深読み女名探偵 花笠クリスティ:名作映画『Singin' in the Rain(雨に唄えば)』でジーン・ケリーが踊る「雨に唄えば」ダンスシーンに隠された本当の意味をズバリ解説しちゃいました! 後篇

  • 2019.01.20 Sunday
  • 20:11

 

 

 

 

 

では、映画史上に残る「雨の中のシンギン・イン・ザ・レイン」シーンの解説をするわね。

 

歌い踊ったジーン・ケリーは「どのようにイエス・キリストの物語を表現しているのか?」を、この私、花笠クリスティがあなたたちに教えてあげる。

 

 

前篇はコチラ!

 

『雨に唄えば』と『スタア誕生』が同じ話ってホント?

 

 

知らん奴はおらんと思うけど、このシーンのことやで。

 

 

 

まずジーン・ケリーとデビー・レイノルズの会話とキスから始まるわね。

 

ここで交わされる会話は、このあとに続くシーンの前フリになっているから、全文紹介しておくわ。

 

 

デビー「Take care of that throat. You're a big singing star now. Remember? This California dew is just a little bit heavier than usual tonight.」

 

ジーン「Really? From where I'm standing the sun is shining all over the place.」

 

 

 

これのどこが前フリやねん?

 

喉に気ィ付けてな。あんたは大スター歌手なんやで。人のハナシ聞いてんの?今夜のカリフォルニアは、いつもよりジメジメしとるさかい…

 

ホンマに?ワイの目ェには、おひさんしか見えへんわ…あかん…もうクラクラしてきた…ぶちゅう💋

 

やろ?

 

ただの惚気たバカップルの会話やんけ。

 

 

普通に…というか関西弁で訳せばね…

 

ここでは駄洒落が使われているのよ。「dew」と「sun」の…

 

 

デュー!?

 

 

村上ショージか。

 

 

「humid(湿度が高い)」でもなく「damp(じめじめ)」でもなく「dew(露)」を使ったところがミソなのよね。

 

実はこれ、フランス語の「Dieu(神)」の駄洒落になってるの。

 

だからデビー・レイノルズのセリフは

 

This California dew is just a little bit heavier than usual tonight.

今夜のカリフォルニアはいつも以上に神様が降りて来るわ

 

って意味なのよね。

 

 

おお!確かに!

 

 

そしてジーン・ケリーの返しの中の「sun」とは「son」のこと…

 

つまり「子イエス・キリスト」ね。

 

 

Really? From where I'm standing the sun is shining all over the place.

ホントに?僕から見るとイエス・キリストがキラキラしてて、どうにかなっちゃいそう!

 

 

 

ああ!なるほど〜!

 

ジーン・ケリーが見つめていたデビー・レイノルズはイエスの役割だもんな!

 

 

そしてキスをして、デビー・レイノルズはドアを閉める。

 

デビーが去ったあともニヤケっぱなしのジーン・ケリーは、待っていたタクシーを行かせて、雨の中をゆっくり歩き出すのよね…

 

『雨に唄えば』のイントロを口ずさみながら…

 

ここからジーン・ケリーによる、一世一代の「イエス・キリストの物語」が始まるの。

 

 

 

ホントかよ!?

 

お手並み拝見と行こう!

 

 

まず最初の曲がり角のところに差し掛かる…

 

図でいったら△里箸海蹐諭

 

赤い消火栓みたいなものと街灯があるところよ…

 

 

 

街灯に飛びついてポーズとるやつや。超有名なポーズを。

 

 

 

これが何を意味してるかわかる?

 

ヒントは「街灯・消火栓・傘・観葉植物」よ…

 

 

イエス・キリストの物語なんでしょ?

 

最初の出来事といったら…

 

 

イエスの誕生、つまりクリスマスやろ。

 

 

その前にイエスがキリスト(救世主)であることを物語る重要なイベントがあったわよね?

 

大事なことを忘れていないかしら?

 

 

もしかして、受胎告知?

 

『受胎告知』フラ・アンジェリコ

 

 

その通りよ。

 

街灯が「天の父」、消火栓が「聖母マリア」、傘の柄が「鳩(聖霊)」、観葉植物が「エデンの園」を表しているの。

 

街灯のポールにつかまっているジーン・ケリーは、さしずめ天使ガブリエルね。

 

 

 

うわあ!

 

だからあんなところに観葉植物屋さんがあったのか!

 

フラ・アンジェリコの『受胎告知』を再現するという明確な意図のもとに店舗が配置されてるんだ!

 

 

そうなのよ…

 

このシーンにおける商店街の店は「ただのセット」だと思ってはいけない…

 

「イエス・キリストの物語」を再現するための重要な背景なの…

 

 

他のもそうなってるのか…

 

なんかいろいろ店が映ってたよな…

 

ああ、気になる!早く教えろ!

 

 

そう鼻息を荒げないで頂戴。

 

街灯から降りたジーン・ケリーは、観葉植物屋さんの前でカップルとすれ違ったわよね。

 

新聞紙を傘代わりに頭の上で広げてるんだけど、可哀想にズブ濡れになってしまってるカップルだった。

 

すれ違いざまにジーン・ケリーが元気よく挨拶をすると、不思議そうに振り返って、去って行ったわ…

 

 

 

観葉植物とカップルといえば…

 

 

フラ・アンジェリコの『受胎告知』に描かれとる「失楽園カップル」や…

 

せやけど何でジーン・ケリーは二人に挨拶したんや?

 

 

 

あのカップルには、イエスの地上での父母であるヨセフとマリアも投影されているの。

 

だからあの二人は街灯によじ昇った場面と少しズレて登場して、ジーン・ケリーは挨拶したというわけ。

 

つまりこういうこと。

 

 

 

じゃあもうイエスは生まれたってこと?

 

 

そうよ。駆け足で描かれるの。

 

そして赤ん坊時代のイエスに最初の苦難が訪れる。

 

ヘロデ大王による「赤ちゃん抹殺令」ね。

 

王位を奪われてしまうと不安になったヘロデは、東方の三博士によって《ユダヤの王》と預言されたイエスと同じ頃に生まれた赤ちゃんを、みんな殺してしまおうとしたの。

 

 

だからヨセフとマリアは赤子のイエスを連れて、エジプトへ逃げた…

 

ほとぼりがさめる頃までね…

 

 

エジプト…?

 

そういえば次の店!

 

 

その通り。

 

あなたと同じ「赤・白・黒」の服を着た女性のマネキンが飾られてる店だったわよね。

 

看板には「PHARMACY(薬局)」と書かれていたわ。

 

 

 

よく見るとスフィンクスが居るじゃんか!

 

しかも立ってるタワーはオベリスクだ!

 

完全にエジプトじゃんか!

 

 

「PHARMACY」とは「PHARAOH(ファラオ)」の駄洒落ね。

 

ちなみに、あの正座してる女性は、エジプトの女神イシス(Isis)がモデルよ。

 

 

 

どひゃ〜!

 

赤いバンダナ、座ってる土俵、上半身と下半身の捻り方…

 

どれも完全にイシスだよ!

 

 

ちなみに聖母マリアの原型は、このイシスだという説がある。

 

イシスは処女のまま息子ホルスを身籠り、赤子ホルスを抱く母の姿で描かれることが多いの。

 

これがそのまま聖母マリアのイメージに転用されたと言われているのよ。

 

だからジーン・ケリーは最敬礼したのね…

 

 

 

ズコっ!

 

 

さて、次は「MUSIC STUDIO」の前ね。

 

だけどここは、割とあっさり流されるの。

 

 

 

なんでだろう?

 

 

イエスの少年時代とちゃうか?

 

聖書でもほとんどスルーやんけ。

 

 

私もそうだと思うわ。

 

少年時代のイエスは、どんなだったかよくわかっていない。

 

唯一『ルカによる福音書』で、ユダヤの成人式バル・ミツバの際に、イエスがエルサレムで三日間も行方不明になるという出来事が描かれている。

 

その時12歳のイエス少年は、神殿で偉い高僧たち相手にヘブライ聖書を朗誦していたのよね。

 

それがあまりにも見事だったんで「神童だ!」と騒がれたという逸話があるの。

 

「MUSIC STUDIO」の前でのダンスは、たぶんそれのことだと思うわ。

 

他の福音書には無い特殊なエピソードなんで、『雨に唄えば』でも軽めに流したんでしょう…

 

 

そんで次のエピソードといえば…

 

 

いよいよ、あれだよね…

 

荒野で叫ぶ人の登場だ…

 

 

そうね。

 

次の場面は二軒の店がセットになってるの。

 

まず「Millinery Shop(婦人帽子店)」…

 

 

 

いきなり生首か!

 

ストレート過ぎるやろ!

 

もっとオブラートに包め、オブラートに!

 

『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』ルーカス・クラナッハ

 

 

いきなり初球から直球ド真ん中で攻めて来た恰好よね。

 

この映画の監督も務めたジーン・ケリーは、たいした演出家だと思うわ。

 

そして「婦人帽子店」の隣には「本屋」があるの。

 

ショーウィンドウには「FIRST EDITION(初版)」と書かれてるわね。

 

これは洗礼者ヨハネが「前駆者(イエスに先立つ者)」と呼ばれることを指している…

 

 

 

「いきなり生首」のインパクトが強過ぎて、そんなきれいごとは頭に入ってこないよな…

 

 

そして二軒の店の間には、勢いよく雨水を放出する排水管が「これ見よがし」にあるの…

 

もうおわかりよね…

 

 

ここでバプティズムやらないで、いつやるの!

 

今でしょ!

 

 

 

ジーン・ケリーも豪快に行ったわよね。

 

しかも両脇に十字架を配置するという周到ぶり…

 

 

そして大量に水を浴びたジーン・ケリーは、その精神の高揚のまま、広い車道へ飛び出してゆく…

 

これも何をやってるのか意味わかるわよね?

 

 

 

ヨハネによる洗礼の後に行った「広い場所」といえば…

 

 

荒野の試練や。

 

 

さすが教官に鍛えられてるだけあるわね。飲み込みが早いわ。

 

車道をぐるっと回って来たジーン・ケリーは、歩道の縁石の上を「綱渡り」のように歩くの。

 

たまに落ちたと思ったら、すぐに上がったりを繰り返しながらね…

 

 

 

アハハ!

 

これは『ルカによる福音書』第4章にある、荒野での悪魔による「第三の誘惑」だね。

 

「もしあなたが神の子であるなら、ここから下へ飛びおりてごらんなさい。『神はあなたのために、御使たちに命じてあなたを守らせるであろう』とあり、また、『あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』とも書いてあります」

 

 

そのまんまやんけ。

 

 

そしていよいよダンスシーンもクライマックス。

 

いよいよイエスの処刑よ。

 

 

早!

 

 

ジーン・ケリーは「MOUNT HOLLYWOOD ART SCHOOL」の前にあった大きな水たまりで大暴れをするの。

 

水を激しく蹴り上げながらね。

 

そしてそれを警官が怒った顔でジッと見てるのよ…

 

 

 

神殿の宮清めと、それに激怒したサンヘドリンの長老!

 

 

 

そうね。

 

その他にもコイン問答とかラザロの蘇りとか色々あったんだけど、イエスはこれで人々の怒りを買い、死刑になってしまった。

 

ジーン・ケリーも両手を軽く広げて十字架のポーズをとって、おどけてみせるの…

 

 

そしてまた歩き出すんだけど、向こうからひとりの男がやって来る。

 

ジーン・ケリーはその男をつかまえて何やら話すのよね…

 

 

そして男はジーン・ケリーが持っていた傘をさして歩き始めるの…

 

手ぶらになったジーン・ケリーは、ひとり濡れながら去って行く…

 

 

この最後に行われる「傘の受け渡し」の意味はわかるかしら?

 

 

最後にイエスが誰かに渡すもの?

 

そんなのあったっけ?

 

 

ドアホ!あるやんけ!

 

『スリー・ビルボード』の時に何遍も出て来たの忘れたんか!

 

鍵や!ペトロの鍵や!

 

 

ああ〜!

 

 

 

実はジーン・ケリーが持つ「傘」にも「天国の鍵」が投影されていたのよ。

 

途中わざとスルーしたんだけど、街灯に抱き着くシーンがあるのよね。

 

その時にジーン・ケリーは「傘の柄」を「ペトロの持つ鍵」に見立ててるの…

 

 

 

『スリー・ビルボード』のミルドレッドといい、『雨に唄えば』のジーン・ケリーといい…

 

この使徒ペトロの肖像画が好きなんだな…

 

 

そうね。この絵はよくネタにされるみたい。

 

ところでジーン・ケリーの役名で何か気付かない?

 

映画『雨に唄えば』でジーン・ケリーは「Don Lockwood」という役名なの…

 

 

ロックウッド…

 

木の鍵…

 

 

だから「木製の傘の柄」を「鍵」に見立てたのね ( 笑 )。

 

 

まいっちんぐ!

 

 

では最後に今までのことを踏まえて、もう一度ジーン・ケリーのダンスを観ながらお別れしましょう。

 

映画史上最もリズミカルかつユーモラスに描かれたイエスの生涯を堪能あれ。

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

『雨に唄えば』と『スタア誕生』は見せ方が違うだけで実は全く同じストーリーってホント? 前篇

  • 2019.01.20 Sunday
  • 08:04

 

 

 

 

 

おかえもん、なかなか部屋から出て来ないね…

 

もう5時間も籠りっきりだよ…

 

 

せやな。

 

ただ待っとるのも飽きてきたわ。

 

 

じゃあ読者からのお便りでも読もうかしら?

 

 

いいね〜!読んで読んで!

 

 

「おかえもんさんの深読み解説をいつも楽しみにしています。ところでいつもワーワー言ってる子供と鶴は何者ですか?なぜ毎回いるのですか?教えてください」

 

 

 

ズコっ!

 

オイラは瓦版小僧ええじゃろう!

 

そんでもってワイは戯作者ツルヤ ナンボク!

 

もともとはうちら二人が主役だったんだぞ!

 

なのにいつのまにか、あのオッサンが表舞台に出てきてデカい顔し出したんだ!

 

 

教官は恥ずかしがり屋のくせに態度が大きいのよね…

 

さて、こんなお便りも来てるわ。

 

 

「おかえもんは何でも聖書と結びつけるしか能がないんですか?バカですか?」

 

 

 

ズコっ!

 

そんなの読むなよ!おかえもんが聞いたらまた落ち込むだろ!

 

さっさとゴミ箱に棄てちまえ!

 

 

まったくひどい話よね…

 

でも、なまじ映画通ぶってる人ほど実は映画のことを何もわかっていないことって多いのよ…

 

特に日本人は…

 

 

どゆこと?

 

 

映画に限らずキリスト教文化圏の芸術作品が、どれだけ聖書の影響下にあるのか正しく理解できてる人は少ない…

 

とても残念なことよね…

 

 

確かにおかえもんはいつも口を酸っぱくして言ってるよな…

 

「ユダヤ・キリスト・イスラムのアブラハムの経典の民は、経典を通して世界を見、物事を考える」って…

 

 

まさにその通り。

 

彼らと経典は切っても切れない関係。長い年月の中でもはや血肉と化しているのよ。

 

なのに日本人はそこに気づかない…

 

たとえ気づいていたとしても、宗教に変なアレルギーがあるから、そこを突き詰めて考えようとしない…

 

作品の本質に目を向けず、作者の意図を理解してないのに、ただ「名作だ!傑作だ!」と騒ぎ立てているの…

 

 

そこまで言うか?

 

 

たとえば、これとか…

 

映画ファンならずとも、誰もが「映画史に残る名シーン」だと思ってるでしょ?

 

あなたたちも知ってるわよね?

 

 

 

馬鹿にするなよな!

 

『Singing in the Rain(雨に唄えば)』がミュージカル映画史で1,2を争う名シーンだということは、映画ファンじゃなくても常識だ!

 

 

でも、このシーンでジーン・ケリーが「何」を表現しているのかまでを理解している日本人は、おそらくほとんどいないと思うわ…

 

ただ漠然とダンスの動きだけを追ってるだけで、その「意味すること」まで考えてる人はいないと思うの…

 

 

意味すること?

 

なにそれ?

 

 

やっぱりね…

 

仕方ないわ。私が解説してあげる。

 

そもそもこの映画のタイトル『雨に唄えば』の「雨」とは、「主イエス・キリストの降臨」のことを指しているの。

 

聖書でも「主の降臨」は「雨」に喩えられるから、ある意味「そのまんま」なんだけど。

 

 

じゃあこの歌も、そうゆうことなのか?

 

 

そうよ。

 

この『雨に唄えば』を歌って踊るシーンで、ジーン・ケリーは「イエス・キリストの物語」を表現してるの。

 

「受胎告知」から「十字架での死」までをね…

 

 

 

 

ホントかよ!?

 

初耳だぞ、そんなこと!

 

 

これだけ有名なシーンが正しく理解されていないなんて信じられないわ…

 

歴代映画解説者の怠慢だとしか言いようがないわね。

 

 

そんな炎上しそうなこと言ってないで、早く教えてくれよ!

 

 

ちなみに『雨に唄えば』と『スタア誕生』が、実は全く同じテーマを扱った映画だということは知ってるわよね?

 

描き方が違うだけで、実は全く同じストーリーだってことを…

 

 

 

そうなのか?

 

そういえば、おかえもんはいつも「スタア誕生は旧約の世界にイエスが出現して《主の交代》が行われ、新約の世界が始まる物語」だって熱く語っていたけど…

 

 

教官の言う通りよ。

 

『雨に唄えば』と『スタア誕生』は「旧約から新約の世界へ」がテーマなの。

 

両作ともヒロインは「人々を魅了する歌声を持ちながら、境遇に恵まれなかった女優」なんだけど、これってイエス・キリストの投影なのよね。

 

そして両作ともに「歌えない往年のスター」が退場して物語は終わる。

 

これって「旧約の主」のことなの。

 

旧約時代、そしてイスラムでもそうだけど、主は歌わない。《声》を発することはないの。

 

主は宇宙で唯一の完全な存在で、人間はあまりにも不完全な創造物であるから、人間には《主の声》を直接聞いて理解することは出来ないのよね。

 

だから《主の声》は「ラッパや雷」などの、耳をつんざかんばかりの轟音に喩えられるのよ。

 

そういうわけだから、主は人間に何かを伝えるときにスピーカーを選ぶの。いわゆる預言者ってやつね。

 

預言者だけが《主の声》を脳内で人間の言語にすることが出来るってわけ。

 

 

なるほど、そうゆうことか…

 

確かに「歌えない往年のスターが退場して終わる」って、何か意味あり気だったもんな…

 

 

両者の名前でも一目瞭然よ。

 

『スタア誕生』では「ノーマン・メイン」だったわね。

 

これは「人間ではない・主」という意味…

 

「人間ではない主」が退場して「人間でもある主(イエス)」の時代が訪れるってことなの。

 

 

ああ、そうか!

 

 

そして『雨に唄えば』では「Lina Lamont」という名前だった。

 

「La Mont」は英語にすると「ザ・山」よね。

 

聖書で「ザ・山」といえば「シナイ山」のことなの。

 

旧約の主は歌えなかったから、モーセを指名してシナイ山に登らせ、歌詞をモーセの脳にイメージとして送って石板に書き記させたことは有名な話よね…

 

 

 

せやったんか…

 

そういや、どっちの映画でも「歌えない往年のスター」が恥をかく「ステージ上でのハプニング」が描かれとったな…

 

 

そうね。あれは実に興味深い描写だったわ。

 

まず『雨に唄えば』のほうだけど、こちらはストレートに「主の役割の交代」が描かれている。

 

人間の声で直接人々に歌いかける《新しい主》の出現ね。

 

 

 

なるほど!

 

じゃあ袖口で幕を引っ張り上げる三人は…

 

 

それは想像にお任せするわ。映画を観て、彼らの役割を考えてみて。

 

次に『スタア誕生』の「ステージ上でのハプニング」だけど、こちらはウィットやユーモアが利いた、かなり高度な名シーンだと言えるわね。

 

ジュディ・ガーランド演じるヒロインは、両脇に男性ダンサーを従えて歌っているんだけど、振付を見ればわかるように、これは「ゴルゴダの丘」の再現になっている。

 

両脇の男性二人は、イエスと共に磔になったディスマスとゲスタスよ。

 

 

『磔刑図』アンドレア・マンテーニャ

 

 

3つの十字架のポーズ、モロにやってるし…

 

そういえば『雨に唄えば』でも似たようなシーンが…

 

 

 

『雨に唄えば』が1952年の公開で、ジュディ・ガーランド版『スタア誕生』は1954年の公開…

 

1937年のオリジナル版『スタア誕生』にはこんなシーンはなかったから、明らかに『雨に唄えば』の影響を受けているわね…

 

 

じゃあジュディ・ガーランドの『スタア誕生』は『雨に唄えば』のパクリってことか!?

 

 

でも『雨に唄えば』も1937年の『スタア誕生』から多くのヒントを得ているから、そうとも言えない…

 

言ってみれば、この両者は「双子」みたいなものね。

 

別作品だけど、何から何までそっくりなの。

 

 

なるほど…

 

 

イエスは十字架の上で《主》に語り掛けた。

 

そして《主》は、いつものように何も答えなかった…はずなのに、『スタア誕生』ではステージの袖口からひょっこり姿を現してしまうの…

 

天上界(袖口)はもう大騒ぎね。

 

地上世界(客席)の人間たちも最初は唖然としてたけど、ジュディ・ガーランドの咄嗟の「二人羽織」が見事すぎたもんだから、最後には拍手喝采するの(笑)

 

 

父と子による二人羽織…

 

あれがキリスト教誕生の瞬間だったのか…

 

 

そういうこと。

 

あのシーンを考えた人、天才だと思うわ。

 

 

『雨に唄えば』では十字架シーンはないの?

 

 

安心して、ちゃんとあるから。

 

デビー・レイノルズ演じるヒロインのキャシーが、スタジオ内で脚立に登らされるシーンがあったわよね?

 

あれがゴルゴダの丘の十字架シーンの投影なの…

 

 

 

そういえば、おかえもんもカズオ・イシグロ『日の名残り』徹底解説の時に言ってたな…

 

小説版『日の名残り』の冒頭シーンで主人公スティーブンスが図書室で脚立に登っているのはイエスの磔刑の投影だって…

 

『日の名残り』という物語はイエスの生涯を逆再生したものだからそうなっている、って力説してたっけ…

 

 

 

『スリー・ビルボード』でも、あったやんけ…

 

 

 

西洋の小説や映画で主要キャストが意味有り気に「梯子」に登ったら、かなりの確率でそれは「十字架」の投影である可能性が高い…

 

覚えておいて。

 

 

ぶ〜らじゃー!

 

 

それじゃあ、そろそろ『雨に唄えば』の有名過ぎる「あのシーン」を解説しようかしら。

 

たぶん日本初かもしれないから、パンツの穴かっぽじってよく聞いて頂戴。

 

 

せんせー!

 

それパンツじゃなくて「耳の穴」だと思いま〜す!

 

 

あ…

 

 

んも〜

 

頭の中に花笠君の花柄畑がインプットされちゃうぞ!

 

 

 

いったいどれだけの映画ファンがこのネタを理解するというのかしら…

 

こんなことしてるから生真面目な人たちの神経を逆撫でし、怒りを買ってしまうのよ…

 

 

仕方ないぞ!

 

うちらのモットーは「かたいことはやわらかく、むつかしいことは愉快に」だから!

 

 

そうだったわね…

 

それが教官の深読み流儀…、講義でも口癖のように言ってたわ…

 

より多くの人々に深読みの感動を伝えるには、そうじゃなきゃいけないって…

 

 

じゃあさっさと「あのシーン」の解説してちょんまげ!

 

 

このペースで行くと文字数制限に引っ掛かりそうなので、後篇でたっぷりと話すわ。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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