぐに出て行かなければと…

     

     

     

    隣で寝てるお友達?

     

     

    「俺」は「女」の浮気現場に電話したんや…

     

    まさにこの映画のように…

     

     

    ええ〜〜!?

     

     

    2番では、いよいよ緊張感がマックスになる。

     

    そっと受話器に囁いてくれ。俺を愛する気持ちに嘘偽りはないんだよな?

    それとも今あいつの腕に抱かれているのか?俺がしてたのと同じように…

    愛は人を盲目にさせる。わかってるよな?今すぐ腹を決めるんだ

    ここで俺に電話を切らせるか、奴に出て行ってくれと伝えるか…

     

     

    「ここで電話を切る」っちゅうのは「交渉決裂」つまり「そっちに乗り込む」ってことや…

     

    「修羅場を覚悟しとけよ」ってことやで…

     

     

    ひゃあ!

     

    だから後のシーンで、この歌と全く同じ状況があったのか!

     

    夫ジュリアン・マーティが浮気現場に電話して、今度は妻アビーが出て、その後にマーティが乗り込んでいった…

     

     

    計算し尽くされた実に見事な選曲だよね。

     

    ちなみに、この歌の「わざわざうるさい環境下の電話ボックスから電話する」というシチュエーションは、映画の中でも再現される。

     

    私立探偵ローレン・フィッセルが、わざわざ交通量の多い道端の電話ボックスから電話をするシーンがあるんだけど、行き交う大型トラックの音で声が途切れ途切れになってしまうんだ。

     

    最初これを見た時に僕は「何の意味があるんだろう?」って思ったんだよね。

     

    でも、何のことはなかった。この歌の

    パロディだったんだよ…

     

     

     

     

    しかも全く同じ電話ボックスwww!

     

     

    笑えるよね。

     

    きっとコーエン兄弟は、わざわざジム・リーヴスが番組の中で使っていたのと同じタイプのものを選んで撮影したんだよ。

     

    映画のストーリーに『HE'LL HAVE TO GO』の歌詞を引用したから。

     

     

    だから不自然なまでに新品の電話ボックスだったんだね…

     

    普通あんなに大型トラックがビュンビュン通るところに設置されてたら、排気ガスで黒く汚れてるはずだもん…

     

     

    コーエン兄弟のこだわりには、ホント驚かされるよ。

     

     

    そこを拾うアンタもアンタや…

     

     

    さて、『HE'LL HAVE TO GO』が流れる中、シーンはバー「ネオン・ブーツ」のバックオフィスへ移る。

     

    オーナーのジュリアン・マーティのところへ私立探偵ローレン・フィッセルが調査の報告に来るシーンだ。

     

     

    フィッセルは、モーテルの窓から隠し撮りした写真をマーティに見せる。

     

    そして妻アビーと従業員レイの熱烈合体が「どれだけ凄かったか」を薄笑いを浮かべながら話した。

     

    頼んでも無い「ニャンニャン写真」を撮ったことへの怒りに加え、フィッセルの態度にもムカついたマーティは、フィッセルにこう忠告する。

     

     

    「古代ギリシャでは、悪い知らせを伝えた使者は殺された」

     

     

     

    なんで突然「古代ギリシャ」が出て来たの?

     

     

    ジュリアン・マーティは「ヘレニスト」、つまり「ギリシャ化したユダヤ人」なんだよ。

     

    ギリシャ全盛期からローマ帝国初期の時代にかけて、ユダヤ人は地中海沿岸の諸都市にコミュニティを築いていた。その多くはギリシャ文化を受け入れ、ギリシャ語を話すようになった「ヘレニスト」だった。

     

    彼らが各地で独自のユダヤ文化を発展させ、その中からキリスト教が誕生した。最初の新約聖書はギリシャ語で書かれたからね。ベースにした旧約聖書もギリシャ語訳のものだった。

     

    実際、マーティを演じる俳優ダン・ヘダヤも、ユダヤ系シリア人の移民だ。

     

    テキサスに住む「改宗ユダヤ人」ジュリアン・マーティを演じるには、ピッタリの役者だよね。

     

     

    なるほど。

     

    でもなんでマーティがそうだって言い切れるんだ?

     

     

    80年代に書かれたコーエン兄弟の脚本の主人公は皆「ユダヤ系という出自を隠している人物」だ。

     

    『RAISING ARIZONA(赤ちゃん泥棒)』『ミラーズ・クロッシング』そして2017年にようやく映画化された『サバービコン』…

     

    どれも皆、主人公はそういう設定だった。

     

    コーエン兄弟初期作品について

     

     

     

    それはわかった。で、証拠は?

     

     

    もちろん直接的には言及されないんだけど、随所にそれを臭わせる描写があるんだ。

     

    まずマーティがいつも飲んでる牛乳…

     

     

    アビーと従業員の浮気に悩んどって胃を悪くしとるだけやろ。

     

     

    確かにそうなんだけど、それだけじゃないんだな。

     

     

    なぬ?

     

     

    コーエン兄弟は、ちゃんと「牛乳が意味すること」のヒントを用意してくれた。

     

    この「牛乳」は、ユダヤ教における食事に関する規定「コーシャ(カシュルート)」を想起させるためだったんだね。

     

     

    ええ!?

     

     

    こんなシーンがあったの覚えてる?

     

    まずバーの外看板である「子牛」が映し出され…

     

     

    その後にマーティの机の上の「牛乳と魚」が映し出される…

     

     

     

    あの看板は可愛かったな。

     

    魚を机に置くのは臭そうだったけど。

     

     

    最初に観た時、この外看板の意味と画の「つなぎ方」を不思議に思ったんだ。

     

    何の意味があるんだろう?って…

     

    で、しばらく考えてみて、ようやくわかった。これは「コーシャ」のことなんだってね。

     

    ユダヤ教では肉と乳製品を同時に食べることが禁じられている。これは『出エジプト記』にある「子山羊をその母の乳で煮てはならない」から来ているんだね。

     

    この「肉と乳製品」の規定は厳しくて、互いのエキスや匂いも混じってはいけないので、肉用と乳製品用の皿は完全に別々にしなければならないんだ。皿を洗った水が付いてもいけないので、洗う場所も別々にしなければいけないんだよ。

     

    だからコーエン兄弟は「屋外の子牛」を映してから「室内の牛乳」を映したんだね。ちゃんと別々に。

     

     

    仕込んだコーエン兄弟も凄いけど、そこに気付いたおかえもんも偉い!

     

     

    で、魚は?

     

     

    魚は乳製品と一緒に食べても大丈夫なんだよ。

     

    だから机の上に並べられていたんだね。あれが魚じゃなくて肉だったらコーシャ的にアウトだ。

     

     

    そうゆうことだったのか!

     

     

    さらに言うと、オフィスのトイレの入口に貼られていた「手洗いのポスター」もそうだよ。

     

    事件を複雑化する重要な小道具として使われるんだけど、これも「コーシャ」絡みのネタなんだ。

     

    食事規定では「食材の浄・不浄」だけでなく「手の洗浄」も事細かに指示されるからね。

     

     

     

    ああ、なるほど…

     

     

    そして、アビーの夢の中に現れた時のマーティの描写も興味深い。

     

    洗面所で顔を洗っていたアビーは、リビングルームの窓ガラスが割れた音を聞く。

     

    恐る恐る覗きに行くと、床にガラス片が散らばっていて、夫マーティがベッドに座っていた…

     

     

     

    このシーン、怖かったな…

     

     

    マーティはアビーに「それでも俺はお前を愛している」と告げ、最後に「忘れものだ」と言いながら化粧道具のコンパクトを投げ渡す…

     

     

     

    ん?コンパクト?

     

    よう考えたら意味わからんな…

     

     

    この「縦線の入った銀色のコンパクト」は「あるモノの喩え」なんだよね。

     

    実はコレのことなんだ…

     

     

    なんだこれ?

     

     

    これは「etrog carrier(エトログ・キャリアー)」と言って、聖なる果実「シトロン(くえん)」を入れるケースなんだ。

     

    ユダヤ教三大祭のひとつ「仮庵の祭り(スコット)」に欠かせない重要な宗教アイテムなんだよね。

     

     

     

    なんですと!?


     

    アビーの「悪夢」の中に「銀色のケース」が象徴的に登場することは、とても興味深い。

     

    殺された夫が、知らないはずの逃亡先の部屋にまで現れて、わざわざこれを渡すんだ…

     

    アビーが何らかの「強迫観念」を感じていた証拠だね。

     

    映画の中ではマーティとアビーがなぜ結婚一年ちょっとで破局したのか言及されないんだけど、そのヒントはこの「夢にまで出て来た銀色のケース」にある。

     

     

    ど、どゆこと!?


     

    二人が上手くいかなくなった理由は「宗教からくる慣習・文化の違い」によるものだろう。

     

    というか、アビーがユダヤ文化に馴染めなかったんだ。

     

    だから夢の中で、自分を追って来た夫に「銀色のケース」を渡されて恐怖を感じたんだね。彼女は「ユダヤ的」なものから逃げたかったから…

     

    「銀色のケース」を投げた後にマーティが大量の血を吐くのも同じ理由だろう。

     

    旧約聖書を一言で表せば「血の教え」だと言える。事細かな食事規定コーシャも、要は「血の扱い」をどうするかということなんだよね。肉や卵の中にある血を口にしてはいけないから。

     

     

    つまりアビーは…

     

    最初は「愛があれば、どんな壁も乗り越えられる!」と張り切って結婚したんやけど…

     

    しばらくしたら「やっぱムリ!文化の違いって大きい!」と思い始めたっちゅうことか…

     

     

    だろうね。

     

    映画をよく見るとわかるんだけど、マーティはあの土地で完全に孤立してるんだよ。

     

    自分の店の常連客と会話するどころか接する場面もないし、眺めのいい公園では地元住民たちに馬鹿にされていた。

     

    ヒスパニック系から馬鹿にされ、さらには白人の子供たちにまで馬鹿にされるんだ…

     

     

    たぶんあれは、彼がユダヤ系だからだよね。

     

    宗教的に、というかキリスト教的に保守的なテキサスだから、マーティは「よそ者」扱いされていたんだ。社会的ヒエラルキーの最下層にいたんだよ。

     

     

    だから私立探偵ローレン・フィッセルも、あんな小馬鹿にした態度をとっていたのか…

     

     

    マーティの心境を思うと、こちらまで胃がキリキリしてきそうだ…

     

     

    マーティはクリスチャンになろうと思わなかったのかな…

     

    非ユダヤ人であるアビーとの結婚を機に…

     

     

    考えたと思うよ。そういうパターンは少なくないからね。でも改宗には踏み出せなかったようだ。

     

    コーエン兄弟は、そんなマーティの苦悩というか後悔を巧く表現していた。

     

    マーティがオフィスで天井のファンを無言でずっと見つめるシーンがあるんだけど、あれは十字架の投影だよね…

     

     

     

    「あん時、受け入れとったら…」っちゅう後悔か。

     

     

    これ『バートン・フィンク』と一緒…

     

     

     

    そしてアビーの夢の中で「窓ガラスが割れた」のも、彼女の中の「ユダヤ的なものに対する恐怖心・強迫観念」の表れなんだよね。

     

    あの部屋の窓って、何かに似てない?

     

     

     

     

    これも『バートン・フィンク』のホテルの玄関と…

     

     

     

    コーエン兄弟の映画で「そっくりシーン」を挙げ始めたらキリがないんだよね…

     

     

    『バートン・フィンク』ではガラスの枚数が不吉な数字「13」やったな…

     

    せやけど『ブラッド・シンプル』のガラス窓は…

     

    これや。

     

     

     

    その通り。窓が「十戒の石板」になってるんだね。

     

     

    でも窓枠の数は「8」で、ガラスの数は「12」だぞ!

     

    「10」じゃない!

     

     

    心配御無用。

     

    最後にガラスが2枚割れてちょうど「十戒」になるという仕掛けになっているんだ。

     

    コーエン兄弟と僕を甘く見ないでほしいな。

     

     

    ぎゃふん!

     

    そういえば、マーティのデスクの上に「黄金の牛」のブックスタンドもあったな…

     

     

     

    モーセが石板を叩き割ってブチ切れたやつや。

     

     

     

    せっかく神の言葉を記した十戒を持って下山したのに、待ちくたびれた民衆はエジプト時代の異教のシンボル「黄金の子牛」を作ってお祭り騒ぎをしていたんだね。

     

    激怒したモーセは像を破壊した。だからマーティのデスクの黄金の牛も「首」と「尻尾」しかなかったんだ。

     

     

    やりすぎコージー!

     

     

    やりすぎコーエンやろ。

     

     

    まだまだこんなもんじゃないよ。

     

    次回は『ブラッド・シンプル』の登場人物「創造」の秘密に迫ってみよう。

     

    濃厚な内容だったけど、最後まで付き合ってくれてありがとう。この歌でも聞いて、まったりしてください。

     

     

     

    ん?このシャツの人、どっかで見覚えが…

     

     

    こいつやろ。

     

     

     

    似てるけど違うね。

     

    バー「ネオン・ブーツ」のカウンターで酔いつぶれてるのは、次作『赤ちゃん泥棒』のニコラス・ケイジだよ(笑)

     

     

     

    ズコっ!

     

    マジで、やりすぎ!

     

     

     

     

    JUGEMテーマ:映画

    『ブラッド・シンプル』徹底解剖3「Sex, Picture, and Coffee service」

    • 2018.06.17 Sunday
    • 19:21

     

     

     

     

     

    さて、私立探偵ローレン・フィッセルの「語り」による導入部が終わると、夜の雨の中をドライブするレイとアビーが映し出される。

     

     

    その前に、前回を未読の人はこちらを先にどうぞ!

     

    『ブラッド・シンプル』徹底解剖:第2話

     

     

    人間関係図も貼っとこか。

     

     

     

    メルシーボークー、ナンボク。

     

     

    ええんやで。ムッシュムラムラや。

     

     

    イミフ…

     

     

    さて、車中の二人はお互いの心を探り合っていた。

     

    アビーは夫から最初の結婚記念日のプレゼントに銃をもらったことを話し、レイに対してこんな風に探りを入れる…

     

     

    「その銃であの人を撃って、ここから逃げようなんて思ったりもするのよ…。あなたはよく我慢してるわよね…」

     

     

     

    おい待てや。かなりヤバいこと言うとるやんけ。

     

    こんなセリフやったか?

     

     

    日本語字幕では結構省略されちゃってるんだ。ホントはかなりヤバいこと言ってるんだよね。

     

    同情をひくために大袈裟に言ったのかもしれないけど、結果として彼女の願望通りになるんだもんね…

     

    それを聞いたレイは、ここで自分のボスであるジュリアン・マーティのことには触れたくないので、こう答える。

     

     

    「俺は奴に雇われてるだけだ。奴と結婚してるわけじゃない」

     

     

    だけどアビーは諦めない。

     

     

    「そうね…。私、時々こう思うの。あの人ちょっとオカシイんじゃないかって。例えば、心の病気とか…。それとも、オカシイのは私のほう?ねえ、どう思う?」

     

     

     

    ちょっと怖い…

     

     

    従業員のレイにとって、この状況は非常に「リスキー」だ。深夜のドライブの相手は、何と言っても「ボスの奥さん」だからね。後々のことも考えると、言葉選びも慎重にならないといけない。

     

    それらを踏まえた上でレイは答える。

     

     

    「聞いてくれ。俺は結婚カウンセラーじゃない。二人の間のことは知らないし、知りたくもない。俺はただ君のことが好きなんだ。ずっと前から…。もうすぐヒューストンに着いてしまうが、これからどうする?」

     

     

     

    慎重やな。ちゅうか真面目なんやな。

     

     

    真面目で責任感が強いんだね。そんなところをアビーに利用されてしまったわけだ。

     

    そしてアビーは後ろから尾行していた車に気付いて、レイに車を止めさせる。

     

    アビーは夫が自分の浮気に気付いていることを知っていた。素行調査されていることも。

     

    このドライブに至った経緯は描かれていないんだけど、きっとアビーがレイに「誘う」ように仕向けたに違いない。彼女はレイが自分に好意をもってることを知っていたから、「誘いやすい」状況を作ったんだろう。

     

    アビーは「確信犯」なんだよね。だからレイに「知らない車」だと言った。本当は探偵の車だと気付いていたのに…

     

     

    こわっ!

     

     

    この後も二人は「決定的な言葉」を避けながら駆け引きを続け、最後は道端のモーテルにしけこんだ。

     

    二人の欲望と緊張感がよく伝わる、とてもうまいセリフ回しだったよね。

     

     

     

     

    デビュー作の冒頭シーンや。コーエン兄弟も気合い入っとったやろ。

     

     

    計算し尽くされたシーンだよね。微妙な言い回しと絶妙な間を駆使し、二人が深夜のドライブに至った背景をバッチリ説明している。

     

    この冒頭シーンを観た映画関係者は、さぞかし唸ったことだろう。これだけでコーエン兄弟の才能を確信したと思うよ。

     

    さて、次のシーンは違った意味で非常に興味深い。

     

     

    モーテルでのベッドシーンやったな。

     

    アビー役のフランシス・マクドーマンドは、この映画の撮影のあとに監督のジョエル・コーエンと結婚した。

     

    このシーンを撮った時は、もう付き合うてたんやろか?

     

     

     

    付き合ってたとすると、ちょっと興味深い!

     

    自分の彼女と他の男とのラブシーンを撮影するんだもんね。どんな気分なんだろ?

     

     

    そういう意味で「興味深い」と言ったんじゃないんだけどね。

     

    この時アビーとレイの二人は、真っ暗な部屋の中で交わっていた。でもカーテンが開いていて、外の道路を車が通った時だけヘッドライトが窓から差し込み、裸の二人を照らしていたんだ。

     

    そしてコーエン兄弟は、この二人以外にも「ある2つのモノ」を光で照らした。

     

    しかもわざわざそれをアップで映すんだよね…

     

     

    ある2つのモノをアップで?

     

    なにそれ?

     

     

    まずコーエン兄弟は、壁にかかった「絵」をアップで映し…

     

     

    その次に「コーヒーセット」をアップで映すんだ…

     

     

     

    ホントだ!

     

    でも、たまたまじゃないの?

     

     

    何度も言っただろう。天才は無駄なことをしない、って。

     

    このディレクターズ・カット版『ブラッド・シンプル』には、無駄な描写なんて一切無いんだ。

     

    普通「ディレクターズ・カット」というと、劇場公開時にはカットされていたシーンが復元されて尺が長くなるもんなんだけど、なんと本作は、公開時よりも短くなっているんだよ。

     

    コーエン兄弟は、このストイックな映画から、さらに無駄なシーンを削ぎ落としたってわけだ。

     

     

    公開時よりも、さらに短くなってる!?

     

    文字通り「ディレクターズ・カット」だな…

     

     

    だから、カットされずに残った「壁の絵」と「コーヒー」のアップには、何らかの重要な意味があると考えるのが当然だよね…

     

    いったい何だと思う?

     

     

    壁の絵とコーヒーが?

     

    全然わかんない…

     

     

    この2つが意味することはズバリ…

     

    「映画の舞台テキサスは、中東パレスチナの投影である」

     

    ってことなんだよね。

     

     

    ええ〜〜!

     

    って驚いてみたけど、よくよく考えたら驚く程のことでもなかったな…

     

    この映画は旧約聖書『士師記』の女預言者デボラの物語がベースになっているんだから…

     

     

    その通り。この映画はデボラの物語をベースとし、他にも聖書の様々な逸話を元ネタにしている。

     

    だからロケ地にテキサスが選ばれたんだね。風景が聖書の舞台である中東パレスチナ地方に似てるから。

     

     

    せやから冒頭の「語り」シーンで、テキサスの荒涼とした大地が延々と映されたんやな。

     

    荒地の中にポツンと映る町は、エルサレムの投影やったんや…

     

     

     

    なるほど!

     

    でも、あの絵とコーヒーは何の関係があるの?

     

     

    あの絵は「テキサス・レンジャー」の絵なんだよね。

     

    テキサス・レンジャーが入植者の警護をしているところを描いたものなんだよ。

     

     

    テキサス・レンジャーと入植者?

     

    なんで?

     

     

    テキサスの歴史がイスラエルの歴史によく似てるからじゃないかな。

     

     

    ハァ!?

     

     

    19世紀初頭、アメリカ合衆国の範囲はまだミシシッピ川以東までしかなくて、その西は危険だらけの未開拓の荒野だった。

     

    現在のテキサス州周辺地域は名目上スペイン領なんだけど、いくつかあった砦のような町の他には、先住民と荒くれ者以外、人がほとんど住んでいない状態だったんだよ。

     

     

    スペインサイドとしても、このエリアを開拓したいのはやまやまだったんだけど、誰もテキサスへ行きたがらなかった。

     

    まだ石油が見つかる前だったから、あんな危険地帯にわざわざ行く価値は無いと考えられていたんだね。ほとんど『マッドマックス』や『北斗の拳』みたいな世界が広がっていたわけだ。

     

    そこに、壮大な夢を抱く「ある男」が現れ、テキサスの歴史を大きく動かすことになる…

     

     

    ある男?壮大な夢?

     

     

    その男の名はモーゼス・オースティン。

     

    Moses Austin 1761-1821

     

    旧約聖書の英雄中の英雄モーセと同じ名をもつ彼は、自分をモーセに重ね合わせ、壮大な夢を見るようになった。

     

    モーセが大勢の民を率いてエジプトを脱出し、荒野の中の「約束の地カナン」へと向かった『出エジプト』のように…

     

    大勢のアメリカ人を率いてテキサスへ渡り、荒野の中に「新たな郷土」を築くという『出アメリカ』計画だ…

     

     

    しゅ、出アメリカ計画!?

     

     

    モーゼス・オースティンは、サン・アントニオのスペイン植民地政府と交渉を重ね、ついにアメリカ人によるテキサス入植の許可を取り付けた。

     

     

    外国人であるアメリカ人の入植をスペイン政府が許可ってオカシイやろ?

     

     

    スペイン側からしても「合法的な入植」はメリットが大きかったんだよ。

     

    それというのも、この当時テキサスでは、アメリカからの不法侵入者が大きな問題になっていたんだ。

     

    彼らは命知らずの不法者集団で、血生臭い手法でテキサスの土地を不法占拠していたんだ。いつかアメリカ政府に高値で売りつけるためにね。

     

    だから、たとえアメリカ人でもスペイン政府の管理下で危険地帯を開拓してくれるならウィンウィンだったわけだ。

     

    モーゼス・オースティンの計画には300の家族が参加することになった。この300の家族が船に乗り込み、テキサスへと向かうことになったんだ。

     

    モーセが民を率いて海を渡ったみたいにね。

     

     

    わざわざ船で?

     

     

    ミシシッピ川以東のアメリカ領内からテキサス奥地へ大集団が移動するには、水路しか手段がなかったんだよ。

     

    鉄道どころか、まともな道すら無かった時代だからね。それに陸路は危険だらけだ。いつインディアンや無法者集団に襲われるかわかったもんじゃない。

     

     

    モーセもパレスチナの荒野を旅する間に、いろんな集団と戦いを繰り広げておったな。

     

    大集団での移動は様々な軋轢を生むもんや。元々そこにおった連中からしたら脅威以外の何物でもない。

     

     

    そうだね。

     

    そしてモーゼス・オースティンに悲劇が襲う。志半ばで倒れてしまうんだ。

     

    300の家族をテキサスの地へ導く直前で、命尽きてしまったんだね…

     

     

    まさにモーセじゃんか、それ!

     

     

    本当に「出エジプト記」の再現になっちゃったんだよね。運命のいたずらというか、或いはこれが定めだったのか…

     

    そしてこの壮大な事業は、息子のスティーブン・オースティンに引き継がれる。

     

    彼は父の現実離れした計画に当初は反対していたんだけど、これを運命と悟ったのか「モーセ役」を引き受けたんだ。

     

    スティーブン・オースティンは300の家族を率いてニューオーリンズを出航し、ブラゾス川をさかのぼり、テキサスの荒野に「新天地」を築いた。

     

    現在この300の家族は「The Old 300 」と呼ばれ、テキサスの歴史における「ピルグリム・ファーザーズ」みたいな存在とされている。

     

    テキサス州の州都オースティンの名も、この父子の名から付けられたんだ。

     

     

    めでたしめでたし、だね。

     

     

    そうゆうハナシとちゃうやろ!

     

    テキサス・レンジャーのハナシや!

     

     

    そうだった。

     

    そんな「アメリカ人入植者」たちを「先住民や無法者集団から警護」するために結成されたのがテキサス・レンジャーなんだよ。

     

    「The Old 300」以降、アメリカ人入植者がどんどん増えていって、インディアン諸部族だけでなくスペイン・メキシコ側ともトラブルが多発するようになってしまった。

     

    だから、高い機動力と戦闘能力をもち、独自の法執行力を有するテキサス・レンジャーの存在が必要になったんだね。

     

     

    「火付け盗賊改め方」みたい!

     

     

    海兵隊に近いかもしれないな。海兵隊も、そもそもは国外での米国人警護のために結成された組織だったからね

     

    さて、そんなテキサス・レンジャーは、昔の西部劇なんかでは「正義のヒーロー」として描かれることが多かった。

     

    だけど、それはあくまでアメリカ側から見た場合の話に過ぎない。

     

    結果的に土地を奪われたメキシコやインディアンからしたら、テキサス・レンジャーは「悪の代名詞」みたいな存在だからね。そうとう残虐なことも行われていたらしい。

     

     

    つまり「入植者を警護するテキサス・レンジャーの絵」っちゅうのは、何かと問題の多い「入植事業」が行われとる現在のパレスチナを想起させるためのものやったというわけか…

     

     

    そういうことだね。

     

    コーエン兄弟は「侵略者から祖国イスラエルを守った女預言者デボラの物語」を映画のストーリーのベースにした。

     

    そしてそれが理由で、中東パレスチナに似た風景のテキサスを舞台に選んだ。

     

    それを観客に「さりげなく」伝えるため、あの絵をわざわざアップで映したってわけ。

     

     

    なるほどね!

     

    じゃあコーヒーは?


     

    コーヒーも同じ理由だ。

     

    エチオピア原産のコーヒーは、中東アラブ世界で「カフア・アラビーヤ」と呼ばれ「文化」となった。

     

    乾燥地帯が広がる中東地域では、僅かしかない水場オアシスをめぐって争いごとが起きやすい。だから遊牧民や隊商が出会った時、お互いに敵対する意思が無いことを示すため、儀式的に皆でコーヒーを飲み友好を深めるという風習が広まったんだ。

     

     

    まさにボブ・ディランの『One More Cup Of Coffee』やな。

     

    BOB DYLAN『One More Cup Of Coffee』by FAWA

     

     

    そしてそれが格式化されオトナの男の「嗜み」みたいになっていった。昔の日本の「茶の湯」みたいなもんだね。

     

    人が集まるところにはコーヒーを飲む場所が設けられ、中東パレスチナ社会に欠かせないものになっていったんだ。

     

     

    この「来訪者をコーヒーでもてなす」という文化は、現在では中東諸国によってユネスコの無形文化遺産にも登録されている。

     

    これがオスマン・トルコを経由してウィーンへ伝わった。そしてヨーロッパ全土に広まったというわけだ。

     

     

    そっか!コーヒー文化は中東パレスチナが発祥だったんだ!

     

    だから『コーヒールンバ』も「アラブ」なんだな!

     

     

     

    このようにコーエン兄弟は「入植者を警護するテキサス・レンジャーの絵」と「コーヒー」をアップで映すことによって、この映画の舞台テキサスが中東パレスチナの投影であることを示そうとしたわけだ。

     

    まったくコーエン兄弟の映画は油断も隙もあったもんじゃない。隅から隅まで必ず仕掛けが施されている。

     

    これを指摘するのは世界で僕が初めてっぽいんだけど、なぜ今まで誰も気づかなかったのか不思議なくらいだよ。

     

     

    みんなHしてる二人に気を取られてもうたんとちゃうか?

     

    絵とコーヒーの意味まで頭が回らんかったんや…

     

     

    だよね…

     

    てか、そんなとこまで見てる人、おかえもんの他にはあんまりいないと思う…

     

     

    そうなのかなあ…

     

    じゃあ他の人たちは映画を観ながら何を見てるんだろう?

     

    ちょこっと小さく映るだけならともかく、いかにも意味有り気にアップで映されるモノなのに、気にならないのかな?

     

    ラストシーンでアップで映る「水道管」もそうだけど、なぜ「その意味するところ」が気にならないんだろう?

     

    僕にはそっちのほうが不思議でならない…

     

     

    やっぱりアレにも何か意味があったの…?

     

     

     

    当たり前でしょ。

     

    私立探偵ローレン・フィッセルが、死の間際に「洗面台の下の水道管」を見て笑うことが「映画のオチ」なんだから。

     

     

    ど、どゆこと?

     

     

    じゃあ次回は、私立探偵ローレン・フィッセルの秘密に迫ろうか。

     

    この人物が物語において「どんな意味をもっている」のか、たっぷり解説しよう。

     

     

     

    ラジャ〜!

     

    なんだかワクワクすっぞ!

     

     

     

    JUGEMテーマ:映画

     

    『ブラッド・シンプル』徹底解剖2「ローマ法王、アメリカ大統領、そしてマン・オブ・ザ・イヤー」

    • 2018.06.15 Friday
    • 20:13

     

     

     

     

     

    さて、映画『BLOOD SIMPLE』のデジタル・リマスター版は、架空団体「フォーエバーヤング映画保存協会」のジョーク映像で始まり、その後に本編が始まるんだったね。

     

    私立探偵ローレン・フィッセルの語りによるプロローグシーンなんだけど、これも実によく出来ている。

     

     

    前回を未読の人は、まずコチラからどうぞ!

     

    第1話「フォーエバーヤング映画保存協会」

     

    ハードボイルド小説風の語りやったな。

     

    たとえアンタがローマ法王でもアメリカ大統領でも同じことだ…とか言っとった。

     

    せやけど別にこれといってオモロイ内容でもなかったんとちゃう?

     

     

    いや、あれは非常によく出来た「導入部」だよ。

     

    実はあの「語り」って、この映画の完璧なダイジェストになってるんだ。

     

    登場人物の中で「誰が死ぬか?」までわかるようになってるんだよね…

     

     

    ええ〜!マジで!?

     

     

    あの短い文章の中に、よくもまあ、あそこまで…って感じだよ。

     

    今まで誰もこれを指摘したことがないみたいだから、この機会に僕が解説しなくちゃね。

     

    まずこんな一文から始まる…

     

    The world is full of complainers. But the fact is, nothing comes with a guarantee.

     

    「世の中は不平不満で満ちている。実際のところ、人生に保証などありゃしない」

     

    これは映画の登場人物たちのことだね。皆それぞれ不平不満を抱えていた。

     

    そして、こんな風に続く…

     

    I don't care if you're the Pope of Rome, President of the United States, or even Man of the Year... something can always go wrong.

     

    「たとえあんたがローマ法王やアメリカ大統領、マン・オブ・ザ・イヤーの絶好調男だろうとも、何もかもが上手くいくと思ったら大間違いだ」

     

     

     

    映画には「ローマ法王」も「米国大統領」も「マン・オブ・ザ・イヤー」も出て来なかったよね。

     

    全然「ダイジェスト」じゃないじゃん!

     

     

    出て来たよ。

     

    ここで例に出された「3人」は、まさに映画の中で「上手くいかなかった3人」なんだ。

     

    つまり「残念な結果になってしまった3人」のことだね…

     

     

    なぬ!?

     

     

    まず「the Pope of Rome(ローマ法王)」とは、ジュリアン・マーティのことだ。

     

     

     

    ハァ!?なんで!?

     

     

    だって彼が経営するバーの名前は「ネオン・ブーツ」。

     

    店のネオンサインは「ロングブーツ」をデザインしたものだったよね。

     

    これって…

     

     

     

    い、イタリア半島!

     

     

    星のマークはローマやバチカンを表している。

     

    そんな看板のバー「ネオン・ブーツ」の主人だから「Pope of Rome」ってわけだ…

     

     

    ちなみにボブ・ディランの名曲『スペイン革のブーツ』の「ブーツ」も「イタリア」のことだったよね。

     

    ディランが当時付き合ってた彼女スーズ・ロトロは「時代の寵児ボブ・ディラン」との交際に精神的に疲れてしまい、遠いイタリアへ留学してしまった。

     

    だからディランは「海を隔てた往復書簡」というスタイルで歌を作ったんだ。

     

    しかも「最愛の人を捨てて逃げたシモン・ペテロ」の物語を重ねてね…

     

    BOB DYLAN『Boots of Spanish Leather』

     

     

    ああ、そうだった…

     

     

    そして「アメリカ大統領」は、バーの従業員レイ(Ray)のことだ。

     

    この映画が作られた1982年当時、アメリカ大統領はRonald Reagan(ロナルド・レーガン)だった。

     

    「Reagan」と「Ray」の発音は同じなんだね。

     

     

     

    よく気付いたな…

     

     

    そして「マン・オブ・ザ・イヤー」は、私立探偵ローレン・フィッセルのことだ。

     

     

    彼はいつも「Loren」と名前の入ったライターを持ち歩いていたよね。

     

    あのライターに「MAN OF THE YEAR」って書いてあるんだよ…

     

     

     

    うわあ!ホントだ!

     

    でも、なぜ…?

     

     

    「ELKS」って書いてあるでしょ?

     

    このライターはELKSという団体から記念品として進呈されたものなんだ。

     

    ローレン・フィッセルはこのELKSのテキサス・ロッジの会員であり、活動において何らかの素晴らしい貢献があったんだろうね。だから「マン・オブ・ザ・イヤー」として表彰されたんだ。

     

     

    エルクス?

     

    「ロッジ」ってフリーメイソンみたいだな。

     

     

    「みたい」じゃなくて、同じような友愛団体だからね。

     

     

    ふぁ!?

     

     

    日本では全く知られてないけど、ELKSというのはメイソンと並ぶくらい有名で大きな組織なんだ。

     

    20世紀前半にはアメリカ全土に巨大なネットワークを有していた。歴代大統領や政財界、芸能スポーツ界の著名人たちも会員になっていたんだよ。

     

    アメリカというのは移民の国だ。さまざまな民族的・宗教的な背景をもつ人たちが集まって出来ている社会だね。

     

    だから対立や抗争も絶えなかった。ギャングが出身地や宗派ごとに組織化され、抗争を繰り返していたのは有名な話だ。

     

    そこで「民族や宗派の壁を越えて協力し合おう」という友愛団体が、社会において重要な役割を果たすことになる。

     

    全く見知らぬ土地に行っても、民族的宗教的に孤立せず、同じ会員同士なら助けてもらえるわけだ。これは心強いよね。

     

    強力な中央政府を持たず、国家規模のセーフティーネットが無かったアメリカでは、この友愛団体抜きにして歴史は語れない。

     

     

    なるほど…

     

    別にアヤシイ組織に入ってたわけじゃないのか…

     

     

    ということで…

     

    「ローマ法王(ジュリアン・マーティー)」でも「アメリカ大統領(レイ)」でも「マン・オブ・ザ・イヤー(ローレン・フィッセル)」でも、「something(完全犯罪)」は「always go wrong(必ず失敗する)」というわけだ。

     

     

     

    ひゃ〜、ビックラこいた…

     

    あの「語り」に、こんな秘密が隠されてたなんて…

     

     

    そして「語り」はこう続く…

     

    「トラブって助けが欲しくても、隣人なんてものは大事な時ほど居やしない」

     

     

    それラストシーンだね。お隣さんの部屋に逃げ込んだけど、空き家だった(笑)

     

     

    さらにこんなことも…

     

    「完璧に計画したと思っても、計画通りに進むことなどありゃしない」

     

     

    誰一人、計画通りに事は進まんかったな…

     

     

    そしてこう締め括られる…

     

    「ここテキサスで生きてゆくには、自分のケツは自分で拭かなきゃならねえってこと」

     

     

    最後に自分で自分のケツを拭けたのは、人妻アビーだ…

     

     

     

    在米ユダヤ人女性協会ハダッサの資金で作られた映画だからね。

     

    そして物語のベースは旧約聖書の英雄、女預言者デボラの物語だ。

     

    女性が最もたくましく描かれ、最後に勝利を手にすることは、最初からわかりきっていたというわけ。

     

    この映画でアビーを演じるフランシス・マクドーマンドも、『エイリアン』のシガニー・ウィーバーの雰囲気とちょっと被ってるし…

     

     

    ということで、今回はここまでとしよう。

     

    次回はストーリーを追いながら、各シーンを解説するよ。

     

     

    まだ『赤ちゃん泥棒』と『ミラーズ・クロッシング』が残っとるんやから、ちゃっちゃと進めなアカンで。

     

     

    了解。

     

     

    ところでさ…

     

    なんでテキサスなんだろうね?この映画の舞台。

     

    なんか意味あるの?

     

     

    もちろん。

     

    そこも次回に解説しよう。ではでは。

     

     

     

    JUGEMテーマ:映画

    『ブラッド・シンプル』徹底解剖1「フォーエバーヤング映画保存協会」

    • 2018.06.14 Thursday
    • 22:40

     

     

     

     

     

    さて、コーエン兄弟のデビュー作『BLOOD SIMPLE(ブラッド・シンプル)』を解説するよ。

     

    この自主製作映画でコーエン兄弟は一躍名を上げたんだけど、それもうなずける。実に脚本が素晴らしいんだ。

     

    ざっくりと映画の概要をまとめたプロローグ編を未読の人は、まずそちらからどうぞ。

     

    コーエン兄弟初期作品ざっくりまとめ

     

     

    ポイントは、この映画が旧約聖書『士師記』の「デボラの歌」をベースにした物語になっとる…っちゅうところやったな。

     

     

    映画の予告編動画も一応見ておこうね!

     

     

     

    まずは主な登場人物を紹介しよう。

     

     

    ジュリアン・マーティ(ダン・ヘダヤ)

     

    テキサス州の某都市郊外でバー「ネオン・ブーツ」を営む。妻アビーと従業員モーリスの浮気を疑い、私立探偵ローレン・フィッセルに調査を依頼する。ギリシャ・ユダヤ系。

     

     

    アビー(フランシス・マクドーマンド)

     

    ジュリアン・マーティの妻。夫のバーの従業員と浮気を重ねている。最初の結婚記念日に銃をプレゼントされる。イギリス(もしくはアイルランド)系。

     

     

    レイ(ジョン・ゲッツ)

     

    バー「ネオン・ブーツ」の従業員。アビーに誘われ肉体関係を結ぶ。登場人物の中で唯一の「いい人」。イギリス(もしくはアイルランド)系。

     

     

    ローレン・フィッセル(M・エメット・ウォルシュ)

     

    私立探偵。ジュリアン・マーティに妻アビーの浮気調査を依頼される。名前入りのライターを愛用。愛車はワーゲンビートル。オランダ・ドイツ系。

     

     

    モーリス(サム=アート・ウィリアムズ)

     

    バー「ネオン・ブーツ」の従業員。完全白人社会の中で白人女性とばかり肉体関係を重ねるツワモノ。女を口説く時は「火山」の話をする。

     

     

    微妙に不細工なくせにイイ女ぶってたデボラは偽名の可能性があるさかい、名前のついとる登場人物はこれだけやな。

     

    まさに「シンプル」な物語や。

     

     

    「ブラッド(血統)」の配置も実にわかりやすいね。

     

    コーエン兄弟が何を意図しているのかが、手に取るように見えてくる…

     

     

    さて、ディレクターズ・カット版では、映画の冒頭に面白いシーンが挿入されている。

     

    「Forever Young FILM PRESERVATION(フォーエバーヤング映画保存協会)」による、映画の紹介とデジタル・リマスターの経緯の説明だ。

     

     

     

    偉い博士みたいな人が出て来て、何か言ってたね。

     

    この映画は後世に残すべき傑作だから、きちんと保存しなければいけないとか何とか…

     

     

     

    あの人、実は役者なんだ。この協会も架空の団体なんだよね。

     

    つまり全部「嘘」なんだ。

     

     

    ハァ!?

     

     

    コーエン兄弟がこの「お遊び」を冒頭に入れたのは、ちゃんとした理由があるんだ。

     

    『ブラッド・シンプル』という映画タイトルの「本当の意味」をわかってもらうためなんだよね。

     

     

    本当の意味!?

     

    巷では「兄弟が大ファンと公言するダシール・ハメットのハードボイルド小説に出て来る言葉から取られた」とか言われてるけど…

     

     

    確かにそうなんだけど、それだけじゃないんだよね。

     

    コーエン兄弟みたいなタイプのオタク系天才肌の人って「大事なところをはぐらかす」傾向があるんだ。

     

    作品に関して最もコアな部分を隠すって感じかな…

     

    歴史に名を残す偉大な芸術家たちもそうだったでしょ?

     

    ダヴィンチが『最後の晩餐』に公では言えないことを忍ばせていたり、ミケランジェロが『アダムの創造』で神の背後をこっそり脳の断面図にしたり…

     

    ボブ・ディランやクリストファー・ノーラン、カズオ・イシグロもそうだったよね。

     

     

    せやったな…

     

    ちゅうか、早よ再開せえ。中断したまま放置しとるシリーズを。

     

    カズオ・イシグロ徹底解剖

     

     

    クリストファー・ノーラン徹底解剖

     

     

    まったくいつになるやら…

     

    で、『ブラッド・シンプル』の本当の意味と「冒頭お遊び映像」の関係って何なのさ?

     

    コーエン兄弟は何を伝えようとしていたの?

     

     

    簡単なことだよ。

     

    『ブラッド・シンプル』が意味するところは「人間は変わらない」ってこと。

     

    「人は昔と同じように愚かなことを繰り返している。この血は争えない」ってことだね。

     

    つまり「旧約の時代から同じことが延々と繰り返されている」ということを、コーエン兄弟は言いたかったわけだ。

     

    だからこの映画の主題歌がフォー・トップスの『It's The Same Old Song』なんだね。

     

     

     

    だからこの主題歌?どゆこと?

     

     

    この歌は「このold songを聞くと、失った恋人を思い出す」という内容だよね…

     

    だけどこの歌、歌詞が全部ダブルミーニングになっているんだ。

     

    「old song」とは「旧約聖書」のことであり、「失った恋人」とは「乳と蜜の流れる地イスラエル」のことなんだよ。

     

    つまり「ディアスポラ(民族離散)の悲劇」について歌っている歌なんだね。

     

    歌詞の初っ端から「君はハニー・ビー」とか出て来るし、それ以降の歌詞も全部「愛する郷土を想う」内容になっている。

     

    そこを踏まえて歌詞をよく読んでみると、僕の言ってる意味がわかると思う。

     

    特にサビの「but with a different meaning」なんか笑えるよね。ネタバレすれすれだ(笑)

     

     

     

    うわあ!確かにそうなってる!

     

     

    『バートン・フィンク』で歌われる『オールド・ブラック・ジョー』もそうだったけど、昔の歌、特に黒人霊歌がルーツの歌には、こういうものが多いんだ。

     

    コーエン兄弟がこの映画のタイトルを『ブラッド・シンプル』とし、主題歌に『It's the same old song』を選んだ理由を、これで納得してもらえたかな。

     

     

    納得できたけど…

     

    おかえもんに言われるまで全く気付かなかった…

     

     

    だからコーエン兄弟は、ディレクターズ・カット版で「フォーエバーヤング映画保存協会」なる架空の団体による「お遊び映像」を入れたんだね。

     

     

    あの教授っぽい人が、やたらと「フォーエバーヤング」を強調するのにも理由がある。

     

    「forever young」とは「常に瑞々しい・新鮮な状態」という意味なんだけど、裏を返せば「昔から何も変わらない」ということでもあるよね。

     

    つまり「BLOOD SIMPLE」や「It's the same old song」と同じニュアンスの言葉だったというわけだ。

     

     

    ああ!そうゆうことか!

     

    でもやっぱりこれで「わかる」人も、そんなにいないと思う…

     

     

    たぶんコーエン兄弟からしたら十分過ぎるヒントのはずだったと思うんだ。これならみんな気付くだろう、ってね。

     

    でも、そうはならなかったようだ。

     

    ちなみにこの「賛辞を述べるフォーエバーヤング映画保存協会」という冒頭映像は、コーエン兄弟が敬愛する脚本家プレストン・スタージェスの代表作『サリヴァンの旅』へのオマージュでもある。

     

     

    『サリヴァンの旅』も大袈裟に賛辞を述べる映像から始まるんだ。

     

    しかもその内容が似たようなものなんだよね…

     

     

    そうなん!?

     

     

    詳しくは『サリヴァンの旅』徹底解剖の時に解説するよ。

     

    コーエン兄弟とカズオ・イシグロを語る上では絶対に欠かせない映画なんで楽しみにしててね。

     

     

    さて、『ブラッド・シンプル』本編は、私立探偵ローレン・フィッセルの語りによるプロローグから始まる。

     

     

    この語りにも興味深い秘密が隠されているから、次回はそこからたっぷり解説しよう。

     

     

    今回は映画の本編が始まるまでか!

     

     

    安定のスロースタートやな。

     

    全10話完結に100コーエン賭けるわ。

     

     

    そんならオイラは全20話完結に1000コーエン!

     

     

    おいおい君たち、勝手に新しい通貨を作らないでくれるかな。

     

     

    「おまゆう」やで、オッサン。

     

    前に「ダンケルク」っちゅう紙幣を勝手に作っとったのは、どこのどいつや?

     

     

     

    ああ、そうだったね。すっかり忘れてた…

     

    じゃあ僕も賭けに入れてもらおうかな。

     

     

    いいね、そうこなくっちゃ!

     

    いくら賭ける?

     

     

    それじゃあガツンと1万…

     

     

    ピピ〜〜〜ッ!

     

     

     

     

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