「いかにしてクリスマス要素ゼロの『One-Horse Open Sleigh』はクリスマスで最も愛される歌『JINGLE BELLS』になったのか?」〜Dr. Seuss『How the GRINCH STOLE CHRISTMAS』第3話

  • 2018.11.17 Saturday
  • 18:18

 

 

 

 

さて今回は、知名度No.1のクリスマスソング『JINGLE BELLS(邦題:ジングル・ベル)』を解説しちゃうよ。

 

 

第1話と第2話はコチラ!

 

未読の方は画像タップで記事へGO!

 

 

 

 

 

Dr. Seussの『How the GRINCH STOLE CHRISTMAS(邦題:グリンチ)』を正しく理解するには、この歌の「本当の意味」を理解する必要がある。

 

「クリスマスを完璧に盗んだのに、本人がそれに気付いていない」というストーリーは、『ジングル・ベル』の歌詞が元ネタなんだよ。

 

だから『ジングル・ベル』には「クリスマス要素」が皆無なんだ…

 

だけどこの曲を歌うと立派に「クリスマス」が成立する仕組みになっているんだね…

 

何も知らずにクリスマスを「完璧に」盗んでしまったグリンチのように…

 

 

言ってることが、よくわかりませ〜ん!

 

 

まずは歌を聴いて頂戴。

 

全然クリスマスと関係のない歌詞だから…

 

 

 

確かに、クリスマスのクの字も、サンタのサの字も出て来ん…

 

いちおう「そり」の歌やけど、そりを引くのはトナカイやのうて、ただの馬や。

 

 

でも日本語の歌詞だと最後に「今日は〜楽しい〜クリスマス」って言うよ。

 

 

あれは「替え歌」なんだよ。

 

誰かがふざけて歌ったものが、いつのまにか定着してしまったんだ。

 

 

ええ〜!?そうだったの!?

 

今まで騙されてた!

 

 

でも実を言うと、歌詞の中に「クリスマス」がちゃんと隠されているんだよ…

 

イエス・キリスト誕生の物語が、歌詞の中に暗号のように隠されているんだね…

 

だから何も知らずにこの歌を歌っていても、自動的にクリスマスを祝うことになるように出来ているんだ…

 

そもそも男女の仲を深める婚活パーティー用に普及したこの曲が、実は「赤ちゃんの誕生」を祝う歌になってたなんて、ちょっと小粋な話だと思わない?

 

 

確かにそれは面白い…

 

けど、その「そもそも婚活パーティー用の歌だった」ってとこがイマイチ信用できないな。

 

あんた以外そんなこと誰も言ってないぞ。

 

 

これまでもそうだったじゃないか。

 

そもそも僕は「誰かが指摘してること」をわざわざ書こうとは思わない。

 

そんなの時間と労力の無駄だからね。

 

僕のモットーは「誰も書いてないことを書くこと」なんだよ。

 

誰も踏んでいない新雪の上へ一番乗りで足跡をつけることに、僕は情熱を燃やしているんだ…

 

 

雪国の元気な犬かよ(笑)

 

 

さて、大富豪J.P.Morganことジョン・ピアポント・モルガンの叔父であるジェームズ・ピアポントが書いた『ジングル・ベル』は、歌詞が4番まであり、当初は別のタイトルだった。

 

『One-Horse Open Sleigh』、つまり「一頭の馬が引く屋根なしのそり」という題名だったんだ。

 

James Lord Pierpont (1822–1893)

 

 

 

なんやねん、その味も素っ気もないタイトルは。

 

普通にサビの「ジングル・ベル」でええやんけ。

 

 

実はちゃんと意味があったんだな。

 

ポイントは、わざわざ「One-Horse」とされているところだ。

 

「馬」が「only one」であることが強調されてるんだよね…

 

そして「sleigh(そり)」も「open」なもの、つまり開放的であるところが重要なんだ…

 

 

なんで?

 

 

結論から言っちゃうと、「One-Horse」とは「イエス・キリスト」のことなんだ。

 

そして「Open Sleigh」とは、同じ発音の「Open Slay」のことなんだね…

 

 

S・L・A・Yのスレイ?

 

ドラゴン・スレイヤーのスレイか?

 

 

 

その通り。

 

だから「Open Slay」で「公開処刑」という意味になっている。

 

 

なぬ!?

 

 

だけど他の意味もあるんだ。

 

「slay」は「殺戮する」以外にも「大いに喜ばせる・たまらなく笑わせる」という意味がある。

 

似たような言葉「kill」と同じだね。

 

日本語でも笑いのツボにピンポイントで入った時に「死ぬ〜!」って言うでしょ?

 

あと百発百中のキメ台詞「殺し文句」とか…

 

 

じゃあ、『One-Horse Open Sleigh』は…

 

「主イエスが大いに笑わせる」ってこと?

 

 

だね。

 

では歌詞を見ていこう。まずは1番から。

 

Dashing through the snow
In a one-horse open sleigh
O'er the fields we go
Laughing all the way


Bells on bob tail ring
Making spirits bright
What fun it is to ride and sing
A sleighing song tonight!

Jingle bells, jingle bells,
Jingle all the way.
Oh! what fun it is to ride
In a one-horse open sleigh.

 

 

まずオイラが普通に訳すぞ!

 

一頭の馬が引く屋根なしそりに乗って

雪の野原を駆け回り、丘を越えて

道中すっと楽しく笑おう

馬の尻尾につけた鈴の音は

僕らの気分を盛り上げてくれる

何て楽しいんだ!そり遊びは!

そして今夜歌うそりの歌は!

 

鈴が鳴る 鈴が鳴る

ずっと鈴が鳴っている

何て楽しいんだ!そり遊びは!

そして今夜歌うそりの歌は!

 

 

そり遊びは昼間のことやろ?

 

でも歌っとるのは夜?

 

どうゆうこっちゃ?

 

 

だから元々は「婚活パーティー用」の歌だって言ったでしょ?

 

シャイな男女を結びつけるための歌だったんだよ。

 

この歌が作られた19世紀中頃は、今みたいに若い男女が自由に会って自由に恋愛できる世の中じゃなかった。

 

だから年頃になると、カップリングのためのパーティーが開かれたんだね。

 

アメリカの高校3年生のダンスパーティー「プロム」は、きっとその名残りだと思う。

 

 

そういえば「we」とか「spirits」とか複数形だもんね。

 

ってことは「そり」に乗ってるのは、カップル…

 

 

なるほど、わかったで。

 

「そり」は喩えや。おそらく「ベッド」のことやな…

 

そんで一面の雪景色は「白いシーツ」か?

 

 

実は「snow」という単語には「うまいことを言って人をたらしこむ」という意味があるんだよ。

 

だから「dashing through the snow」で「言葉巧みに騙してやろう」なんだね(笑)

 

 

ひで〜(苦笑)

 

 

そして鳴り続ける鈴の音ってのは、ベッドや床のきしむ音のことだろう。

 

もしくはその時の女性の声かな。

 

ジョニー・マーサーの『Blues in The Night(夜のブルース)』で歌われた「夜になると聞こえてくる、列車のガタゴト走る音」と一緒だ。

 

『Blues in The Night(夜のブルース)』

 

 

こうゆう「実はエロい歌詞の歌」を女子に歌わして、知らず知らずその気にさせていったんやな…

 

合コンの二次会と一緒や…

 

 

昔の歌はこういうのが多いんだ。

 

というか、歌って元々そういう役割でもあったんだよ。

 

日本の古い和歌とか百人一首にも、結構そっち系の歌があるもんね(笑)

 

 

イエス様バージョンだと、どうなるの?

 

 

1番は「イエスの誕生を告げられた羊飼い」かな。

 

まだ最初だからジョークは控えめなんだ。

 

じゃあ2番にいくよ。

 

A day or two ago
I thought I'd take a ride
And soon, Miss Fanny Bright
Was seated by my side,
The horse was lean and lank
Misfortune seemed his lot
He got into a drifted bank
And then we got upsot.

 

 

昨日か、おととい?

 

こんな歌詞、聞いたことないな。

 

 

せやな。しかも女が隣におる。

 

 

現在はほとんど歌われることはないからね。

 

普通に訳すとこんな感じだ。

 

一日か二日前に乗ろうと思ったんだ

そしたらミス・ファニー・メイが

僕の傍らに座ってくれた

痩せ細った馬は頭をもたげていて

たいへんな重荷に苦しそうだった

ついには丘の斜面を転がり落ちて

僕らはひっくり返ってしまったんだ

 

 

ねーちゃんと一緒にオンボロベッドから転げ落ちたんやな(笑)

 

 

あれ?

 

「Sleigh(そり)」って言葉がない…

 

「I thought I'd take a ride」じゃ、何に乗ったかはわからないね…

 

それにミス・ファニー・メイが座ったのが「by my side」って、「隣」じゃないんだ…

 

 

よく気が付いた!

 

そこがポイントなんだよね。

 

この日「ミス・ファニー・メイ」は隣ではなく「傍ら」に座っていた。

 

そして「馬」は痩せ細っていて、頭をもたげて元気が無さそうだった…

 

重荷を引かされ、かなり苦しそうに見えたんだね…

 

 

世界中の悩みをひとりで背負ってる感じか?

 

 

 

この歌、クリスマスバージョンもあったのか!

 

 

もう気付いてると思うけど、一日か二日前に主人公が「ride」すると決めたのは「十字架」のことなんだね。

 

ミス・ファニー・メイとは未亡人となったメリー、つまり聖母マリアのことだ。

 

あの日マリアは十字架の傍らに座り込んでいたからね。

 

そして、痩せ細って頭をもたげていた馬とは「肉体としてのイエス」のこと…

 

つまり…

 

肉体を離れ、聖霊となって父のもとへ帰ったイエスが、あの日のことを回想してるってわけなんだ。

 

『磔刑図』アンドレア・マンテーニャ

 

 

だから丘の斜面を倒れるように転がされたんだな…

 

そしてオチの「And then we got upsot」は「僕らは覆してやった」…

 

つまり「偽物だと決めつけた奴ら、復活を信じなかった奴らを驚かせてやった」って意味だ…

 

 

だね。

 

そして3番は、こんな内容だ…

 

A day or two ago,
The story I must tell
I went out on the snow,
And on my back I fell;
A gent was riding by
In a one-horse open sleigh,
He laughed as there I sprawling lie,
But quickly drove away.

 

一日か二日前の

この話もしなくちゃいけないな

僕は一面の銀世界に出かけて

背中から落っこちてしまったんだ

そこに一人の紳士が通りかかった

一頭の馬に引かれた屋根なしそりで

僕が両手を広げて倒れている姿を

紳士は笑ってすぐに行ってしまった

 

 

 

わざわざ「この話もしなきゃ」って言うくらいだから、有名なシーンだな。

 

 

せやけど、イエス最後の日に「紳士」なんか出てきたか?

 

 

ちゃんと出て来たよ。

 

わざわざジェームズ・ピアポントが「ひとりの紳士」を「A gentleman」ではなくて「A gent」と省略形にしたことがポイントなんだ。

 

わかるかな?

 

 

あ・じぇんと?

 

 

「あ」じゃなくて「えー」なんだよね…

 

 

えーじぇんと?

 

ん?

 

 

もしかして…Agent…?

 

代理人ってこと?

 

ああ!そうか!

 

 

こ、これや!

 

『ゲッセマネの祈り』ジョルジョ・ヴァザーリ

 

 

ご名答。

 

「A gent」とは「Agent」つまり「天使」のことだったんだね。

 

天使とは、地上に降りて来れない神の代わりにメッセージを運ぶ代理人だから(笑)

 

 

やられた…

 

 

そして「on my back」は「苦悩する」という意味で、「I fell」は「死ぬこと」という意味。

 

つまり「on my back I fell」で「死の運命に苦悩する」という意味なんだね。

 

イエスがゲッセマネで天の父に祈った「私から死の杯を過ぎ去らせてください」のことを言ってたんだ。

 

 

そしてあの絵では…

 

イエスが両手を広げていて…

 

天使が笑っているように見える…

 

 

このジョルジョ・ヴァザーリの『ゲッセマネの祈り』という絵は、ホントに人気があるね。

 

多くのアーティストにインスピレイションを与えているんだ…

 

 

『ジングル・ベル』の歌は、これでおしまい?

 

 

まだだよ。最後の4番にオチというか種明かしが用意されてるんだ。

 

表向きの歌詞はモロに「メイク・ラブのすゝめ」なんだけど、よく読んでみると…

 

Now the ground is white
Go it while you're young,
Take the girls tonight
and sing this sleighing song;
Just get a bobtailed bay
Two forty as his speed
Hitch him to an open sleigh
And crack! you'll take the lead.

 

さあ、大地は一面の雪化粧だ

若いうちに楽しまなきゃね

今夜は彼女たちを連れ出そう

歌うのはもちろん、このそりの歌

茶褐色のポニーテールを揺らせ

two fortyのスピードで

屋根なしそりに乗ったら

そら!ムチを入れろ!

お前がリードを取るんだぜ

 

 

 

 

ああ!42!

 

イエス・キリストの数字だ!

 

 

その通り。「42」はイエス・キリストを表す数字だったよね。

 

新約聖書の始まりは、イエス・キリストが「14+14+14=42」であるという説明で始まる…

 

『マタイによる福音書』

1:1 アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図。

1:2 アブラハムはイサクの父であり、イサクはヤコブの父、ヤコブはユダとその兄弟たちとの父

(中略)

1:16 ヤコブはマリヤの夫ヨセフの父であった。このマリヤからキリストといわれるイエスがお生れになった。

1:17 だから、アブラハムからダビデまでの代は合わせて十四代、ダビデからバビロンへ移されるまでは十四代、そして、バビロンへ移されてからキリストまでは十四代である。

 

 

そして「クリスマス」の説明が続くんだよね。

 

1:18 イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。

1:19 夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。

1:20 彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。

1:21 彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。

 

 

せやから欧米人の頭の中では、宇宙の神羅万象、万物の究極の答えが「42」なんやな。

 

『銀河ヒッチハイク・ガイド』でも、そう言っとった。

 

 

 

「42」は神の数字なんだよね。

 

それに続くのが、イエスを予言した『ダビデの賛歌』の数字「23」だ。

 

だから聖書好きのアメリカ人は「42」と「23」を、殊のほか特別視する。

 

 

ジャッキー・ロビンソンとマイケル・ジョーダンやな。

 

 

確かにジャッキー・ロビンソンとマイケル・ジョーダンは偉大だけど、それだけじゃないんだよね。

 

元々アメリカ人にとって「42」と「23」はスペシャルな数字だったんだ。

 

スペシャルな数字にスペシャルな人物が重なって、超スペシャルになったというわけなんだよ…

 

 

でもなんで「two forty」なんて言い方するの?

 

 

「forty two」って言ったら、すぐにバレちゃうでしょ?

 

せっかくイイ感じに盛り上がってきたのに「神様」を思い出させたら、乙女たちは「ああ!いけないことをしてしまうところだった…」となってしまう。

 

だからすぐにはわからないように言い換えてるんだ。

 

マザーグースの『Sing a Song of Sixpence(6ペンスの歌を歌おう)』もそうだったよね?

 

トム・ウェイツ『MIDNIGHT LULLABY』と

マザーグース『6ペンスの歌を歌おう』

 

 

せやけど「42マイル」のスピードって速すぎるんとちゃうか?

 

時速68キロやで。

 

生娘相手にそんなピストン…いや「そり遊び」は無茶やろ?

 

 

「two forty」は「1マイルを2分40秒で進む」という意味なんだそうだ。

 

これだと時速22キロくらいだね。

 

 

それなら安心したわ。

 

 

イエス様バージョンだと、4番はどんな場面を歌ってるんだろ?

 

 

「受難」だね。

 

「get a bobtailed bay(短く刈られた茶褐色の馬の尻尾)」はイエスが被った「荊(いばら)の冠」のことを指している。

 

 

なんで?

 

 

「bay」には「茶褐色」の他にも「ベイリーフ(ゲッケイジュ)」という意味がある。

 

だから「bobtailed bay」は「短く刈られた月桂樹」とも読めるんだ。

 

イエスは十字架を背負ってゴルゴダの丘へ向かう前に「ユダヤの王、万歳!」と辱めを受けた。

 

その時、「月桂樹の冠」の代わりに「荊の冠」を被せられたんだよね。

 

つまり4番は、イエスが鞭打たれながら十字架を背負って歩いた「Via Dolorosa(苦難の道)」のことを歌っていたんだ。

 

 

そっか。

 

ムチ打たれながら重いそりを引かされる痩せた馬は、まさしくイエス・キリストの姿だもんな…

 

 

「重いそり」とは、僕ら人類の原罪の象徴だったんだよ。

 

メリクリ〜!うぇ〜い!って浮かれ騒いでいる僕たちの罪深さを「One-Horse」は何も言わず背負ってくれた…

 

ジェームズ・ピアポントは牧師の息子だけあって、浮かれた男女の歌に見せかけて、イエス・キリストの物語を描いてみせたんだね…

 

罪深き僕らは、この歌を歌うことで、知らず知らずのうちに主を称えることになる…

 

これからの季節、様々な場所で『ジングル・ベル』を耳にするだろうけど、その時は、ちょっとでもいいからこのことを思い出してほしい…

 

 

なんか今回は、すっごくいい話だな。

 

余計なオチとか要らないぞ。

 

 

そうだね。

 

次回は『How the GRINCH STOLE CHRISTMAS』という物語の中で、グリンチが「クリスマス」だけでなく「イエス・キリストの物語」を再現してしまっている点について解説しよう。

 

それでは皆さん、さようなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:絵本紹介

「なぜグリンチが侵入したのはJ.P.Who氏の家だったのか?」〜Dr. Seuss『How the GRINCH STOLE CHRISTMAS』第2話

  • 2018.11.15 Thursday
  • 21:35

 

 

 

 

さて、クリスマスを盗まれた村人が歓喜の歌声を上げた理由もわかったことだし、今回は『How the GRINCH STOLE CHRISTMAS』の細部を見ていこう。

 

 

前回を未読の人は、まずコチラをどうぞ!

 

「なぜクリスマスを盗まれた村人は歓喜の歌声を上げたのか?」

 

 

まずはこの物語を書いたDr. Seussの「想い」についてから。

 

『How the GRINCH STOLE CHRISTMAS』の創作は、Dr. Seussが12月26日の朝に歯磨きをしていた時に、自分の顔を洗面台の鏡で見たところからスタートする。

 

その時の自分の顔をモデルにしてグリンチを思いついたそうだ。

 

そんな不機嫌で「悪だくみ」しそうな顔しとったんか?

 

しかもクリスマスの次の日の朝に?

 

 

そのようだ。

 

きっと最初は「今年もまた、やってしまった…」と暗い顔をしていて、途中で何かを閃いたんだと思う。

 

グリンチみたいにね。

 

 

「またやってしまった」って、ドクター・スースは何をやってしまったの?

 

 

浮かれたクリスマスを、だよ。

 

 

浮かれたクリスマス!?

 

 

53年もの間、下界の人間たちがバカ騒ぎしながら祝うクリスマスを苦々しく思いながらも我慢してきた孤独なグリンチとは、作者であるDr. Seuss自身の投影だ。

 

この物語を書いた時、彼は53歳だったからね。

 

そしてDr. Seussは、結婚はしていたけど子供はいなかった。

 

だから日常の日々は、とても静かなものだったことが予想できる。

 

だけど、クリスマスは別だ…

 

 

どうして?

 

 

クリスマス・シーズンに入ると町じゅうが浮かれ、彼の甥っ子姪っ子たちも浮かれ出すからだよ…

 

もしかしたらDr. Seussは、実家や兄弟姉妹の家のクリスマス・ディナーにお呼ばれされたかもしれない…

 

そうしたら必然的に甥っ子や姪っ子たちのために、浮かれたクリスマスに付き合わなければならないよね…

 

 

アメリカ人は浮かれたクリスマスが大好きなんじゃないの?

 

 

せやで。そもそも今のクリスマスのスタイルはアメリカ発やんけ。

 

モルガンとロックフェラーとコカ・コーラの陰謀や。

 

サンタクロースが赤いのも、全部アメリカのせいや!

 

 

だけど19世紀に入るまでは、アメリカは「反クリスマス」だったんだよ。

 

というか、アメリカ合衆国という国は、そもそも「反クリスマス」を掲げた人たちによって建国されたんだ。

 

 

ええ〜!?どゆこと!?

 

 

アメリカ人のルーツである「ピルグリム・ファーザーズ」ことピューリタンたちは、イギリスでクリスマスに反対していた人たちなんだ。

 

 

マ、マジで!?

 

 

彼らピューリタンがメイフラワー号で大西洋を渡る前のこと…

 

イギリスで「カトリック・英国教会・プロテスタント・ピューリタン」が血みどろの抗争をしていた16世紀末から17世紀初頭にかけて、クリスマスは宗教対立の争点の1つだった。

 

毎年クリスマスになると各地で人々が暴徒化して大騒動になり、死傷者が出ていたほどなんだよ。

 

 

クリスマスで暴徒化?

 

 

それに比べたら今の渋谷のハロウィン騒動なんてカワイイもんやな…

 

 

実はこのクリスマス問題においては、ピューリタンは孤立していたんだね。

 

ピューリタンだけがクリスマスに反対していて、他の宗派はクリスマス推進派だったんだ。

 

 

ピューリタンってカルヴァン主義でしょ?

 

ルター派と同じプロテスタントじゃんか。なんで孤立してたんだ?

 

 

それにはクリスマスの歴史を簡単に解説しなきゃならないな…

 

まず、そもそも論として、クリスマスはローマ帝国時代の初期の教会において、重要視されていなかった。

 

というか、最初はクリスマスという概念自体が存在していなかったんだ…

 

 

ええ!?そうなん!?

 

 

キリスト教とは、イエスをキリスト(救世主)つまり「神」であると考える教えだ。

 

だから最も重要なのは「死と復活」だった。これこそまさにイエスが神である証拠だからね。

 

そして次に重要なのは「聖母マリアの処女懐胎」だ。これもイエスが神である証拠だから。

 

だけど「イエスの生誕」は重要視されていなかった。

 

だって妊婦から赤ん坊が生まれるのは当たり前のことで、特別なことでも何でもないからね…

 

だから聖書の記述では、それがいつのことなのかよくわからない。

 

その夜に羊飼いが放牧をしていたことから、冬の出来事ではないと主張する人もいるくらいだ。

 

そういうわけで、クリスマスという概念は、キリスト教の誕生からだいぶ時間が経って出来たものなんだよ…

 

 

そうだったのか。

 

 

そしてクリスマスは、欧州各地で昔から行われていた土着信仰の冬至の祭りと融合していく…

 

特にそれが顕著になったのは、マルティン・ルターの登場による宗教改革の時代だ。

 

カトリックとの差別化を図るため、ルター派プロテスタントは北欧ゲルマン神話の巨木信仰を積極的に取り入れた。

 

これがクリスマスツリーの始まりなんだね。

 

そしてこれが海を渡ってイギリス王室に伝わり、産業革命で誕生した新興富裕層の間に広がっていく…

 

 

なんで王室?

 

 

ドイツの領邦君主がイギリス王位を兼ねるようになったからだよ。

 

これによってドイツの文化がイギリスにどっと入って来たんだ。

 

ヴィクトリア女王の時代には「王室の公用語はドイツ語」とか「国民はイギリス人。王室はドイツ人」とか揶揄されていたくらいだからね。

 

だけど、カルヴァン主義派のピューリタンは、ルター派のゲルマン式クリスマス文化を「異教への迎合・堕落」だと主張した。

 

これもあってピューリタンは英国内のプロテスタントの中でも孤立してしまい、結果として国を追われてしまうことに…

 

そうして彼らはアメリカ大陸に新天地を求めることになった…

 

 

なるほど。だからアメリカは「反クリスマス」の国なんだ…

 

 

このピューリタンの反クリスマス精神は、アメリカの独立にも大きな影響を与えたんだよ。

 

独立戦争時、イギリス軍とドイツ人の傭兵たちは、戦場でクリスマスを大いに祝っていた。

 

かたやジョージ・ワシントン率いるアメリカ軍の大半はピューリタンなので、そんな浮かれた行事には無縁だ。

 

そしてアメリカ軍は、クリスマス明けにクリスマスボケしていたイギリス人とドイツ人を急襲し、大勝利を収める。

 

反クリスマス精神が無かったら、アメリカの独立は無かったかもしれない…

 

 

じゃあ、いつからアメリカ人はクリスマスに浮かれ出したんだ?

 

 

非ピューリタンの移民の多い地域では昔からクリスマスが行われていたそうだけど、今みたいなスタイルが国内に広まっていったのは19世紀のことだ。

 

特に大規模な移民が欧州から入ってきた19世紀末、そして経済が大きく発展した20世紀初頭あたりから、クリスマスは商業化されてド派手になり、巨大な消費イベントと化した。

 

古き良き時代のクリスマスを知る人たちからすると、実に苦々しい光景だったかもしれないね。

 

Dr. Seussが1956年の12月26日の朝に歯磨きをしながら「グリンチみたいな顔」をしていたのは、そういう理由だったに違いない。

 

「また今年も甥っ子姪っ子に付き合わされて《浮かれたクリスマス》をやってしまった…。この毎年繰り返される12月26日の朝のモヤモヤとは、どう折り合っていけばいいんだ…」

 

 

大人もクリスマスを楽しんでいるんじゃないの?

 

 

君も大人になって子供が出来たりすればわかるかもしれない…

 

大人って「子供のために役割を演じる機会」が実に多いんだよ…

 

本心ではやりたくないんだけど、やらなきゃいけないことがたくさんあるんだ…

 

特にクリスマスのような行事とかでね…

 

その都度、真面目な僕はこう悩んでしまう…

 

「ああ、僕はクリスチャンじゃないのにな…。でも場の空気も大事にしなきゃいけないし…」

 

 

そんなこと考えてたのか?

 

めんどくさい奴だな…

 

 

たぶん僕の幼少時代の経験が原因だろうね。

 

当時ぼくの家には明治生まれの祖父が絶対君主ばりに君臨してた。

 

この祖父が、頑なまでの「西洋文化嫌い」でね…

 

僕が母にハンバーグやスパゲッティなどの洋食が食べたいって駄々をこねると、「そんなもん食うな!」と激怒してゲンコツを喰らわせたり…

 

僕がテレビで外国人アーティストが歌ってるのを見てると「ビートルなんか聞いたらダメだ!」って怒ってチャンネルを変えたりね…

 

 

ビートル?

 

 

祖父の中で洋楽は全部「ビートル」なんだ。どうもビートルズのことだったらしい。

 

こんな世界だったから、我が家でクリスマスが解禁されたのは、祖父が病に倒れてからのことだった。

 

当時はすっごく嬉しかったけど、いま思うと何とも微妙な話だよね。祖父が病気になったお陰でクリスマスが祝えるようになったって(笑)

 

だから僕の中でクリスマスは、今でもちょっと複雑な存在なんだ。

 

どこか素直に「メリークリスマス」って言えない自分がいてね…

 

今もこうしてサンタ帽を被っているけど、これも君たちとの付き合いみたいなもんなんだよ…

 

 

あんたが率先して被ってただろうに…

 

 

きっとDr. Seussも同じ気持ちだったんだろうな。

 

いっそ何も知らず無邪気に「メリークリスマス!」って言えたら、どんなに楽か…ってね。

 

だから『How the GRINCH STOLE CHRISTMAS』を書こうと思ったんだ。

 

細かいことを気にせず、本当のことを知らないほうが、人間、幸せなのかもしれない…って。

 

だから「グリンチも村人も互いに勘違いしたままクリスマスを祝う」という、無知がもたらす予期せぬ奇跡的エンディングなんだね…

 

 

おかえもんの思い入れがかなり強い感じがするけど、前回の解説からすると間違いなさそうだよな…

 

 

まあ僕の話は置いといて、そろそろ本題に入ろうか。

 

今回注目したいのは、グリンチが最初のターゲットに選んだ家の謎だ。

 

グリンチはWho村のすべての家に泥棒に入ったんだけど、家主の名前が提示されるのはただ一つの家のみ…

 

それが「J・P・Who」宅だ。

 

 

 

JP誰?

 

そんなもん「モルガン」に決まっとるやろ。

 

言わずと知れたアメリカ屈指の大富豪…

 

アメリカ国家よりも力を持っとったと言われた男「ジョン・ピアポント・モルガン」のことや。

 

John Pierpont Morgan(1937−1913)

 

 

あれって個人の名前だったのか!

 

JナントカさんとPナントカさんとモルガンさんのトリオ名だと思っていた!

 

 

カツ・レツ・キッカとちゃうんやで。

 

桁違いの金持ちや。せやから資本主義の象徴として、最初の侵入宅の家主名に選ばれたんやな。

 

さっきオッサンも言っとった通り、作者のドクター・スースは年々酷くなるクリスマスの商業主義化を苦々しく思っとった。

 

経済的に豊かになる一方で、心が貧しくなっていくアメリカ社会に、絵本を通じて警鐘を鳴らしたというわけや。

 

 

はたして、そうかな?

 

僕はそうは思わないけど。

 

 

なぬ!?

 

 

だって最後は盗んだ贅沢品を全て返して、自分もそれを享受するんだよ?

 

しかも、クリスマスの主賓であるサンタクロースになりすまして…

 

 

あ…

 

言われてみれば、確かにそうだな…

 

 

いろんな紹介記事で「グリンチはクリスマスの商業主義化への批判」とか書かれてるけど、世の中に流布している「いかにもそれっぽい話」を鵜吞みにしちゃいけないよ。

 

 

それ、おまいう!

 

それじゃあ何で「J・P・Who」なんだ?

 

 

アメリカのクリスマス・シーズンで「J・P」と言ったら、J・P・モルガンよりも有名な人物がいるんだ…

 

 

ええ!?誰?

 

 

この超有名な「J・P」氏、実はJ・P・モルガンの叔父さんにあたる人物なんだ。J・P・モルガンのお母さんの弟なんだよ。

 

ちなみにJ・P・モルガンの「P」は「ピアポント」だけど、これは母方の姓なんだね…

 

つまり、アメリカのクリスマスに欠かせない「J・P」氏とは「J・ピアポント」という人物…

 

 

誰なんだ!?もったいぶらずに早く教えろよ!

 

 

J・P・モルガンのお母さんの実家ピアポント家は有名な牧師の家系だった。

 

そして叔父さんにあたる「J・ピアポント」は、世界中の誰もが知ってる超有名なクリスマス・ソングの作者なんだよね…

 

 

超有名なクリスマス・ソング!?

 

何だろう!?

 

 

超有名って言うたら、これやろ。

 

 

 

『ホワイト・クリスマス』はアーヴィング・バーリンでしょ!

 

「アーヴィング・バーリンって誰?」

 

 

じゃあコレか。

 

 

 

おお!

 

ジョニー・マーサー徹底解説シリーズの『Blues in The Night』に登場したマーサ・レイだね。

 

ジョニー・マーサー『夜のブルース』徹底解説

 

でも『サイレント・ナイト』でもないんだな。

 

 

これもちゃう?

 

せやったらもうアレしかないやろ!

 

 

 

なんでやねん。

 

 

君たち、大事な歌を忘れてないかい?

 

たぶん多くの人にとって「子供の頃いちばん最初に耳にして、いちばん最初に口ずさんだクリスマス・ソング」だと思うよ…

 

 

わかった!これだ!

 

セクシーお姉さんたちのお色気たっぷりバージョンでどうぞ!

 

 

 

 

いいねえ。そして大正解(笑)

 

この『Jingle Bells(ジングル・ベル)』という曲は、J・P・モルガンの叔父さん「ジェームズ・ピアポント」が作詞作曲した歌なんだよね。

 

James Lord Pierpont(1822 - 1893)

 

 

 

マジか!

 

ワイらは今まで何も知らずにJ・P・モルガンの叔父が作った歌を嬉々として歌っとったんか!

 

これは陰謀や!世界を裏で牛耳る国際金融資本の陰謀や!

 

世界中の人々をクリスマスで浮かれさせ、金を巻き上げる悪魔のシステムなんや!

 

それをドクター・スースは密かに作品内で人々に伝えようとしたんや!

 

 

やれやれ…

 

変なサイトの見過ぎじゃない?

 

 

じゃあ何で「J・P・Who」なんや!?

 

何でドクター・スースは、グリンチにこの家を選ばせたんや!?

 

 

『ジングル・ベル』だよ。

 

Dr. Seussは『ジングル・ベル』を『グリンチ』の元ネタに使ったんだ。

 

「よこしまな思いで行った行為が、いつのまにか《聖なるクリスマス》になっていた」というアイデアは、この『ジングル・ベル』という歌が最初なんだよね…

 

 

ハァ!?

 

 

だから、さっき紹介してくれたセクシーな『ジングル・ベル』の歌動画は、ある意味「正しい姿」だといえる…

 

元々『ジングル・ベル』って、婚活パーティー用に作られた歌だったんだよ…

 

シャイな男女をくっつけるための、ちょっとエッチな歌だったんだ…

 

 

こ、婚活パーティー用の歌ァ!?

 

なんでそんな歌が世界一有名なクリスマス・ソングになったんだよ!?

 

 

それには深い理由があるんだ…

 

そこがわかれば、Dr. Seussが「J・P・Who」を登場させた理由も納得がいく…

 

 

ということで、続きは第3話で。

 

今回も結構長くなっちゃったからね。

 

 

ああ…、ちょ〜気になる!

 

あんたの子供の頃のトラウマ話とか要らないから、ガンガン解説を進めてくれ!

 

 

でも、そういうのがあったから、今の僕があると思うんだよね…

 

僕は様々な解説記事を書きながら、過去の出来事や自分と向き合ったりしてるような気がするんだ…

 

だから僕の書く解説記事は、ただの解説記事じゃなくて、自分自身の深層心理への旅でもあり…

 

 

ああ、ウザい!マジどうでもいい!

 

そんなこと読者にとってはノイズ以外のナニモノでもない!

 

 

そんなこと言ったら、君たちもノイズじゃない?

 

僕ひとりで淡々と解説すればいいだけのハナシだから…

 

次回からそうしようか?

 

 

ご、ごめんなさい!

 

無駄話どんどんしちゃってください、お願いします!

 

 

だよね。

 

では、次回は『ジングル・ベル』についてウンチクと無駄話をたっぷり炸裂させちゃおうかな。

 

エロと聖が表裏一体になっているという、僕の大好きなテイストの歌なんで(笑)

 

 

どうぞ思う存分ご自由に!

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:絵本紹介

なぜグリンチにクリスマスを盗まれた村人は喜びの歌声を上げたのか?〜Dr. Seuss『How the GRINCH STOLE CHRISTMAS』

  • 2018.11.14 Wednesday
  • 23:59

 

 

 

 

さて、今回は世界的名作絵本、Dr. Seussの『How the GRINCH STOLE CHRISTMAS』(邦題:グリンチ)を徹底解説しちゃうよ。

 

Dr. Seuss(Theodor Seuss Geisel:1909 - 1991)

 

 

 

 

いいなあサンタ帽。おかえもんばっかりズルい。

 

 

はい、どうぞ。

 

 

やっほう!

 

 

お前らクリスチャンちゃうやろ。

 

まったくハロウィンといいクリスマスといい日本人は節操なく…

 

 

まあまあ、お堅いこと言わずに。

 

はい。

 

 

なんでワイだけ提灯アンコウやねん!

 

しかも命の次に大事な丹頂に被っとるやんけ!

 

 

ねえねえ、おかえもん。この絵本ってそんなに有名なの?

 

オイラ見たことないんだけど…

 

 

確かに日本では、あまり見かけないかもね。

 

 

これに限らずドクター・スースの作品は、日本では軒並み知名度が低いんとちゃうか?

 

映画化されても日本だけヒットせえへん…

 

世界的メガヒットを記録したジム・キャリー主演の『グリンチ』もアカンかったし…

 

 

『ロラックスおじさんの秘密のタネ』もアカンかったし…

 

 

日本人が元ネタになっとる『ホートン/ふしぎな世界のダレダーレ』もアカンかった…

 

 

『The CAT in the HAT』に至っては、劇場公開されずにビデオスルーや…

 

まあこれはアメリカでも大コケした映画やさかい仕方ないけどな…

 

 

 

邦題が『ハットしてキャット』ってやつだな!

 

でも、なんか所々『怪盗グルー』っぽかったぞ(笑)

 

 

このジンクスを今回の『グリンチ』は破ることは出来るかな?

 

飛ぶ鳥を落とす勢いのイルミナティだから、外すことはないと思うけど…

 

 

 

イルミナティとちゃうで。イルミネーションや。

 

せやけどこれまでのドクター・スース作品とはワケが違う。

 

膨大な宣伝広告費が投入されとるし、吹替えは大泉洋や。

 

 

年末商戦の目玉だね。オイラ絶対に観に行くぞ!

 

そのためにも原作の絵本を読んでおかなきゃ。

 

 

読まなくても大丈夫だよ。全くの別物だから…

 

キャラの設定も世界観もストーリーも、原作と映画版は丸っきり違うんだ。

 

 

ええ!?そうなん?

 

 

でもやっぱり読んでおいたほうがいいかな…

 

『グリンチ』の「本当のストーリー」を知ってもらいたいから…

 

 

本当のストーリー?

 

毛むくじゃらの引きこもりUMAグリンチがおって…

 

クリスマス・イブにバカ騒ぎしとったリア充の村人から《物質的なクリスマス》を全て奪って…

 

せやけど、なぜか翌朝に村人は「クリスマスが来た!」と、これまで以上に喜んどって…

 

グリンチは「クリスマスはモノだけの問題やあらへん」と気が付いて…

 

最後はみんなでメシ食ってメデタシメデタシ…

 

っちゅう話やろ?

 

 

 

 

なんだ、超ありがちな話じゃんか。

 

本当に大切なものは目に見えない。そして、みんなで食べるご飯は美味しい。

 

クレヨンしんちゃん劇場版は、だいたいこんな話だぞ。

 

 

ホントにそうだったかな?

 

物語を、順を追って見ていこう…

 

 

高い山の洞穴の中に住む孤独なGRINCH(グリンチ)は、これまで53年もの間、クリスマスシーズンにバカ騒ぎする下界の「Who-ville(フーヴィル:ダレカレ村)」の村人たちに対し、強い憤りを感じていた…

 

子供たちはオモチャを手にして奇声を発して走り回り、村を挙げて贅沢な食事を楽しみ、大声で讃美歌を歌っていたからだ…

 

積年の怒りが限界に達したグリンチは、彼らを静かにさせるために、クリスマスを盗むことを思いつく…

 

 

 

あれ?

 

緑色じゃないんだね。

 

 

そう。当初グリンチには「色が付けられていなかった」んだ。

 

いつの頃からか「緑色」が付けられて、それが定番カラーになったんだよね。

 

 

さて、グリンチはサンタクロースに扮装し、愛犬マックスをトナカイに仕立て上げると、そりに巨大な袋を載せて村へ向かった…

 

ありとあらゆる「喜ばしいモノ」を盗み出すために…

 

だけど最初に侵入した家で「Cindy-Lou(シンディ・ルゥ)」という小さな女の子に見つかってしまう…

 

 

シンディ・ルゥに本物のサンタクロースだと信じ込ませたグリンチはその場を切り抜け、他の家からも、ありとあらゆる「喜ばしいモノ」を盗み出すことに成功…

 

巨大に膨らんだ袋をそりに載せ、山の頂上から崖下へ捨てようとした…

 

そのときの時刻は夜明け前…

 

「喜ばしいモノ」を投げ捨てる前、グリンチは耳を澄ました…

 

目覚めた村人たちが、空っぽになった家の中に驚き、悲しみの声をあげることを楽しみにしていたんだ…

 

だけど聞こえてきたのは、歓喜の歌声…

 

なんと村人たちはクリスマスの到来を喜び、これまで以上の声で歌っていたんだ…

 

グリンチは考えた…

 

クリスマスを盗んだと思っていたのに、なぜ村人は「クリスマスが来た!」と歌っているのか?

 

クリスマスというものには、自分が知らない「何か」があるんじゃないか?と…

 

それが何なのかはよくわからないけど、グリンチの心はほっこりして来てた…

 

そして盗品を載せたそりで山を滑り降り、村人たちへ返却…

 

最後はクリスマスの主人役を任され、ロースト・ビーストを皆に切り分ける…

 

 

ワイの4コマと大して変わらんやんけ。

 

 

やっぱり「大切なものは目に見えない&みんなで食べる御飯は美味しい」ってゆう話じゃんか。

 

 

どうしてそうなるかな?

 

よく考えてみて…

 

グリンチは村からクリスマス関連グッズだけでなく、食品から家財まで「すべて」を盗んだんだよ…

 

だけど村人は朝になると「クリスマスが来た!」と歌い始めた…

 

 

これって、おかしいよね?

 

 

朝起きたら何もかも盗まれてて家の中がすっからかんなのに、みんなで歓喜の歌を歌うかな?

 

しかも、喜びMAXの歌声だよ?

 

 

せ、せやな…

 

どんなに信心深い奴でも、クリスマスの朝に家の中が空っぽになっとったら、大騒ぎで警察呼ぶわ…

 

 

そういえばそうだね…

 

もしかしたら村人たち、アタマがオカシイのかも…

 

 

くそっ!一足遅かったか!

 

グリンチめ、まんまと盗みおって…

 

 

うわ!あなたはインターポールの…

 

 

シェイプ・オブ・コイン警部です。

 

 

せやけど、とっつぁん。無駄足やったな。

 

グリンチは盗めんかったんやで、クリスマスを…

 

結局一人相撲を取ってただけで…

 

 

いや、奴はとんでもないものを盗んでいきました…

 

 

へ?

 

 

 

村民の心です!

 

 

 

 

はい!?

 

 

では 失礼します!

 

グリンチを追え! 地の果てまで追うんだ!

 

 

 

なんという気持ちええほどのベタな展開や…

 

 

オイラは最初っから、こうなるような気がしてたけど…

 

 

もういいよ、ありがとう。

 

実はシェイプ・オブ・コイン警部の言う通り、グリンチはクリスマスを完璧に盗んでしまったんだ…

 

村人の物質的なクリスマスだけでなく、精神的なクリスマスまで鮮やかに盗み取ってしまったんだね…

 

ただその盗みが余りにも見事だったもんだから、肝心の本人すらも気付いていないんだよ…

 

つまり、完全に「想定外の大成功」だったというわけ…

 

 

ええ!?わけワカメ!

 

物質的にも精神的にも盗まれたのに、なんで村人は喜んでるんだよ!

 

この村の人間は、揃いも揃って皆ドMですか!?

 

 

人は心を完璧に盗まれてしまうと、オカシクなってしまうんだよ…

 

普段なら出来る冷静な判断が出来なくなって、やたらと相手を特別視したり崇拝してしまうんだ…

 

僕らの現実社会でも、よくあることだよね…

 

グリンチは村中のモノを盗んだのに、なぜか村人たちに大歓迎され、しかもクリスマスの食事の主人役まで務めることになった…

 

それらはすべて「盗みが鮮やか過ぎた」ことが原因だ…

 

だからこの物語のタイトルは

 

『How the GRINCH STOLE CHRISTMAS』

どのようにしてグリンチはクリスマスを盗んだのか

 

なんだよね。

 

ポイントは「クリスマスを盗めたのか?」じゃないんだ…

 

「どうやって盗んだのか?」なんだよ。

 

 

 

なるほど…

 

でもグリンチの計画は、結果が予想外の成功だったとはいえ、そこまで完璧なものだったとは思えないんだけど…

 

最初の家で、いきなり女の子にも見つかってるし…

 

盗品を山頂から捨てようとして出来なかったし…

 

 

違うんだな。

 

これら失敗の数々こそが、成功の理由だったんだ。

 

グリンチのやることなすことすべてが、クリスマス泥棒の成功につながったんだよ。

 

 

なんだか禅問答みたいで、よくわかんない!

 

 

じゃあ、村人の立場で考えてみよう。

 

東の空が薄っすらと明るくなったころ、目を覚ました村人たちは、家の中のモノが全て盗まれていることに気が付いた…

 

 

やっぱりこれは驚くよね。

 

まともな神経をしてたら、もうクリスマスどころじゃないな(笑)

 

 

村じゅうが騒然としたことだろう。

 

だってグリンチは家財だけでなく暖炉の薪まで盗んだんだよ。雪国の真冬の朝だから、そうとう寒かったはずだ。

 

そして食べ物も全部無くなっていた。

 

家のモノは全部盗まれ、さらに寒いし腹は減るしで、もう泣きたくなっただろうね。

 

 

やっぱり歓喜の歌を歌っとる場合とちゃうわ…

 

 

「いったい何が起こったんだ!?」と大人たちは頭を抱えこんでしまった…

 

そんな大人たちの前にひとりの少女が現れた。そう、シンディ・ルゥだ。

 

シンディ・ルゥは、昨夜のことを話し始める…

 

 

シ「わたし、サンタクロースに会ったの。煙突から色んなモノを運んでた」

 

村人「サ、サンタクロース!?でも何でサンタクロースが物を盗むんだ?」

 

シ「おうちで修理して綺麗にして、また持って来てくれるんだって」

 

村人「ええ!?」

 

 

 

まあ、そうなるだろうね。

 

ここまでは納得。

 

 

せやけど、ここから歓喜の歌まで持って行くには、相当なミラクルが必要やで。

 

村人は盗品が返ってくる前から歓喜の歌を歌っとった。

 

まだグリンチが山頂におった時から…

 

 

それが「ミラクル」の原因だったんだよ。

 

山頂で盗品を崖下に捨てようとしていたことが、クリスマスの奇跡につながったんだ。

 

 

 

 

ハァ!?盗品の不法投棄が!?

 

 

村人たちの嘆き悲しむ声を聞きたいグリンチは、そりをあのままの状態で揺らしながら待っていた。

 

袋の上からは大きなクリスマスツリーが突き出ており、その先には「大きな星」がついている。

 

 

時刻はそろそろ日の出の時間…

 

山の麓の村にはまだ朝日の光が届かないけど、グリンチのいる山頂には先に朝日が当たるよね…

 

しかも、袋から突き出たツリーの先端から朝日に照らされる…

 

 

まあ、そうやな。それがどないした?

 

 

村の大人たちは、すっかり肩を落としていた。

 

一年で最も楽しみにしていた日が、最も悲しい日になってしまったんだからね…

 

 

村人A「む、村が…」

 

村人B「村が、終わる…」

 

村人C「だが命を取られたわけじゃない。またやり直せばいいじゃないか」

 

村人D「で、でもどうやって?…わからないわ」

 

 

 

どっかで聞いたセリフやな…

 

 

そんな大人たちの傍らで、なぜか子供たちは、はしゃぎ出す…

 

 

子供E「さっき見えたろ?」

 

子供F「うん」

 

シンディ・ルゥ「あ…うふふ…そう!ちょい右!」

 

子供E「そう右!」

 

子供F「そこでまっすぐ!」

 

 

 

カツレツキッカか!

 

 

ようやく大人たちは子供たちの異変に気付く…

 

 

村人D「どうしたの?三人とも」

 

子供E&F「そう、こっちこっち。大丈夫だから!」

 

シンディ・ルゥ「もうすぐ日の出なんだから!」

 

村人A「何を言ってるの?どこ?」

 

シンディ・ルゥ「いい?」

 

子供たち「よん、さん、にぃ,いち、ぜろ〜!」

 

村人たち「…ああ」

 

子供たち「わあ〜い!メリ〜クリスマ〜ス!」

 

 

 

 

ああ!ベツレヘムの星!

 

 

その通り。

 

村人たちは、高い山のてっぺんに輝く星を見て「ベツレヘムの星」だと思ったんだ。

 

グリンチのそりの上から突き出ていたクリスマスツリーの「星」に朝日が当たってキラキラ輝いているのを見て、「本当のクリスマスが来た!」って感動したんだね。

 

だから今まで以上の大きな声で歓喜の歌を歌ったんだ。

 

 

なるほど…

 

山頂の盗品の星を「ベツレヘムの星」だと勘違いして歌ったのか…

 

 

そして山頂で歌声を聞いたグリンチも勘違いしてしまう。

 

グリンチには、村人たちがなぜ歌っていたのか理解できなかったからね。

 

まさか自分が「イエス・キリストの降誕」を演出しているとは夢にも思わなかったわけだ。

 

まあ、そもそもグリンチはイエスのことを知らないんだけど(笑)

 

だけど何だか心がホッコリしてきたので、盗品と一緒に山を滑り降りた。

 

すると村人たちは「本物のサンタクロースが来た!」と、さらに大騒ぎ…

 

 

村人はグリンチを知らないの?

 

 

実は初対面なんだよね。

 

グリンチは千里眼で村人たちの様子を53年間も見てきたけど、村人たちはグリンチを初めて見たんだ。

 

初対面の上、サンタクロースの格好をしてるんだから、本物だと思っても仕方ないよね…

 

しかもシンディ・ルゥの言う通り、村じゅうのモノを「持って来て」くれた…

 

 

ああ、壮大な勘違いや…

 

しかも両者が…

 

 

そういうこと。

 

 

なんでドクター・スースは、こんな話にしたのかな?

 

どっちも勘違いでした…じゃ、何の教訓にもならないよね…

 

 

それもいいと思わない?

 

まさに「無知がもたらす予期せぬ奇跡」みたいで(笑)

 

それにこれには深い理由があるみたいなんだ。

 

ドクター・スースは、この作品について色々興味深いことを語っている。

 

それらを紐解いていくと、この物語に込められた様々な想いが浮かび上がってくるんだよ…

 

 

まだまだ長くなりそうやな。

 

 

よくわかったね。

 

次回はドクター・スースの発言を交えながら、この作品について深掘りしていこう…

 

 

ジョニー・マーサー名曲解説シリーズが途中なんだけど…

 

でも一度書き始めたら、もう止まらないんだよな、おかえもんって…

 

 

ふふふ、その通り…

 

なんぴとたりとも走り出した僕を止めることは出来ない…

 

それでは、第2話をお楽しみに。

 

 

 

 

 

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