『バートン・フィンク』徹底解剖〜エピローグ後篇〜「ヘイル、〇〇〇ー!」

  • 2018.06.03 Sunday
  • 23:12

 

 

 

 

 

 

とうとう本当の最終回だな。

 

 

終わるの寂しい?

 

何ならもっと書こうか?

 

全セリフ、全描写を解説してもいいよ。それに値する作品だから。

 

 

いや、もうええ。

 

映画『バートン・フィンク』の素晴らしさはようわかった。今回で区切りを付けて、次いこや。

 

 

そうだね。

 

未完のまま中断してるシリーズもたくさんあるし。

 

 

エピローグ前篇を未読の人は、こちらをご覧ください。

 

エピローグ前篇「大淫婦バビロン」

 

 

さて今回は、なぜコーエン兄弟がラストシーンで『猿の惑星』を引用し、「自由の女神像」を生きた女性に変え、あんなポーズを取らせたのかを考えてみよう。

 

 

あんなポーズっちゅうのは、例のポーズのことやな。

 

 

 

「なぜ」って、あれはホテルの部屋に飾ってあった写真の女の人のポーズでしょ?

 

単純に日差しが眩しいから、あんな風に手をかざしているんじゃないの?

 

 

 

「眩しいから手をかざした」がオチ?

 

そんな「夏ダカラ、コウナッタ」みたいな理由で済まされるか!

 

なんで「手かざしポーズ」を映画のフィナーレを飾るラスオチに使ったかを考えようって言うとんのや!

 

天才で変態のコーエン兄弟や、なんか意味があるに決まっとるやろ!

 

 

例えが古すぎるよ。

 

 

ここまで解説してきから十分わかっただろうけど、天才で変態のコーエン兄弟は、決して無意味なことなどしない。

 

ジョン・レノンやボブ・ディラン同様、この手の人はインタビューなどで「みんな深読みしようとするけど、特に意味はないんだ」とか言う傾向があるんだけど、そんなことは真に受けてはいけないよ。

 

天才がこういうことを答える時は「どうせ理解されずにまたオカシナことを書かれるだけだ。わかる奴にわかればいい」って思ってることが多いんだ。

 

 

確かにそうゆうこと言うアーティストいるけど、なぜあんたが気持ちを代弁する…

 

 

聞こえるんだよ、僕には…

 

本当に伝えたいことを理解されない天才たちの孤独な叫びが…

 

 

大丈夫か、この人…

 

 

なんちゃって。

 

さて、『バートン・フィンク』における「水着美女のポーズ」の意味について考えよう。

 

というか、結論を先に言っちゃおうかな…

 

あのポーズは「ナチス式敬礼」、つまり「ハイル、ヒトラー!(Heil Hitler)」ポーズのことだったんだ。

 

 

 

ええええええ〜!?

 

 

別に驚くことでもないでしょ?

 

だってチャーリーはドイチェ刑事を射殺する瞬間に「ハイル、ヒトラー」と言ったんだ。

 

 

この映画最大の特徴は、前のシーンに登場した言葉やアイテムが、後のシーンでキーワードとなってドンドン展開されていくことだったよね。

 

映画に出て来るあらゆる言葉や描写は、どこかのシーンの「何か」と必ず繋がっているんだ。

 

つまり、この「ハイル、ヒトラー」というセリフにも、対応する「何か」が存在するということになる。

 

それが「水着美女のポーズ」だったんだね。

 

 

 

でも水着美女のポーズは、腕を曲げているぞ…

 

 

あの水着美女のポーズは「ハイル、ヒトラー」の途中のポーズなんだよ。

 

「ナチス式敬礼」って、まず腕を曲げて並行に胸にあてて、そこから右上に真っ直ぐ伸ばすんだ。

 

 

これを背後から見たとすると、途中でちょうど水着美女のポーズに見える瞬間があると思わない?

 

 

 

うわあ!確かにそうかも!

 

 

それに、もしあれが腕を真っ直ぐ伸ばすポーズだったら、不自然だしバレバレでしょ?

 

この映画が「アメリカ社会における、見えないユダヤ人差別への恐怖心を抱く作家の物語」だってことが一発でバレてしまう。

 

 

なるほど…

 

そういえばコーエン兄弟は、そのものズバリの『Hail, Caesar !(邦題:ヘイル、シーザー!)』って映画も作ってたよな…

 

 

 

ヤング・ハン・ソロことオールデン・エアエンライクの演技が超笑えるよね(笑)

 

この映画も徹底解説しなきゃいけないな…

 

 

これ終わったら、次はコーエン兄弟デビュー作の『ブラッド・シンプル』でしょ!

 

 

わかってるって。

 

しかし書きたいことが山ほどあって、我ながら大変だよ。

 

『ヘイル、シーザー!』の主要な解説記事もざっと読んだけど、映画の核心部分に迫れているものは残念ながら見当たらなかった。

 

やっぱり僕が書かなきゃいけないようだ。やれやれ…

 

 

お前マジで映画解説者とそのファンを敵に回すぞ…

 

 

さて、水着美女のポーズが「ナチス式敬礼」である証拠は、他にもある。

 

コーエン兄弟が映画のラストシーンをわざわざ『猿の惑星』と同じ場所にしたのも、そのためなんだ。

 

 

ハァ!?

 

 

だって「自由の女神像」と「ナチス式敬礼」って、よく似てるでしょ?

 

どちらも直立不動で右腕を真っ直ぐ高く掲げる。

 

 

 

 

確かにそうだけど…

 

 

水着美女のポーズをナチス式敬礼の「途中のもの」にして、ちょっとわかりづらくなった分、映画の最後にオマケとして『猿の惑星』のラストシーンを引用したんだよ。

 

あそこで観客に「自由の女神像」を想起させれば、水着美女のポーズが「何を意味していた」のか気付くからね。

 

ただ実際は、それでも気付く人がほとんどいなかったようなんだけど…

 

 

 

ああ、そうゆうことか…

 

バートンが水着美女に「君、映画に出てた?」って聞いたんは、『猿の惑星』のことやったんか…

 

 

だから彼女は「Don't be silly(冗談はやめて)」って答えたんだよね。

 

バートンの質問は「君は自由の女神?」ってことだから。

 

 

なるほど…

 

 

そして最後に、カモメかカツオドリみたいな海鳥が、魚をとるために海へ真っ逆さまに飛び込む。

 

 

これは福音書の最後の部分、復活したイエスが弟子たちの前で「魚」を食べてみせることの引用だね。

 

『ルカによる福音書』最終章には、こう記されてる。

 

24:41 彼らは喜びのあまり、まだ信じられないで不思議に思っていると、イエスが「ここに何か食物があるか」と言われた。

24:42 彼らが焼いた魚の一きれをさしあげると、

24:43 イエスはそれを取って、みんなの前で食べられた。

 

また「水に入る」というのは「バプテスマ(洗礼)」のイメージでもある。

 

福音書マタイとマルコのラストは「バプテスマの勧め」で締め括られるんだ。

 

28:19 それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、28:20 あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」

 

 

なるほど…

 

映画に「魚」と「バプテスマ」が出て来なかったから、最後の最後に帳尻合わせをしたわけか…

 

なんて律儀なんだ、コーエン兄弟は…

 

 

天才というか変態ってやつは、細かいところまで異常にこだわるんだ。ある意味「どうでもいい」ところで完璧主義なんだよね。

 

そして映画は、荒々しい波の音と共にフェイドアウトする。

 

ちなみに、この映画では「荒々しい波の音」と「タイプライターのキーを叩き打つ音」がシーンの移り変わり場面で象徴的に使われた。

 

これにも重要な意味があったんだ。わかるかな?

 

 

そんなところにも意味が?

 

ぜんぜんわかりませ〜ん!

 

 

僕も脚本を読んで気付いたんだけど、どちらも「pound」と書かれているんだよね。「pound」という単語は「叩きつける・強く連打する」って意味だから。

 

例の「波しぶきをあげる岩」のところでは「The surf pounds」と書かれていた。脚本の最後の言葉もこれだった。「荒々しく打ち付ける波」って意味だね。

 

そして今回辞書で調べて初めて知ったんだけど、「pound」って単語には「強制収容所」って意味もあったんだ。

 

だから映画のラストが、水着美女の「ナチス式敬礼」と「pound」の音でフェードアウトしたわけなんだよ。

 

やっぱりバートン・フィンクの「悪夢」なんだね。

 

 

うわあ…

 

そうだったのか…

 

 

まったく最後まで油断も隙もないよね、コーエン兄弟は。

 

というわけで、『バートン・フィンク』の解説は、これでおしまい。

 

次回からはいよいよ兄弟のデビュー作『ブラッド・シンプル』を解説するよ。

 

 

お手柔らかに、というか手短にお願いします…

 

 

そうだね。他にも書かなきゃいけないことが山積みだからね。

 

サクッと行くよ、サクッと。

 

 

いつもそんな感じで始まるんだけどな…

 

だけど気がつくと30話とか60話とかになってる…

 

 

まあそこが僕の映画解説の醍醐味だ。

 

手っ取り早く「正解」を求めてばかりの現代社会へのアンチテーゼという意味も込められていて…

 

 

ウザい。

 

 

なんだよ君たち、失礼しちゃうなァ。

 

それでは皆さん、『バートン・フィンク』徹底解説にお付き合いくださいまして、まことにありがとうございました。

 

『ブラッド・シンプル』編で、またお会いしましょう。

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

『バートン・フィンク』徹底解剖〜エピローグ前篇〜「大淫婦バビロン」

  • 2018.06.01 Friday
  • 23:09

 

 

 

 


 

前回の「Qの証明」は面白かったな。

 

さあ♪かき鳴らせ♪証明の歌〜♬

 

第30回「BARTON FIN”Q”」

 

 

よう発見したわ、マジで。

 

なにげに映画解説史に名を残すんとちゃうか、このシリーズ。

 

 

『Q資料』で全てのピースが収まったよね。

 

最初っからバートンは、ゴーストライターになる運命だったんだ。『Q資料』の作者みたいに…

 

 

人類史上最も有名な聖典に、あんな隠された経緯があったなんて驚いたな!

 

 

そこ重要だよ。

 

コーエン兄弟は、エピローグに「そのネタ」を引用した。

 

 

へ?

 

 

では、この解説シリーズもエピローグと行こうか。

 

フィナーレも高らかに「証明の歌」をかき鳴らすぞ!

 

 

 

待ってました!ガンガン行くぞ!

 

 

リプニックの社長室シーンは、波の音でフェードアウトしてゆく。

 

そして例の「荒波と岩」が映し出される…

 

 

 

これは「つまづきの岩」ことイエスであり、ローマにて「教会の礎」となった使徒ペテロの象徴やったな。

 

 

なんでキリスト教って、重要なものが「岩」に喩えられるんだろうね。

 

 

もとになったユダヤ教が「岩」を神聖視していたからだよ。

 

アブラハムが息子イサクを神に捧げようとした「岩」の上に、ダビデは十戒の入った「アーク(聖櫃、契約の箱)」を置き、ソロモンは「エルサレム神殿」を建てた。

 

現在はその「岩」の上に「岩のドーム」が建てられている。

 

建てたのはイスラム教徒なんだけどね。イスラムの開祖ムハンマドは、大天使ガブリエルに導かれ、この岩の上から昇天して宇宙へと旅立ったんだ。

 

 

ああ、そうだった!

 

カズオ・イシグロの『日の名残り』徹底解剖で解説したよね!

 

執事スティーブンスの旅の目的地「コーンウォール」とは、壁で有名な「エルサレム旧市街地」のことであり、中心に踊り場がある回廊状の建物「ローズガーデン・ホテル」とは、「神殿の丘」に建つ「岩のドーム」のことだったんだ…

 

 

 

あのシーンで使われた名曲『ブルー・ムーン』で、月の色が「青から金に変わる」のも、2つのドームの屋根の色のことやった…

 

しかし中断したままのカズオ・イシグロ解説シリーズも、早よ引っ越し&再開させなあかんな…

 

カズオ・イシグロ『日の名残り』徹底解剖:第7話「MOON」

 

 

noteからこっちへ引っ越しさせたいのは山々なんだけど、書きたいことが山ほどあって忙しいんだよね…

 

 

さて、映画『バートン・フィンク』では、この「激しく波に洗われる岩」が、最初と最後に象徴的に登場するよね。

 

まず最初は舞台がNYからLAに移る時。

 

ホテルのバーで話し込むバートンとガーランド氏の背後に「アーク」が映し出され、そこから突然「岩」のアップに変わる。

 

これはダビデがアークを「聖なる岩」の上に置いたことの引用だ。

 

 

 

なるほど!だからあんな風な「つなぎ」になっていたのか!

 

 

そして最後の場面に移るシーン。

 

リプニック社長のオフィスでのやりとりの後に「岩」がアップで映し出される。

 

バートンはリプニックに「所有物」扱いされ、これからずっと「飼い殺し」にすると伝えられた。

 

これはアブラハムとイサクの「父子関係」の引用だね。

 

そしてあの「岩」が映し出される。アブラハムが息子イサクを捧げた「岩」というわけだ。

 

 

 

ちなみに、バートンの「もふもふ」した髪型は、この羊のイメージだったんだよね。きっと。

 

 

 

うひゃあ…

 

髪型はともかく、あの「岩」にここまで深い意味が込められていたとは…

 

 

実はこの岩、映画の世界では「超有名な岩」なんだ。

 

誰でも知ってる「超有名作品のラストシーンに登場する岩」なんだよね。

 

わかるかな?

 

 

あの岩が超有名作品のラストシーンに出てくる岩!?

 

マジで!?全然見当もつかない!

 

 

この岩なんだよね。

 

 

 

さ、さ、猿の惑星!?

 

 

あの岩は、チャールトン・ヘストン演じる主人公が、最後にひざまずいて嘆き悲しむ場所にあった岩なんだよ。

 

 

だけど哀しいかな、みんな「自由の女神」にばかり気を取られてしまい、この重要な意味をもつ「岩」の存在を見落としてしまっている…

 

だからコーエン兄弟は、この岩をフューチャーしたんだと思う。

 

 

普通あんな「たまたま映り込んだ岩」に注目しないでしょ…

 

 

映画制作者を甘く見ないでくれるかな!

 

 

ど、どうしたんだ?

 

急に熱くなって…

 

 

ごめんごめん、つい声を荒げてしまった…

 

映画に込めた意図を読み取ってもらえない映画制作者の心境に感情移入し過ぎてしまったな…

 

 

映画に込めた意図?

 

まさか、あの岩は…

 

 

その「まさか」だ。

 

あの岩は、エルサレムの神殿の丘にある「聖なる岩」なんだよね。

 

 

ま、マジですか!?

 

 

そんなに驚くことかな?

 

だって『猿の惑星』って、そういう話だったでしょ?

 

長い宇宙の旅の途中で偶然不時着した星が、実は未来の地球だったって話だよね?

 

 

でも、よくよく考えるとマヌケな話だよね。

 

地球と全く同じ大気と自然環境で、喋る猿以外は生態系も丸っきり地球と同じなのに、なんで最初に気付かないんだろう?

 

いくら宇宙は広いと言っても、そんな都合の良過ぎる星があるわけないのに(笑)

 

 

そうゆうこと言うたらアカン…

 

半世紀前の人類は、今より何倍も素朴で素直やったんや…

 

 

「未来の地球」とは「核戦争後の地球」だった。

 

米ソの核戦争で文明社会が破壊され、わずかに残った人類は「退化」というか「先祖返り」してしまい、石器時代みたいなレベルになってしまったんだ。

 

そして、かつての人類の遺産は、すべて砂に埋もれてしまっていた。

 

その象徴があの「砂に埋もれた自由の女神像」なんだけど、それ以上に重要なものが「波に洗われる聖なる岩」だったんだよ…

 

人類にとって「最も重要な岩」ともいえる「エルサレムの聖なる岩」が砂に埋もれてて、その前で「過去を知る人類」の主人公がひざまずいて嘆き悲しむって、とっても深いでしょ?

 

 

 

確かに…

 

 

あそこでチャールトン・ヘストンが「Oh my God!」とか「Goddamn!」とか叫ぶのは、ある意味ジョークだよね。「聖なる岩」の前で言ってるわけだから。

 

これをコーエン兄弟は『バートン・フィンク』で多用した。

 

映画全体が聖書のパロディだということを知らせるために、登場人物たちは「God」とか「Jesus」とか「Goddamn」をこれ見よがしに連発する。

 

 

まさか嘆き悲しむチャールトン・ヘストンの影響だったとは…

 

 

そして『猿の惑星』では「猿の聖典」も重要な意味をもっていた。

 

「猿の聖典」は絶対視され、その矛盾を指摘したりルーツを疑問視する者は、異端裁判にかけられていたよね。

 

実は猿の支配者層によって人類史が隠蔽されていて、「猿の聖典」の元ネタ「新旧訳聖書」の存在も隠されていたんだけどね…

 

つまり人類の書いた『聖書』が、「猿の聖典」にとって『Q資料』になっていたというわけだ。

 

 

なるほど!なんか繋がったぞ!

 

 

繋がるのは「波に洗われる岩」だけじゃないよ。

 

突如姿を現す「自由の女神」も共通している。

 

 

『バートン・フィンク』に「自由の女神」なんて出て来たか?

 

 

出て来たじゃないか。まったく同じ場所に…

 

 

 

ええええええ〜!?

 

同じ場所なの?

 

 

そう、同じ場所なんだ。

 

あの水着の美女は『猿の惑星』で「自由の女神像」が埋まっていた場所のほうから歩いて来たんだよ。

 

あそこよりもうちょっと先に行ったところに「自由の女神像」が埋まっていたんだね。よく見ると、岩の位置や形が一緒なんだ。

 

しかも彼女って「自由の女神像」によく似てる…

 

 

うわあ!

 

ちょっとキリっとした感じの彼女が選ばれたのは、自由の女神を想起させるためだったんだ!

 

 

だね。

 

『猿の惑星』も『バートン・フィンク』も「聖書」が元ネタだから、ラストシーンに「女神」が登場したんだよ。

 

 

ハァ!?

 

聖書のラストに女神なんて出て来ないだろ!

 

 

出て来るよ。

 

『新約聖書』のラストを飾る『ヨハネの黙示録』には「大淫婦バビロン」という悪の女神が登場する。

 

ユダヤ人を「バビロン捕囚」で拉致したバビロニアが擬人化されたキャラだ。

 

「大淫婦バビロン」は、人々を金の亡者にさせ、肉欲と酒の虜にし、地上の王たちを堕落させ、世界を滅ぼそうとするんだ。

 

《Whore of Babylon》1534年のルター聖書より

 

でも最後は、小羊と天使の軍勢に敗れ去る。

 

そして神の国の到来が告げられ、聖書はハッピーエンドで終わる。

 

 

『バートン・フィンク』の「水着のねえちゃん」はひょっとしたら大淫婦かもしれんけど、『猿の惑星』の「自由の女神」は、どう考えても大淫婦ちゃうやろ…

 

 

いや、あれは「大淫婦バビロン」なんだよ。

 

『猿の惑星』制作陣は、「自由の女神」を「大淫婦バビロン」に喩えてるんだ。

 

 

ええ!?どゆこと!?

 

 

『猿の惑星』における人類は、愚かにも核戦争によって文明を自らの手で破壊してしまったんだ。その戦争を主導したのがソ連でありアメリカだったんだよね。

 

『猿の惑星』が作られた当時、ベトナム戦争は泥沼状態だった。そしてベトナム以外でもアメリカは軍事活動を行っていた。中東や中南米での度重なる紛争は、勢力圏を争う米ソの代理戦争さながらだったんだ。

 

アメリカは「世界に自由を与える」と言いながら「世界に戦争を輸出している」ようなものだった。

 

肥え太るのは軍事産業と一部の金融機関と特権階級だけ。貧富の差は拡大し、大都市はスラムと化していた。

 

そしてそれに反抗する若者たちも、平和を唱えながらセックス・ドラッグ・ロックンロールに狂っていた。

 

『猿の惑星』制作陣は、そんな当時のアメリカを「大淫婦バビロン」に喩えたんだろう。

 

このまま行けば国家は行き詰まり、いずれヤケクソ的に核戦争を引き起こし、世界を本当に破滅させてしまうかもしれない…とね。

 

 

なるほど…

 

 

だから『猿の惑星』には、『ヨハネの黙示録』を彷彿とさせる場面が多いんだ。

 

特に第17章8節は『猿の惑星』のコンセプトを端的に表している。たぶんここから物語を膨らませたんじゃないかな…

 

17:8 あなたの見た獣は、昔はいたが、今はおらず、そして、やがて底知れぬ所から上ってきて、ついには滅びに至るものである。地に住む者のうち、世の初めからいのちの書に名をしるされていない者たちは、この獣が、昔はいたが今はおらず、やがて来るのを見て、驚きあやしむであろう。

 

 

これって、猿から見た人間のことでもあり、人間から見た猿のことでもあるよね…

 

 

「世のはじめ」から記録されとる「いのちの書」っちゅうのが、『猿の聖典』であり『聖書』のことか…

 

 

そしてこの「獣」とは「大淫婦バビロン」つまり「自由の女神像」のことでもある。

 

第17章8節に、主人公テイラー大佐と「自由の女神」の名前を当てはめてみると…

 

17:8 あなた(テイラー大佐)の見た獣(自由の女神像)は、昔はいたが、今はおらず、そして、やがて底知れぬ所から上ってきて、ついには滅びに至るものである。地に住む者のうち、世の初めからいのちの書(猿の聖典)に名をしるされていない者(テイラー大佐)たちは、この獣(自由の女神像)が、昔はいたが今はおらず、やがて来るのを見て、驚きあやしむであろう。

 

 

さぶいぼ立った!

 

 

「自由の女神」が「大淫婦バビロン」である証拠は、まだあるよ。

 

大淫婦は水辺が好きらしい(笑)

 

17:1 それから、七つの鉢を持つ七人の御使のひとりがきて、わたしに語って言った、「さあ、きなさい。多くの水の上にすわっている大淫婦に対するさばきを、見せよう。

 

そして、こんなのもある…

17:4 この女は紫と赤の衣をまとい、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものと自分の姦淫の汚れとで満ちている金の杯を手に持ち、

 

 

金の杯を手に持つって…

 

 

これだね。

 

 

 

せやけど「自由の女神」は全身グリーンやで!

 

「紫と赤」の衣は着とらんやろ!

 

 

「青と赤」の旗なら持ってたんだけどね…

 

ちょっと紫っぽく見えない?

 

 

 

そう来たか…

 

 

こういう「惜しい」やつもあるよ。

 

17:3 御使は、わたしを御霊に感じたまま、荒野へ連れて行った。わたしは、そこでひとりの女が赤い獣に乗っているのを見た。その獣は神を汚すかずかずの名でおおわれ、また、それに七つの頭と十の角とがあった。

 

「七つの角」だったら完璧だったのにな。

 

 

 

角が7本でよかった!

 

あやうくガチでリアルに「大淫婦バビロン」になるとこだったじゃんか…

 

 

ね、面白いでしょ?

 

だから『バートン・フィンク』でも「自由の女神登場シーン」の直前に『ヨハネの黙示録』を引用した会話が交わされ、世界大戦の始まりが告げられ、リプニックは「大佐」になっていたんだ。

 

コーエン兄弟は『猿の惑星』が『聖書』、特に『ヨハネの黙示録』を元ネタにしたものであることに当然気付いていた。

 

だから同じ構造の作品である『バートン・フィンク』のエピローグシーンに、あのシーンを持ってきたわけだ。

 

 

そうゆうことだったのか…

 

最後の最後まで気を抜けない映画だな…

 

 

だよね。

 

というわけで、エピローグシーンの続きは次回の後編で。

 

コーエン兄弟が仕掛けた最後の謎を読み解きながら、この作品を総括してみよう。

 

 

まだ秘密があるんか!?

 

どんだけ変態なんやコーエン兄弟は!

 

 

カズオ・イシグロの短編集『夜想曲集』の第3話『モールバンヒルズ』に登場する老夫婦にも繋がる重要な「秘密」だよ。お楽しみに。

 

ではお別れは、この曲で…

 

僕の大好きなレナード・コーエンの『In My Secret Life』。4番の歌詞が、何とも言えないんだ。

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖30(最終回)「BARTON FIN”Q”」

  • 2018.05.31 Thursday
  • 11:57

 

 

 

 

 

 

 

 

やっほ〜!やっと最終回だ!

 

 

「やっと」は可哀想やろ。

 

せめて「とうとう」とか「ついに」にしとけ。

 

 

前回を未読の人は、まずコチラからどうぞ…

 

第29話「The Life of the Mind」

 

 

『ウエストワールド』を引き合いに出しての解説は面白かったよ。

 

 

ドイツ語のアナグラムもな。

 

オッサン、何気に教養や洞察力があるのに、こんなアホなもん書いとるから損しとるんとちゃうか?

 

 

僕って「照れ屋さん」だから、まじめなこと書こうとしても、ついついこうなっちゃうんだよね。

 

 

オッサンもうすぐ46やろ。ええ加減、年相応になれや。

 

 

ヒュルル、ヒュルル、あはは〜

 

 

どうしたの?

 

おかえもん、大丈夫?

 

 

大丈夫や。心配とか同情とか、せんでええ。

 

おそらくこれが言いたかったんやろ…

 

 

 

お世話...サマー...

 

寒い...

 

 

さて、炎の中でのチャーリーとの会話が終わると、シーンは「キャピトル・ピクチャーズ」のオフィスに移る。

 

バートンはニューヨークの家族に長距離電話をかけていた。

 

連続殺人鬼チャーリーが、去り際に「NYでお前の家族に会ってきたぞ。いい人たちだった…」と言い残したもんで、気になったんだね。

 

そして案の定、電話は通じなかった。交換手は「回線が繋がりません」と繰り返し、バートンは不安を募らす…

 

 

 

あれ?この構図…

 

 

最初の舞台裏シーンと同じやんけ!

 

台本を握りしめてヤキモキするバートン、後ろで新聞読んでサボってる爺さん…

 

 

 

そして壁に飾られている映画のポスターが、芝居『魚売り』のラストシーンを表しているものなんだよね。

 

映画『バートン・フィンク』のLAシーンでは、いくつも「映画ポスター」が映るんだけど、すべて「聖書のどこかの場面」を描いたものなんだ。

 

 

これでもかと《三人の足》が強調されたポスターもあったもんな。

 

まさに「志村!うしろ、うしろ〜!」状態(笑)

 

 

 

伯父の家に身を寄せているバートンの両親「モーリスとリリアン」とは、旧約聖書の登場人物「モーセとミリアム」のことだった。

 

だからチャーリーは彼らを「old folks」と呼んだんだね。

 

映画の中でいつもW.P.メイヒューが口ずさんでいた『OLD BLACK JOE』もそうだったけど、聖書の登場人物を「old folks」と表現することってよくあるんだ。特に黒人霊歌を元ネタにした歌には頻出する。

 

バートンが書き上げた「新約聖書」とは、イエスが「ヘブライ聖書」に出てくる預言者たちの預言を全て成就させたということを伝えるもの。つまりイエスによって「神との旧約」が刷新されたと宣言するものなんだね。

 

だから「モーリスとリリアン」は消えちゃったんだ。

 

 

ホント細部まで徹底してるな…

 

コーエン兄弟、まじ卍。

 

 

 

さて、バートンはリプニックの待つ社長室に通される。

 

 

 

なんでルーがいるんだ!?

 

あの時クビになったはずなのに!

 

 

 

だって「リプニック邸のプールサイド」シーンは、バートンの妄想だから。

 

本当に行ったのかもしれないけど、途中からの会話は完全にバートンの妄想だ。

 

だってリプニックが「俺たちユダヤ人の先祖は、かつて幼な子イエスに大切なことを教えられた」とか言っちゃってたからね(笑)

 

 

そうだった…

 

観客はバートンの妄想癖に振り回されっぱなしだな…

 

 

変態のコーエン兄弟だからね。彼らは単純な物語なんて書かないよ。

 

 

さて、リプニックはなぜか軍人の制服を着ていた。

 

日本による真珠湾攻撃によってアメリカが枢軸国と交戦状態に入ったから、軍に志願したというんだね。業界の「お偉いさん」だから実際に戦場に行くわけではなく、形だけの「名誉大佐」みたいな感じだけど。

 

 

 

ちなみに、ハリウッドから従軍して、実際に前線に立ち、最も華々しい戦果をあげ、最も高い階級まで昇進したのは、『スミス都へ行く』『素晴らしき哉、人生!』『めまい』『裏窓』などで知られる大スター「ジェームズ・スチュワート」やったな。

 

退役する時は准将まで行った。詳しくはこっちに書いてあるで。

 

「名優ジェームズ・スチュワート没後20周年スペシャル」

 

 

この時リプニックは日本のことを「ジャップ」と呼んで罵倒する。

 

「このまま黄色い連中の好きにはさせん!叩きのめしてやる!」と吐き捨てるんだね。

 

なぜコーエン兄弟が、こんなことをリプニックに言わせたか、わかるかな?

 

 

う〜ん…

 

映画が制作された1990年前後、バブル景気に浮かれていた日本は、海外の人から「日本は世界を買い占めようとしてる」と恐怖心を抱かれ、世界中の嫌われ者だったから?

 

 

まあそれも無いとは言い切れないけど、これも「新約聖書」の引用なんだ。

 

『ヨハネの黙示録』には、こんなことが書かれている。

 

11:2 聖所の外の庭はそのままにしておきなさい。それを測ってはならない。そこは異邦人に与えられた所だから。彼らは、四十二か月の間この聖なる都を踏みにじるであろう。

13:5この獣には、また、大言を吐き汚しごとを語る口が与えられ、四十二か月のあいだ活動する権威が与えられた。

 

 

マナーの悪い「異邦人や獣」が日本ってこと?

 

しかしやたらと「四十二か月」にこだわるね。

 

 

「42」はイエス・キリストの数字であり、「万物の究極の答え」やったさかいな。

 

 

そして大日本帝国が連合国と激しい戦いを繰り広げたのも「四十二か月」だったんだよね…

 

1941年の12月の真珠湾奇襲に始まり、1945年6月の沖縄陥落までが、ほぼ「四十二か月」なんだ…

 

 

うわあ!

 

 

西洋人、特にアメリカ人って「現実世界の出来事」と「聖書に書かれていること」が一致するとエクスタシーを覚える傾向があるんだ。

 

ドナルド・トランプはそれを巧く使って選挙戦を勝ち抜いたんだよね。

 

彼のファッションや言動には、聖書の記述と一致するようなものが巧みに散りばめられている。だから多くのアメリカ人が、彼を「救世主」のように思ったんだ。

 

だけど聖書に馴染みのない日本人には、なぜアメリカ人があそこまで熱狂的にトランプを支持したのか理解できなかった。

 

僕ら日本人からすると悪趣味の代名詞みたいな金ピカのスイートルームも、聖書がDNAに沁み込んでる人にとっては「神の国のエルサレム神殿」に見えるんだよ。

 

 

そうだったのか…

 

 

さて映画に戻ろうか。

 

リプニックは、ありとあらゆる表現で、バートンと脚本『THE BURLYMAN(偉大な男)』を罵倒する。

 

自宅のプールサイドでバートンの足に口付けした時とは、まるで別人のように…

 

まあ、別人なんだけど(笑)

 

 

けちょんけちょんやったな。要約すると、こんなんやった…

 

 

「観客は激しい暴力描写を求めてるんや!なんやねん、このカマっぽい話は!気色悪い詩とか要らんっちゅうねん!何考えとんのや、このボケ!」

 

 

聞いとったバートンは呆然自失状態や。

 

 

 

新約聖書と違って旧約聖書は暴力シーン満載だからね。数千数万単位で人が虐殺されまくる。

 

かたや新約聖書は「愛」の物語だ。

 

暴力に対しても旧約時代みたいに報復はしない。憎しみも全て「愛」の名のもとに受け入れるんだ。

 

リプニックはそれを「カマっぽい」と言ったんだよ。

 

しかも新約聖書の冒頭を飾る『マタイによる福音書』は、旧約聖書から詩がたくさん引用されている。暴力描写は転用せず、美しい詩を引用してるんだね。イエスはダビデの『詩篇』を成就させるのは自分だと語っていた。

 

 

なるほどな。

 

旧約聖書では、ヤコブの前に天使が現れたら速攻レスリングが始まったけど…

 

ルロワール《天使とヤコブの闘い》

 

新約の天使はイエスを優しくハグした。

 

ブロッホ《ゲッセマネの祈り》

 

 

そんでもってバートンも、大天使ガブリエルことオードリーに、後頭部をホールドされて抱き寄せられた(笑)

 

 

第19回「天使の誘惑」より

 

 

いいねえ。これまでの話が回想されて、実に最終回っぽい。

 

さて、リプニックの罵倒はまだまだ続く。こんなことまで言ってたよね…

 

 

「バートン、よく聴け!お前の頭の中のものは永遠にキャピトル・ピクチャーズのものだ!そしてお前の書いたものは、お前の名のもとに映画化されることはない!」

 

 

 

ひどいよな。

 

「お前は一生ゴーストライターだ!」って言ってるよ。

 

 

ここで映画最大の秘密が「タネ明かし」されたんだよね。

 

バートンが書いたシナリオ『THE BURLYMAN』が何なのか、ついに明らかにされたんだ。

 

 

なぬ!?どゆこと?

 

 

『THE BURLYMAN』とは「Q source」のことだったんだ。

 

そして「キャピトル・ピクチャーズ」とは「バチカン法王庁」のことだったんだね。

 

 

 

 

Qソース?

 

バーベキューソースか何かですか?

 

 

そっちのソースじゃなくて、「資料・元ネタ」のソース。

 

存在が指摘されている「幻の書」だよ。

 

『マタイによる福音書』と『ルカによる福音書』の執筆の際に、両福音書に共通の「元ネタ」となったと考えられる「イエスの語録集」が『Q資料』なんだ。

 

 

そんなものがあったのか!?

 

 

あくまで仮説だけどね。発見はされていないから。

 

ただ「Q資料が存在した」と考えると、さまざまな矛盾が説明できるんだ。

 

 

矛盾?

 

 

 

簡単に新約聖書の歴史を説明しなきゃならないな…

 

知っての通り、新約聖書には『四福音書』というものがある。それぞれ内容が微妙に異なっている《マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ》の4つだ。

 

従来カトリック教会は、『マタイ』が最初に書かれて、それを参考にして他の福音書が書かれたとしてきた。

 

長さが短くて、ほとんど内容が共通している『マルコ』に至っては、『マタイ』のダイジェスト版だと考えられていたんだね。

 

福音書間でイエスの言動に異なる描写があるけど、教会は『マタイ』だけを特別視して、最高の権威を与えてきた。

 

だから新約聖書の一番最初に『マタイ』が置かれているんだ。

 

 

そんな歴史があったんだ…

 

 

これに「違うんじゃないの?」と異を唱える者は《異端》とされ、容赦なく破門されてきた。

 

だけど宗教改革が起こり、聖書もきちんと学術的に検証すべきだという考えが徐々に広まっていく。

 

19世紀になると、科学的・論理的視点でものごとを考えることが当然だとされ、聖書もその対象となり《高等批評》が盛んになる。

 

それまで教会によって絶対視されていた福音書が解体され、様々な角度から分析された結果、どうも「マタイがオリジナル」とするのには無理があるという結論に至った。

 

むしろ《ダイジェスト版》とされていた『マルコ』が先だと考えるほうが、多くの矛盾を説明できることが発見されたんだね。

 

 

わお!

 

 

だけど、それには《ある存在》が欠けていた。

 

『マルコ』だけでは他の福音書の共通点が説明しきれなかったんだよ…

 

そこで想定されたのが、失われた語録集『Q資料』だ。

 

「他の福音書の執筆者は『マルコ』と『Q資料』をもとに福音書を書き上げた」と考えると、ほとんどの矛盾が解消できることがわかったんだね。

 

 

 

 

おお〜!Q資料すげえ!

 

 

もちろんバチカンはQ資料説を異端と考え否定した。だけど時代の流れには逆らえない。

 

「四福音書の執筆者はマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ本人であり、記述の内容は一言一句絶対である。それを疑問視することは許されない」とする姿勢は、近代社会に生きる人たちの感覚から大きく乖離してしまった。

 

そしてついに20世紀中頃から、カトリック教会も聖書研究や高等批評を認めるようになる…

 

 

なるほどな…

 

作者の名前が不明の『Q資料』が、福音書のもとになっとるっちゅうわけか…

 

 

そしてバートンの書いた脚本も、別の人の名義になって映画化される…

 

たくさんの人がバートンの書いた物語を目にするのに、誰もバートンの名前を耳にすることはない…

 

 

そうゆうこと。

 

これが映画『バートン・フィンク』のオチなわけだ。

 

僕はずっと「あるシーン」を疑問に思っていたんだけど、これで謎が解けた…

 

 

あるシーン?

 

 

蚊に刺されまくった顔でバートンが、映画プロデューサーのガイズラーのオフィスを訪ねるシーンだよ。

 

あそこでガイズラーはLAの「蚊」について、ジェスチャー付きでわざとらしく説明するんだよね。

 

「Q」のところを強調した発音で…

 

 

それからW.P.メイヒューのことを何度も「souse!(酔っ払い)」と吐き捨てる。

 

 

 

あったな、そんな場面が。

 

確かに意味不明やったけど…

 

 

これって『Q source(Q資料)』のことだったんだよ。

 

「souse(酔っ払い)」と「source(資料)」の駄洒落だったんだね。どっちも「ソース」って聞こえるから。

 

だからガイズラーは「Great souse!」とも言ったんだ。福音書の元ネタになった「偉大な資料」だからね。

 

そして「mosQuito」と連呼してたのも「Q」のためだったんだな(笑)

 

 

うわあ…

 

つまり映画『バートン・フィンク』における「蚊」とは…

 

ベツレヘムの星だけじゃなくて…

 

『Q資料』の「Q」のためにも存在していたということか…

 

 

 

実に鮮やかな手口だよ、コーエン兄弟は。

 

これを見破ったのは、世界でも僕が初めてじゃないかな?

 

 

マジかよ〜

 

 

予想外のオチだったな。

 

僕も第30話目でようやく気が付いた。ダラダラ書いてみるもんだね。

 

 

じゃあ、最後の海辺のシーンは?

 

あっちがオチじゃないの?

 

 

あれはオチというよりオマケだ。

 

ほら、エンドロールの後に短いオマケ映像がついている映画がよくあるでしょ?

 

あの海辺シーンは、あれみたいなもんだね。

 

あってもなくても本筋には全く影響はない。

 

 

そうなん!?

 

 

だけど非常に面白いシーンだよね。

 

さすがコーエン兄弟、短い時間の中に、かなり手の込んだ仕掛けを施しているんだ。

 

ちょっといろいろ考えをまとめたいから、次回にエピローグとして書くとしようか。

 

 

やっぱりそうきたか…

 

ただでは終わるわけないと思っていたけど…

 

 

最後はこの曲でお別れにしよう。

 

さあ次回はいよいよ締め括り、映画『バートン・フィンク』の総括だ!

 

さあ、かき鳴らせ、証明の歌!

 

 

椎名もた feat.鏡音リン『Q』

 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖29「The Life of the Mind」

  • 2018.05.30 Wednesday
  • 00:02

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、前回は「USOダンスパーティー」の解説だったね。あれは面白かった。

 

 

未読の方はコチラ!

 

第28回「Apocalypse USO」

 

 

さあ、いよいよ「炎の中年男チャーリー」の登場やな!

 

 

 

それ違うでしょ(笑)

 

こっち。

 

 

 

大乱闘となった「USOダンスパーティー」を脱出したバートンは、ホテルの自室へ戻るために6階の廊下を歩いていた。

 

すると誰もいないはずの部屋のドアが開いていて、中から男の声が聞こえてくる。

 

バートンのシナリオ『THE BURLYMAN』を朗読しているマストリオノッティ刑事の声だ。

 

 

 

父:奴は今朝「やらねばならぬ仕事がある」と言って行っちまった。イカれた目をしてな…

 

母:あの子はこの先どうなってしまうのかしら?

 

父:馬鹿は死んでも直らんもんさ。どこに行くのかは知らんが、いずれ便りくらいは届くだろう。ポストカードじゃなくてな…

 

FADE OUT...THE END...

 

 

 

NYでの芝居『魚売り』と、LAでの脚本『THE BURLYMAN』両方の〆の言葉になってる「ポストカードじゃない」って、どうゆう意味なんだ?

 

 

放蕩息子の消息を「本人からの手紙」じゃなくて「風の便り・伝聞」で聞くってことだよ。

 

そしてこれは『マルコによる福音書』のラストのパロディになってるんだ。

 

イエスの教えと伝道生活を「本人の手紙」じゃなくて「福音」で聞くってことだね。

 

16:15 そして彼らに言われた「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ」

16:20 弟子たちは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主も彼らと共に働き、御言に伴うしるしをもって、その確かなことをお示しになった。

 

ちなみにレスリング映画『THE BURLYMAN』の冒頭も、『マルコによる福音書』の冒頭のパロディなんだよ。

 

早朝のロウアー・イースト・サイドに響く「魚売り」の声とは、洗礼者ヨハネの叫び声のことだったんだ。

 

1:3 荒野で呼ばわる者の声がする、『主の道を備えよ、その道筋をまっすぐにせよ』」と書いてあるように、

1:4 バプテスマのヨハネが荒野に現れて、罪のゆるしを得させる悔改めのバプテスマを宣べ伝えていた。

 

 

なるほど!

 

 

バートンは部屋に入って立ちつくす。

 

2人の刑事マストリオノッティとドイチェはこう切り出した…

 

 

マ刑事「なんだこれ?お前、自分を作家だとか言ってたよな?」

 

ド刑事「俺は割と好きだぜ」

 

バ「その穢れた目で僕の原稿を汚すな!」

 

 

 

 

バートン、よく言ったな!

 

ちなみにこの構図は、イエスの埋葬室を訪れた「マグダラのマリア」と、埋葬室の中にいた二人の天使だったね。

 

 

 

その通り。

 

ちなみにバートンにとって、この二人の刑事はファシストとナチスの投影だ。ユダヤ人のバートンにとって憎悪の対象だった。

 

現実世界でバートンは差別されることもあったから、妄想の中で鬱憤を晴らしているんだよ。この当時はアメリカでも「反ユダヤ感情」が根強かったからね。

 

1941年12月にアメリカが参戦するまでは、ドイツ系イタリア系の米国人を中心に「親ナチス・ファシスト」の団体が結成され、公然と「反ユダヤ」が叫ばれていたんだ。

 

のちに「赤狩り」で有名になる「下院非米活動委員会」は、もともと米国内の「親ナチス・ファシスト団体」を取り締まるために活動していたことは前に紹介したよね。

 

委員会が「反共一色」になるのは、米ソの対立が明確になる戦争末期からなんだよ。それまでは、ソ連は同盟国だから表立って「反共」を叫べなかった…

 

 

せやさかいカール・ムント議員が提出した「ムント・ニクソン法案」は否決されたんやな。

 

ソ連の手前、アメリカ共産党を非合法にはできへんから、せめて党員の情報を国で管理させようっちゅう法律やったけど、それもアカンかった。

 

詳しくは第27回に書いてあるで。

 

 

第27回「カール・ムント」

 

 

『サバービコン 仮面を被った街』のモデルになった「レヴィットタウン」の第1号タウンも、ユダヤ人は隔離されていたっけ。

 

ユダヤ人差別は、ナチスだけじゃなかったんだ。

 

『サバービコン』のモデルになった町とは?

 

 

今でもKKKは「反ユダヤ」を掲げているからね。

 

なぜ未だにアメリカ人の中に「反ユダヤ」を叫ぶ人がいるのか日本人にはわかりづらいかもしれないけど、モーセよろしく海を渡って「新しいイスラエル」として建国された経緯を持つアメリカにおいて、「古いイスラエル」に忠誠心を抱くユダヤ人への偏見は根深いものがあるんだ。

 

「黒人VS白人」みたいに視覚的にわかりやすくないから忘れられがちだけど…

 

映画やドラマなんかでも直接的には言及されないけど、それを臭わす描写はよくあるから意識的に見ると面白いよ。

 

 

 

OK牧場!

 

 

ちなみに、二人の刑事の間でバートンのシナリオの評価がわかれたことにも意味があるんだよ。

 

マストリオノッティ刑事は「なんだこれ?」と言い、ドイチェ刑事は「割と好きかも」と言った。

 

なぜだかわかる?

 

 

 

そこはあんたの深読みじゃね?

 

 

そんなことないよ。

 

天才は無駄なことをしない。コーエン兄弟は決して意味のないセリフを使わないんだ…

 

実はこれ、戦後のドイツとイタリアの違いを表しているんだね。

 

ドイツには、カール・マルクスの思想を掲げる社会主義国家「東ドイツ」が誕生した。そしてイタリアは社会主義国にはならなかった。

 

バートンは社会主義思想にどっぷりハマっている作家だ。

 

「芝居の登場人物が王侯貴族ばかりで、それをセレブたちが鑑賞する」という世界を否定し、演劇というものを「普通の人たち」の手に取り戻すべきだと考えていた。大衆による「演劇革命」を起こそうと熱く訴えていたよね。

 

だからインテリっぽいドイツ系のドイチェ刑事は「割と好きかも」って言ったんだ。ドイツはカール・マルクスの祖国だしね。

 

そして、ちょっと頭の弱そうなイタリア系のマストリオノッティ刑事は「なんだこれ?」と言った(笑)

 

 

なるほど(笑)

 

 

さて、ドイチェ刑事はバートンに新聞を投げつける。

 

 

ド刑事「お前、やってくれたな。朝刊の一面だぞ」

 

 

そこには、オードリーに続いてW.P.メイヒューが首なし死体で発見されたという記事がデカデカと書かれていた。

 

ドイチェ刑事は、夥しい血痕のついたベッドに視線を送りながら言う。

 

 

ド刑事「お前、首なし女のことを知らないと言ったよな…。ひとつだけ聞く。首はどこに隠した?」

 

 

バ「チャーリーだ…。チャーリーが帰って来たんだ…」

 

 

マ刑事「何言ってんだ、インテリさんよ。俺たちはこの周辺をずっと嗅ぎ回ってるんだ。ノコノコ戻って来れるわけねえだろ。それとも何か?奴は《the idea man》か?」

 

 

 

the idea man?

 

 

マストリオノッティ刑事による、この映画最大の「ネタバレ」だね。

 

普通の文脈では「神出鬼没」とか「幽霊」という意味になるんだけど、ここではこの映画におけるチャーリーという存在の「タネ明かし」になっているんだ。

 

《the idea man》とは、直訳すると「理想の男性像」であり「理念上の男」って意味だからね。

 

バートンにとって、あちこち飛び回って額に汗水垂らして働くチャーリーは理想的な男性像だった。体もがっしりしてるし、訪問先の主婦と肉体関係まで持ってしまう。

 

チャーリーとは、バートンのコンプレックスが生み出した存在だったんだね。

 

 

バートンのコンプレックス?

 

 

労働者に憧れているくせに、自分は庶民のリアルな生活とはかけ離れた世界にいるというコンプレックス…

 

アメリカ社会では少数派のユダヤ人であるというコンプレックス…

 

男性としての自信に欠けるため、経験豊富な女性にリードされたいというコンプレックス…

 

 

チャーリーとは、バートンのコンプレックスを全て払拭してくれる存在だったんだ。

 

いつからかわからないけど、バートンは妄想の中のキャラと会話をしていたんだろうね。きっと小さい頃からなんだろうな。

 

きっとお父さんが厳格な父親で、抑圧された幼児期を送ったんだろう。

 

そして妄想の会話を繰り返してるうちに、それがどんどん「リアル」になっていったんだ。まるで本当に「人格をもった存在」みたいになって、現実と区別がつかなくなるくらいにね。

 

 

それと似たハナシ、どっかで聞いたな。

 

最近のことや…。何やったっけ?

 

 

ジョナサン・ノーランのHBOドラマ『ウエストワールド』じゃない?

 

 

あのドラマの鍵も「頭の中の声」だった。

 

頭の中で聞こえる声によってアンドロイドは自我を形成していき、自分の存在というものに対して疑問を持ち始め、悲劇が巻き起こるんだ。

 

 

せやせや!

 

アンソニー・ホプキンス演じるフォード博士が、ミケランジェロの絵を使って説明しとったな!

 

古代の人類は「頭の中で聞こえる声」を「自分の声」だと思わず、「神の声」やと思っとったって!

 

ミケランジェロ《アダムの創造》

 

 

そう。

 

神と脳を一体化して描いたミケランジェロは、「人間が神の創造物」なのではなくて「神が人間の想像物」なんだということに気付いていたのかも…って話だったね。

 

そしてフォード博士は、ジュリアン・ジェインズ博士が提唱した『Bicameral Mind(二分心)』を説明する。

 

今では当たり前だと思っている「自我・自由意志」というものが、三千年前にはそうじゃなかったというものだったね。

 

ホメロスの『イーリアス』や『オデュッセイア』など当時の物語では、登場人物が頭の中で考えたものが全て「神の声」として描かれている。そして人々は、あらゆる局面において「神のお告げ」に従って生きていた。

 

そこから導き出されたのが『Bicameral Mind』理論だ。

 

こちらの記事で簡潔にまとめてある。『ウエストワールド』や『バートン・フィンク』を楽しむ上では必読だね。

 

WEZZY《女性を殴り、腹を切り裂くドラマを「ポリコレ棒」でぶん殴らない理由『ウエストワールド』》

 

 

おかえもんの解説記事も、これくらい簡潔で理路整然と書かれてたらいいのに。

 

 

余計なお世話だよ。

 

僕はこうして現在進行形で考えながら書くスタイルなんだ。ダラダラやってるうちに凄い発見をすることもあるからね。

 

1つの作品に対して最低30話くらい書かないと、書いた気がしないな。

 

 

お前の頭の中に「読者への配慮」という概念は無いんか!

 

 

君たちこそ、僕の妄想キャラのくせに生意気だな。

 

 

あ…

 

 

はい論破(笑)

 

 

さて、「首なんか知らない」と言うバートンに対し、二人の刑事は《開いている窓》を意識させながら、こんなことを言う…

 

 

マ刑事「ここは6階だったな」

 

ド刑事「鼻血が出るには十分な高さだ」

 

 

 

どゆこと?

 

 

つまり、自白しなければ突き落とすってことだよ。

 

犯人は「逃走もしくは自殺のために窓から飛び降りた」という結末にするってことだね。

 

 

汚い!なんて刑事だ!

 

 

昔はよくあることだったんじゃない?

 

いわゆる「生贄」ってやつだね。

 

 

しかしあの窓、よう開いたな。

 

確か故障しとって《開かずの窓》やったはず…

 

 

その通り。バートンが初めて部屋に入った時、あの窓は何故か開かなかった。

 

「窓」というのは、よく心理状態のメタファーとして使われることがあるんだ。閉じた窓は「閉じた心」で、開いた窓は「開いた心」だね。

 

つまり「初めて開いた窓」とは、今まで抑えられていたものが発散されることを示している。

 

 

なんか聞いたことあるな。フロイトだっけ?

 

 

そして「窓」には「性的イメージ」も投影される。

 

日本でも「御開帳」って言うでしょ?

 

アラン・ドロンとロミー・シュナイダーが共演した映画『Christine(恋ひとすじに)』でも「窓」が重要な意味を持っていた。

 

アルトゥール・シュニッツラーの原作『Liebelei』では、もっと重要だったんだけどね。

《シュニッツラー原作の映画『恋ひとすじに』徹底解説》

 

 

ああ、そうだったな…

 

しかしあのシリーズも中断したまま…

 

 

刑事はバートンに自白を迫り、バートンは呆然とベッドに座り込む。

 

 

ド刑事「さっさと認めてしまえよ」

 

マ刑事「Only fry you once」

 

 

 

なんで訳さん?

 

 

またマストリオノッティ刑事による「ネタバレ」セリフだからね。

 

「fry」とは「油で揚げる」ことなんだけど、他にも「電気椅子で処刑する」って意味がある。

 

だから「only fry you once」は「電気椅子でチンされるのも一度で済む」という意味になる。

 

これはアウシュビッツなど強制収容所でのユダヤ人大量虐殺を想起させるセリフなんだ。

 

そして「fry」には「幼魚」という意味もある。

 

これはイエス・キリストのメタファーだね。「幼な子」であり「魚」であるから。

 

 

よく出来てるな…

 

 

具合が悪くなってきたバートンは、頭を押さえながら訴える…

 

 

バ「また後で来てくれないか…。なんだか熱っぽいんだ。頭が痛い…」

 

ド刑事「首のことはもういい。ムントの居所を教えろ。奴は今どこにいる?」

 

マ刑事「奴がお前に手取り足取り体のバラし方を教えたんだろ?」

 

ド刑事「お前ら二人は《sick sex》の関係なのか?」

 

バ「せ、セックス!?彼は男だぞ!僕らはレスリングをしただけだ!」

 

マ刑事「お前は本当にクソ野郎だな…」

 

 

 

やっぱり!

 

あん時、ちょっと「うっとり」しとったからな(笑)

 

 

 

ちなみにここでドイツ系のドイチェ刑事が《sick sex》と言ったのはジョークなんだよね。

 

「6階」にかけてあるんだ。

 

 

「six」と「sick sex」だから?

 

英単語を覚えたての昭和の中学生男子か!

 

 

違うよ。ドイツ語のギャグなんだ。

 

ドイツ語で「6」は「sechs(ゼックス)」と言う。

 

 

ハァ!?ドイツ語!?

 

 

カズオ・イシグロの短編集『Nocturnes(夜想曲集)』にも、この駄洒落がキーワードとして登場する。

 

「メグ・ライアンのチェス」って言葉が何度も繰り返されるんだけど、「Meg Ryan」は「Germany(ドイツ)」のアナグラムで、「chess」は「sechs(6)」のアナグラムになっているんだよね。

 

つまり「メグ・ライアンのチェス」とは「Germany sechs(ジャーマニー・ゼックス)」という意味だったんだ。

 

 

ジャーマニー・ゼックス?

 

どっかで聞いた覚えがあるな…

 

 

これのことじゃないかな?

 

 

なんやねん?週刊現代やんけ。

 

 

このページを見て。

 

一時期ちょっとだけ話題になったよね。

 

ドイツ人は、じっくり時間をかけて楽しむそうだ…

 

(週刊現代の記事はコチラ)

 

 

か、カズオ・イシグロめ…

 

シレ〜っとノーベル文学賞なんかもらいよってからに…

 

 

ウケるよね。

 

さて、バートンは汗を流しながら「熱い…チャーリーが帰って来た…」と言う。

 

するとエレベーターの到着を告げる「チ〜ン」という音が遠くの方で鳴り響いた。

 

マストリオノッティ刑事は廊下へと向かう。

 

いっぽうドイチェ刑事は、バートンの片手に手錠をかけ、もう片方の輪をベッドの支柱にかけて、そこから動けないようにしてしまう。

 

 

 

この支柱についてるボールが、あとで大活躍するんだよね(笑)

 

 

その通り。

 

さて、二人の刑事は銃を抜き、廊下でチャーリーの登場を待つ。

 

 

バートンの頭の中が熱くなるのとシンクロして、ホテルの中では謎の炎が発生し始めている。

 

燃えるエレベーターから出て来たチャーリーは、刑事たちに向かって仁王立ちした。

 

 

刑事の「荷物を置け」という指示で、チャーリーは鞄を床に置くが、すかさず中から銃を取り出し、目にも止まらぬ速さでマストリオノッティ刑事を射殺する。

 

これは、チャーリーの名前「チャーリー・メドウズ」が、実在した早打ちガンマン「チャーリー・アリゾナ・メドウズ」から取られていることを意味しているんだよね。

 

 

バートンはどこかでこの名前を聞いていたから、自分の妄想キャラに名付けちゃったんだね。

 

 

しかしマストリオノッティ刑事の野郎、あっけなかったな…

 

 

まあ、二人の刑事は最初から、こうなるために作られた妄想キャラだからね。

 

バートンの頭の中には、この妄想ストーリーが最初からあったわけだ。ユダヤ人差別をするファシストとナチスを、ド派手に撃ち殺したかったんだよ。

 

 

そして、あの突進だい!

 

I show you the Life of the Mind!

 

 

 

『The Life of the Mind(邦題:精神の生活)』は、ユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントの著作名やったな。

 

 

 

「I show you the life of the mind(精神生活を見せてやる)」というのは「俺の頭の中を見せてやる」ってことだよね。

 

つまり、映画の観客に「バートン・フィンクの妄想世界」を見せるってことだ。

 

 

ああ、なるほど…

 

 

そしてチャーリーは、ドイチェ刑事の額に銃口を当て、こう呟いて引き金を引く…

 

 

「ハイル、ヒットラー」

 

 

 

炎の中年男チャーリー!

 

 

撃ち終えたチャーリーは、バートンの部屋へ入ってくる。そして暑さに悪態をつきながら、語り始める。

 

もちろん「Jesus」という単語を連発しながらね(笑)

 

ここからは非常に重要な会話だ。

 

バートンが頭の中の《もうひとりの自分》と向き合うシーンだからね…

 

 

バートンはチャーリーに「君はカール・ムントなんだろ?」と聞く。

 

そしてチャーリーは答える。

 

 

「人間ってのは、どこまで残酷なものなんだ。《my build》のみならず、人格まで否定する…」

 

 

 

またキーワードか?

 

 

これまで「build」は「体格」という意味で使われてきたんだけど、ここでは「被創造物」という意味もかけてあるんだね。

 

つまりバートンの「想像物」ってことだ。

 

チャーリーは話を続ける。

 

 

「俺は内側から引き裂かれる思いになるんだ。俺のことを悪く言う連中のことを考えるとな。連中が俺を陥れようとしてることぐらいは承知してる。だから俺は同情するんだ。何とか連中を救ってやりたいと…Jesus!」

 

 

 

まるで十字架の上から「彼らは何をしているのかわからないのです」と同情したイエスだな…

 

というか、実名出してるし(笑)

 

 

チャーリーの語りは続く…

 

 

「もちろん俺だって知ってるさ。頭の中がパニくった時のことくらいは。マジ死にたくなるよな。だから俺は助けてやりたいと思うんだ…。Jesus!なんて暑さだ!この体を脱ぎ捨ててやりたい!」

 

 

 

さすが聖霊(笑)

 

 

完璧にジョークになっとるな…

 

 

バートンは、やっと口を開く…

 

 

「だけどチャーリー…。なぜ僕なんだ?なぜ…」

 

 

その言葉にチャーリーは怒りを露わにする。

 

 

「お前が俺の話を聴こうとしないからだ!」

 

 

呆然とするバートンに、チャーリーはこう語る。

 

「お前は《人の痛み》を理解してるつもりか?俺がお前の人生を台無しにしてると考えるのか?このクソみたいなホテルの部屋を見回してみろ。お前はタイプライター持参の旅人に過ぎん。しかし俺はここに住んでるんだ。お前は俺の世界に勝手に入って来て、この俺に《やかましい》と文句を言う…」

 

 

 

あっ!

 

これって、さっきの『Bicameral Mind(二分心)』だね!

 

神とか宗教の起源が「頭の中の声」だったってやつ!

 

 

「頭の中の声」が「この俺様が主人やで!」って言うとるけどな…

 

 

笑えるよね。笑っちゃいけない場面だけど。

 

 

さて、バートンが「すまない…」と言うと、チャーリーは「いいんだ」と答える。

 

そしてチャーリーはバートンの傍へ行き、ベッドの支柱を両手で掴み、力を入れる…

 

 

 

出ました!ジョン・グッドマンの顔芸!

 

サイコー!

 

 

そして支柱が折れ、支柱に付いていた球が転がる…

 

 

 

ROLL AWAY THE STONE!

 

これのことでしょ!?

 

 

 

その通り。

 

『マルコによる福音書』には、こう書かれている。

 

16:3 そして、彼らは「だれが、わたしたちのために、墓の入口から石をころがしてくれるのでしょうか」と話し合っていた。

16:4 ところが、目をあげて見ると、石はすでにころがしてあった。この石は非常に大きかった。

 

ゴスペルソングにもあるよね。

 

 

 

もっとノリノリで行こうや!

 

Mott the Hoople『ROLL AWAY THE STONE』

 

 

さて、チャーリーは「いつでも俺は、お前の隣人だ」と言い、自分の部屋へ戻って行く。

 

そして去り際に、ニューヨークでバートンの家族と会ったことを報告した。

 

 

 

めっちゃ熱そう(笑)

 

演技じゃなくて、ガチで汗かいてるな…

 

 

こうして、バートンと「頭の中の声」の会話は終わった。

 

まさにジュリアン・ジェインズ博士の『Bicameral Mind』だったよね。

 

ああやって人類は「神の概念」を生みだし、「自我」を形成していったんだ。とっても勉強になったね。

 

 

次回はいよいよと言うか、ようやく最終回だな!

 

 

だね。長い道のりだった。

 

それでは皆さん、最終回でお会いしましょう。

 

 

 

WESTWORLD

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖28「ジョークの黙示録〜Apocalypse USO」

  • 2018.05.27 Sunday
  • 18:20

 

 

 

 

 

さて、ロス市警の刑事の尋問が終わり、バートンは部屋に戻った。

 

 

前回を未読の方はコチラ!

 

第27回「カール・ムント」

 

 

しかし『バートン・フィンク』が、あの名作『羊たちの沈黙』をあそこまで意識して作られとったとはな。

 

 

だよね。これを発見した時は、僕も驚いたよ。

 

さて、バートンは「オードリーの首」が入った箱をタイプライターの隣に置き、少し考える。

 

そして執筆を始めた。

 

 

 

なんで急に書けるようになったんだ?

 

 

ロビーでの刑事二人との会話で「福音書」を書く準備が全て揃ったんだ。

 

あのシーンは、イエスの「埋葬」から「復活」までが投影されていたんだね。

 

最後まで欠けていたピース「復活」のアイデアを得たバートンは、こんな風に書き出した…

 

 

「あばずれ女が、埋葬された男の墓を訪れた…」

 

 

 

ハァ!?「埋葬された男」?

 

「大男」でしょ?

 

 

タイプライターで打たれる文字は「The Burlyman(偉大な男)」なんだけど、バートンは口で「The bury man(埋葬された男)」って言っているんだよね。

 

「埋葬された男」とは、もちろんイエスのことだ。

 

 

あのシーンのポイントは、バートンがタイプライターを打ちながら、同時に口頭で文章を語っているところにある。

 

映画を観ている人に「シナリオ=福音書」であることを気付かせるために、わざわざそうしたんだろうね…

 

 

確かにそれまでは無言でタイプライターを打っていたよな…

 

 

そして「あばずれ女(young hussy)」とは「マグダラのマリア」のこと。

 

ここで注目すべきところは「イエスの埋葬室の中」シーンが、四福音書でそれぞれ違った描写になっているということなんだ。

 

埋葬室の中を覗く女性が「マグダラのマリア」1人だったり、「マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメ」の3人だったり、復活を告げるメッセンジャーの天使が1人だったり2人だったり、イエスが姿を現したり現さなかったり…

 

だけど、埋葬室を覗くのが「マグダラのマリア」1人で、天使が2人登場し、しかもその場にイエスが姿を現すのは、四福音書の中で『ヨハネによる福音書』ただひとつなんだよね。

 

つまり、シナリオ『The Burlyman』のラスト部分は、『ヨハネによる福音書』のラストが元ネタになているということだ。

 

 

ま、マジですか…?

 

 

『ヨハネによる福音書』の該当部分を見てみよう。

 

20:11 しかし、マリヤは墓の外に立って泣いていた。そして泣きながら、身をかがめて墓の中をのぞくと、

20:12 白い衣を着たふたりの御使が、イエスの死体のおかれていた場所に、ひとりは頭の方に、ひとりは足の方に、すわっているのを見た。

20:13 すると、彼らはマリヤに、「女よ、なぜ泣いているのか」と言った。マリヤは彼らに言った、「だれかが、わたしの主を取り去りました。そして、どこに置いたのか、わからないのです」

 

 

ふたりの御使?

 

ひとりは死体の「頭の方」で、もうひとりは「足の方」に座っている…?

 

これって、あの二人の刑事のことじゃ…

 

 

 

その通り。

 

この「マグダラのマリアと二人の天使」が、「バートン・フィンクと二人の刑事」になっているんだね。

 

 

この後に描かれる、二人の刑事の再登場シーンにも『ヨハネによる福音書』の埋葬室シーンが投影されている。

 

ドイチェ刑事は「首の入った箱」のそばに立ち、マストリオノッティ刑事は「死体が置かれていた場所(ベッド)」の足の方に座っていた。

 

そして刑事はバートンに首がどこにあるか尋ね、バートンは「わからない」と言った…

 

 

こんな風に『バートン・フィンク』の全シーン全セリフには、聖書の「元ネタ」が必ずあるというわけなんだ。

 

 

 

なるほど…

 

コーエン兄弟の「やりたかったこと」がよくわかった…

 

 

さて、バートンのシナリオに戻ろう。

 

部屋に入った「young hussy(あばずれ女)」の前に「The bury man(埋葬された男)」が現れる。

 

これは『ヨハネによる福音書』第20章14節で描かれる、「マグダラのマリア」の前に現れたイエスのことだね…

 

20:14 そう言って、うしろをふり向くと、そこにイエスが立っておられるのを見た。しかし、それがイエスであることに気がつかなかった。

 

そして「あばずれ女」は「埋葬された男」に、こう言い放つ…

 

 

「あなたが本物の男(real man)だったら、私の頬をぶってみなさいよ!」

 

 

これは第15節と17節のパロディだね。

 

「マグダラのマリア」は、埋葬室に居たイエスが「本物」だとは思わなかった。

 

20:15 マリヤは、その人が園の番人だと思って言った「もしあなたが、あのかたを移したのでしたら、どこへ置いたのか、どうぞ、おっしゃって下さい。わたしがそのかたを引き取ります」

20:17 イエスは彼女に言われた「わたしにさわってはいけない」

 

 

うわあ…

 

 

そして「埋葬された男」は「あばずれ女」の頬に平手打ちをし、女の頬に赤く残った手の跡を見ながら、こうつぶやく…

 

 

「これが俺の愛の《しるし》だ。お前への…決して消えることの無い…」

 

 

これは、イエスの傷跡を直接確認して初めて復活を信じた使徒トマスの引用だね。

 

20:25 ほかの弟子たちが、彼に「わたしたちは主にお目にかかった」と言うと、トマスは彼らに言った、「わたしは、その手に釘あとを見、わたしの指をその釘あとにさし入れ、また、わたしの手をそのわきにさし入れてみなければ、決して信じない」

20:27 イエスはトマスに言われた、「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手をのばしてわたしのわきにさし入れてみなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい」

 

 

女性を殴って、それが愛のしるし…?

 

 

愛ゆえの行為や。DVとちゃうで。ここまでくる間に、いろいろあった二人っちゅうわけやな。

 

草食系のゆとり世代にはわからんかもしれへんけど。

 

 

そして画面は『海水浴をする美女』と『自動車の横でポーズをとるチャーリー』の写真のアップに変わる。

 

 

これは『ヨハネによる福音書』における「イエスの三度目の復活」シーンを表している。

 

ペテロほか多数の弟子たちが漁をしていた「ティベリアの海(ガリラヤ湖)」に、イエスは姿を現した…

 

21:1 そののち、イエスはテベリヤの海べで、ご自身をまた弟子たちにあらわされた。そのあらわされた次第は、こうである。

 

イエスは、漁で魚を一匹も取れず「坊主」で戻って来た弟子たちを、岸辺で待っていた。

 

そして船を指してこう言う。

 

21:6 すると、イエスは彼らに言われた、「舟の右の方に網をおろして見なさい。そうすれば、何かとれるだろう」。彼らは網をおろすと、魚が多くとれたので、それを引き上げることができなかった。

 

 

あの自動車は「船」だったのか…

 

そしてあのポーズは「あっち側に網をおろしてみなさい」というジェスチャーだったんだ…

 

 

コーエン兄弟に、してやられたね。

 

聖書が元ネタになってることは早い段階で気付いたけど、まさかここまで徹底して再現されてるとは予想だにしなかった…

 

さすがの僕も脱帽だ。

 

 

いつも理由不明の自信で解説してるおかえもんが、素直に負けを認めてる…

 

おそるべし、コーエン兄弟…

 

 

さらにバートンはシナリオを書き進める。そして、自分の書いたことに自分でウケる…

 

「The Burlymanに伝えろ!経費はお前の財布から差し引いておくぞ!」


 

 

 

ここの何が面白かったんだろう?

 

 

聖書のパロディが、うまくキマったんだよ。

 

日本語だとわかりづらいけど、「二度目の復活」の際にイエスが語った「償却される罪と、残される罪」のギャグなんだよね。

 

20:22 そう言って、彼らに息を吹きかけて仰せになった、「聖霊を受けよ。

 

20:23 あなたがたがゆるす罪は、だれの罪でもゆるされ、あなたがたがゆるさずにおく罪は、そのまま残るであろう」

 

 

なるほど…

 

ニュアンスはわかる…

 

 

ほとんど書き上げたところで、バートンは興奮を抑えきれなくなり、ニューヨークのガーランド氏のところへ電話をかける。

 

最初、交換手の声が聞こえなくてバートンは苛立つ。耳に脱脂綿で栓をしたままだったんだね。

 

バートンは「God!」と吐き捨てる。

 

 

 

ガーランド氏っちゅうたら「神ヤハウェ」の役割やったな。

 

バートンにLA(地上世界)行きを提案したんやった。

 

 

 

バートンのいるLAが深夜なので、おそらくNYは午前3時とか4時あたりだ。

 

こんな時間に電話をかけて来て、しかも声が上ずっているので、ガーランド氏は「大丈夫か?」と心配する。

 

だけどバートンはお構いなしにまくし立てた…

 

 

バ「とんでもなくビッグなものが書けた!大きさがビッグなんじゃないぞ!」

 

ガ氏「大丈夫か?」

 

バ「内容がビッグなんだ!これまで僕が書いた中で最も重要な作品だ!」

 

ガ「大丈夫か?」

 

 

バートンが同じようなことを何度も繰り返すので、ガーランド氏も「大丈夫か?」と繰り返す。

 

バートンの苛立ちはどんどん増していった…

 

 

ガ氏「君の様子は…何と言うか…」

 

バ「僕の様子?ご心配どうもありがとう!いつも僕をハゲましてくれて感謝してるよ!」

 

 

バートンは電話を一方的に切り、こう吐き捨てる。

 

 

「このトンチキめ!」

 

 

 

この会話にもやっぱり…

 

 

もちろん。

 

イエスが弟子たちと魚を食べた後のシーンが元ネタだね。イエスはペテロに三度も同じことを言い、ペテロも三度同じことを言い返すんだ…

 

21:15 彼らが食事をすませると、イエスはシモン・ペテロに言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか」。ペテロは言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に「わたしの小羊を養いなさい」と言われた。

21:16 またもう一度彼に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。彼はイエスに言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛することは、あなたがご存じです」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を飼いなさい」

21:17 イエスは三度目に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。ペテロは「わたしを愛するか」とイエスが三度も言われたので、心をいためてイエスに言った、「主よ、あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛していることは、おわかりになっています」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を養いなさい」

 

 

どこまで福音書の再現にこだわったら気が済むっちゅうねん…

 

 

それがこの映画のテーマなんだから仕方ないよね。コーエン兄弟は、福音書の再現に命を懸けてるんだ。

 

さて、バートンはシナリオを書き終える。

 

最後を「postcard」という単語で〆て、「THE END」と打つ。

 

レスリング映画『The BURLYMAN』の完成だ。

 

 

 

最後の言葉が「postcard」っちゅうたら、NYでの芝居『魚売り』と同じやんけ。

 

 

そうだよ。

 

あとでわかるんだけど、レスリング映画『THE BURLYMAN』と芝居『魚売り』は、まったく同じものなんだ。

 

そして内容は「福音書」のパロディというかパクリなんだよね。

 

そして映画の随所にも「福音書」がふんだんに引用されていたというわけだ。

 

 

あと、パウロによる『ローマ人への手紙』もたくさん引用されてたね。

 

映画『バートン・フィンク』は、まさに新約聖書の焼き直しだ。

 

 

せやけど「アレ」を忘れとるで。

 

新約聖書のラストを飾る「問題の書」があるやろ。

 

 

『ヨハネの黙示録』だね。

 

これから始まる「USO(米軍慰問団)ダンスパーティー」が『ヨハネの黙示録』のパロディになってるんだよ。

 

 

うそォ!?

 

 

嘘じゃないよ、ホントだよ。

 

でもあのダンスパーティーは、この映画が「嘘」であることのタネ明かしだけどね(笑)

 

 

 

ところで、なぜバートンはあのパーティーに参加したんだろう?

 

出征兵のための「USO(米軍慰問団)」主催のパーティーでしょ?

 

会場にいる男の人は皆、兵隊さんと関係者ばかりなのに…

 

 

「小羊の婚宴に招かれた者」なんだろうね。

 

『ヨハネの黙示録』第19章9節には、こう書かれている。

19:9 それから、御使はわたしに言った、「書きしるせ。小羊の婚宴に招かれた者は、さいわいである」。またわたしに言った、「これらは、神の真実の言葉である」

 

 

バートンは、いかにも安っぽい姉ちゃんと踊ってたな。

 

しかもあの姉ちゃんを巡って兵隊連中とトラブり、最後は大乱闘に発展する…

 

あそこまで取り合いになる女とは思えんけどな。

 

 

 

化粧もダサくてケバいし、どうみてもイケてない場末のキャバレーのお姉さんだよね。

 

 

彼女の存在は、さっきバートンが仕上げたシナリオ『THE BURLYMAN』で預言されていたんだ。

 

ヒロインである「あばずれ女(young hussy)」は、ラスト近くでこんな風に描写されていた。

 

painted woman, in the air...

 

つまり「ケバい化粧の女が、注目を集める」と…

 

だからこの女を見た時、僕は非常に驚き、怪しんだね。

 

 

さすが慧眼のおかえもん…

 

うちらは全然気付かなかった…

 

 

なんちゃって。

 

これは『ヨハネの黙示録』の受け売りでした(笑)

 

この安っぽい女を巡ってトラブルが起こることは『ヨハネの黙示録』で預言されていたんだ。

 

17:4 この女は紫と赤の衣をまとい、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものと自分の姦淫の汚れとで満ちている金の杯を手に持ち、

17:5 その額には、一つの名がしるされていた。それは奥義であって、「大いなるバビロン、淫婦どもと地の憎むべきものらとの母」というのであった。

17:6 わたしは、この女が聖徒の血とイエスの証人の血に酔いしれているのを見た。この女を見た時、わたしは非常に驚きあやしんだ。

18:4 わたしはまた、もうひとつの声が天から出るのを聞いた、「わたしの民よ。彼女から離れ去って、その罪にあずからないようにし、その災害に巻き込まれないようにせよ。

 

なんだよ…

 

しかしこの映画は、どこまでも聖書に忠実なんだな…

 

 

そして、ひとりの若い水兵が「ダンスを代われ」とバートンに言う。

 

彼は明日出陣だそうで、そもそもこのパーティーは出征兵向けのものだから、この要求は当然だと言える。

 

この場にスーツ姿のバートンが居ること自体がオカシイんだからね。

 

だけどバートンは「俺はライターだぞ!」と意味不明のことを叫ぶ。すると方々から野次が飛んできた。

 

「ひっこめ!4eyes(メガネ野郎)!」

 

「失せろ!4footed(腰抜け野郎)!」

 

 

4へのこだわりが、めっちゃアヤシイな…

 

 

これは「神の御座の周りに控える4体の聖獣」のことだね。聖獣には目がたくさんついてるんだ。

 

4:6 御座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。御座のそば近くそのまわりには、四つの生き物がいたが、その前にも後にも、一面に目がついていた。

 

そしてバートンは逆ギレする。

 

ここでのセリフが、この映画最大のギャグだと言える。最大の見せ場だね。

 

だから演じるジョン・タトゥーロも、渾身の演技を見せてくれた…

 

 

「俺を誰だと思ってる!?俺は貴様たちを創造した!俺は創造主だ!俺が三位一体の主だ!」

 

 

 

これ笑える演技だったよな(笑)

 

しかし「CREATOR(クリエイター/創造主)」のギャグはわかったんだけど、「三位一体の主」なんて表現あったか?

 

 

「uniform(ユニフォーム)」だね。

 

バートンは自分の頭を指差して「これが俺のユニフォームだ!」と叫んだ。

 

「uni」とは「1つ」とか「1つにされた」という意味を持つ。そして「form」とは「形付けられたもの」という意味。

 

だから「uni-form」で「三位一体」ってことなんだ。「子」や「聖霊」といった「異なる形態」からなる「唯一神」ってこと。

 

つまりバートンは…

 

「俺は創造主だ!俺の頭の中に三位一体がある!」

 

って叫んでいたんだね。

 

 

でもバートンは「福音書のライター」であって、決して「創造主」ではない…

 

 

その通り。

 

だから、ぶん殴られるんだ。思い上がった罰だね。

 

 

そうゆうことだったのか…

 

 

バートンがド派手に殴られたことにより、兵士たちの荒ぶるハートに火がついて、大乱闘が始まる。

 

 

 

これも『ヨハネの黙示録』のせいか?

 

 

もちろん。

 

白いセーラー服の海軍兵が「天の軍勢」で、カーキ色の陸軍兵が「地の王の軍勢」だ。

 

19:14 そして、天の軍勢が、純白で、汚れのない麻布の衣を着て、白い馬に乗り、彼に従った。

 

19:19 なお見ていると、獣と地の王たちと彼らの軍勢とが集まり、馬に乗っているかたとその軍勢とに対して、戦いをいどんだ。

 

 

なるほど、確かに(笑)

 

 

そして、床に倒れていたバートンが目を上げると、乱闘してる兵士たちの足の間から「何か」が見えた。

 

 

 

バンドが演奏してたステージだね。

 

 

 

『ヨハネの黙示録』といえば、ラッパの楽団や!

 

 

その通り。

 

しかもバートンの視界に入った「ト音記号」は「7つ」だよね…

 

8:2 それからわたしは、神のみまえに立っている七人の御使を見た。そして、七つのラッパが彼らに与えられた。

 

そしてバートンの視線は、ステージ上のトランぺッターに吸い寄せられていく…

 

4:1 その後、わたしが見ていると、見よ、開いた門が天にあった。そして、さきにラッパのような声でわたしに呼びかけるのを聞いた初めの声が、「ここに上ってきなさい。そうしたら、これから後に起るべきことを、見せてあげよう」と言った。

 

 

ここで怪しいオジサンが出てくるんだよね。

 

バートンの視線が近づいてくるのをカメラ目線でニヤけながら見てて、アップになったところでトランペットを吹く準備をして、最後は画面いっぱいにラッパの穴を向ける。

 

 

 

ステージには7人のラッパ吹きがいた。

 

『ヨハネの黙示録』にも7人の天使が登場し、順番にラッパを鳴らしていくんだ。

 

そしてこのオジサンが最後に吹いたところで、神の企てが全て成就される。

 

8:6 そこで、七つのラッパを持っている七人の御使が、それを吹く用意をした。

10:7 第七の御使が吹き鳴らすラッパの音がする時には、神がその僕、預言者たちにお告げになったとおり、神の奥義は成就される」

 

 

やっぱりあのオッサンは重要な存在だったんだ…

 

 

見るからに「ただならぬ気配」だったからね。

 

さて、これで「USO(米軍慰問団)のパーティー」を舞台にした『ヨハネの黙示録』の再現シーンはお終いだ。

 

まさに嘘に塗り固められた「ジョークの黙示録」だった…

 

 

Apocalypse USO!

 

 

うまいこと言うね。

 

映画『Apocalypse NOW(地獄の黙示録)』の駄洒落だな(笑)

 

 

じゃあ今日の締め括りは、淀川長治氏による『地獄の黙示録』の解説でお別れとしようか。

 

この中で淀川さんは『ヨハネの黙示録』をわかりやすく紹介してるんだ。

 

特に「四騎士」の部分を聴いて、僕は鳥肌が立ったよ。

 

 

なんで?

 

 

「第1の騎士」は戦争をもたらし、「第2の騎士」は死をもたらし、「第3の騎士」は感染病をもたらし、「第4の騎士」は全てを焼き尽くす炎をもたらすそうだ。

 

これってまさに『バートン・フィンク』だよね。

 

時代設定は日米開戦前夜だし、連続殺人鬼が出てくるし、その殺人鬼は耳の感染症に悩まされてるし、最後は炎をもたらした…

 

 

 

 

うわあ…確かに…

 

 

というわけで、次回は「炎の中年男チャーリー」の解説だ。

 

一気にラストまで行けるといいな。

 

それでは皆さん、チャオ!

 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖27「カール・ムント、またの名をチャーリー・メドウズ」

  • 2018.05.24 Thursday
  • 15:51

 

 

 

 

 

さて、今回はロス市警の刑事二人とバートンの会話から解説していこう。

 

 

前回を未読の方はコチラ!

 

第26回『アナグラム』

 

 

しかし二人の刑事の名前がアナグラムになっとるっちゅうのは驚いたな。

 

よう気付くわホンマ。FBIの特殊犯罪専門捜査官も真っ青やで。

 

 

『羊たちの沈黙』じゃないんだから(笑)

 

 

 

いや、『羊たちの沈黙』なんだよね。

 

 

ハァ!?

 

 

『バートン・フィンク』は『羊たちの沈黙』を、かなり意識して作られているんだよ。

 

 

せやけど、この2つは同じ年の公開やんけ。

 

どっちも1991年や。同時期に公開された映画を、どないして意識して作れるっちゅうねん。

 

ちなみにバートンはカンヌを席巻し、ひつチンはアカデミー賞を総ナメした。どっちもこの年を代表する映画や。

 

 

 

バートンの蚊、ひつチンの蛾…

 

どっちも「虫」がシンボル的に使われているよね。

 

 

確かに「顔アップと虫」というポスターは似てるけど、それだけじゃんか!

 

時期的に考えても偶然だろ!

 

 

他にも共通点はあるよ。

 

性的倒錯者の連続殺人鬼の存在…

女性を狙った犯行がカンザスシティで行われること…

殺人鬼が口に詰める「繭」と、耳に詰める「綿」…

業界では新米の主人公が、マイノリティで深い孤独にあること…

殺人鬼が様々なアドバイスを主人公に与え、二人が奇妙な友情で結ばれること…

そして、言葉遊びやアナグラムが使われていること…

 

 

ああ、言われてみれば…

 

でも同時期の公開だし…

 

 

誰も「映画」とは言ってないでしょ?

 

トマス・ハリスによる小説『羊たちの沈黙』は1988年に発表され、大ベストセラーになった。

 

前作の『レッド・ドラゴン』も、その前の『ブラック・サンデー』も共に映画化されていたから、当然映画化ということになる。

 

 

コーエン兄弟はきっとトマス・ハリスの大ファンで、もしかしたら「俺たちが映画化したい!」って思っていたんじゃないかな…

 

でもまだ「駆け出し」だったコーエン兄弟には、そんな願望を実現させる力は無かった。その「叶わなかった願望」が『バートン・フィンク』という作品に投影されたんだよ…

 

宗教画のモチーフが多用される『バートン・フィンク』は、トマス・ハリスの影響に違いない。

 

『羊たちの沈黙』では「幼な子イエスを抱くマリア」と「仔羊を抱くイエス」のモチーフが使われていたし…

 

 

『レッド・ドラゴン』では、ウィリアム・ブレイクの『大いなる赤き竜と日をまとう女』が使われていた…

 

 

 

 

おかえもんの言うことはいつもすべて憶測だけど…

 

「コーエン兄弟が『羊たちの沈黙』を映画化したかった説」はちょっと説得力があるかも…

 

 

たぶん間違いないよ。

 

刑事との面会の舞台であるホテルのロビーには、なぜか巨大な観葉植物が置かれていて、それはフラ・アンジェリコ『受胎告知』に描かれる「楽園」の投影だった…

 

 

 

「楽園を追われるアダムとイブ」が「招かれざる二人の刑事」に投影されたんだね。

 

追い出してる天使がバートンだ。

 

 

なるほど…

 

 

さて、あのシーンの解説を始めるよ。

 

 

ドイツ系のドイチェ刑事とイタリア系のマストリオノッティは、名前を名乗ったあとに「LAPD(ロス市警)」と強調する。

 

あれは『羊たちの沈黙』の「LAMB(羊)」を想起させるためだ。

 

 

へ?

 

 

刑事はバートンの職業を尋ねる。

 

バートンが「ライター」と答えると、ドイチェ刑事は「何の?」と聞き返す。

 

そこでバートンは「実を言うと…」と、ちょっともったいぶった言い方で答えた。

 

 

Well, as a matter of fact, I write for the pictures.

 

 

 

ねえねえ…

 

これって、こんな風にも読めない?

 

「実際のところ、絵に文章を付けているんだ」

 

 

いろんな絵を元ネタにして書いとるっちゅうことやな…

 

 

コーエン兄弟による映画のネタバレだね(笑)

 

バートンの自慢気な言い方が癪に障ったマストリオノッティ刑事は、わざとらしく驚く。そしてこんな風に会話が続く…

 

 

マ刑事「そいつはタマげた!」

 

ド刑事「俺の相棒が、お前のケツの穴にキスしたいそうだ」

 

マ刑事「お前はそれだけでは満足できんだろうがな」

 

バ「ちょ、ちょっと…何のことを言ってるのか全然意味が…」

 

 

 

ん?どゆこと?

 

 

タマげた」とか「相」とか「ケツの穴」でわかるやろ!

 

 

刑事はバートンのことを、連続殺人犯チャーリーの共犯者で、しかも同性愛の関係だと考えているんだよね。

 

まあ、バートン自身が「自分は同性愛者なんじゃないか?」と悩んでいたから、それが妄想キャラである刑事に投影されてるだけなんだけど…

 

 

さて、ドイチェ刑事が「俺たちの言ってる意味が《わからない》だと?」と凄みを利かせたんで、バートンはしどろもどろで答える…

 

 

バ「あ、いえ...僕はあなたたちのような仕事を...心から...尊敬しています...」

 

マ刑事「Jesus!Ain't that load off!(そいつは肩の荷が下りた)」

 

 

 

出た「Jesus」!

 

しかも「Lord」と「load」の駄洒落(笑)

 

 

この尋問シーンの会話も全部ジョークになってるんだ。しかも超わかりやすくね。

 

ドイチェ刑事の質問に対しても、こんな会話が交わされる…

 

 

ド刑事「ここに来て何日になる?」

 

バ「1週間…8日…9日…」

 

マ刑事「なんだそれ。俺たちに答えを選べってか?」

 

 

 

めっちゃアヤシイ会話やな…

 

 

でもどうゆう意味だろ?

 

 

これは「イエスのエルサレム滞在」のことを言ってるんだ。

 

ロバの背中に揺られて入城したのが「棕櫚の主日」とされる「日曜日」。そこから、いわゆる「受難週(聖週間)」が始まる。

 

だからバートンは最初に「1週間」と答えたんだね。

 

だけど安息日明けの日曜日に「復活」したことを思い出し、バートンは「8日」と言い直した…

 

 

うひゃあ!

 

でも「9日」は!?

 

 

『ルカによる福音書』によると、日曜日に復活したイエスは、道行く二人の弟子のもとに姿を現した。

 

だけど二人はそれがイエスだと気付かないまま会話を交わす。

 

呆れたイエスが「だめだこりゃ。次行ってみよう」と別の弟子のもとへ行こうとすると、鈍い弟子は「もうすぐ日暮れだから、一緒に夕飯でも食べて、そのまま僕らと泊っていけばいい」と提案する。

 

イエスは夕御飯の席で、鈍感な二人にもわかるように、ひたすらパンをちぎり続けた。

 

たぶん説法会で大勢の聴衆に小さなパンを分け与えた時みたいにやったんだろうね。

 

そこで二人はようやく気付き、イエスは「やれやれ」と姿を消した…

 

 

やっぱ「8日」じゃんか!

 

 

まだ続きがあるんだよ。

 

驚いた二人の弟子は、すぐさま数キロ離れたエルサレムの使徒たちのもとへ走った。

 

そして「イエスが現れてパンをちぎったこと」を報告するんだけど、教団幹部の使徒たちは信じなかった。

 

するとそこに再びイエスが姿を現す。

 

だけど使徒たちは「これは夢だ幻だ!俺たちの妄想なんだ!」と頑なに否定する。

 

呆れたイエスは「霊には肉体はないが、わたしにはある」と言い、使徒たちに手や足を触らせる。さらに「食べ物はあるか?」と聞き、出された魚を一匹食べてみせた。

 

そして使徒たちにメッセージを残し、エルサレム郊外の村ベタニヤまで行き、そこで昇天する…

 

 

この時はもう深夜か明け方近かったにちがいない。

 

そしてユダヤの暦では「日没」で日付が変わる。

 

つまり夕方に「パンをちぎった」時点で「8日目」はほとんど終わっていて、エルサレムで「魚を食べた」時には完全に「9日目」に入っていたことになるよね…

 

 

確かに…

 

 

そういうことで「1週間」とも「8日間」とも「9日間」とも言えるわけなんだ。

 

ツッコミを入れた刑事じゃないけど、まさに「最後にイエスは何日間エルサレムに居たでしょう?」っていうクイズみたいだよね。

 

 

なるほど…

 

ところで、ちょっと思ったんだけど…

 

あの二人の刑事って、イエスが目の前にいるのに気付かなかった二人の弟子が投影されてるんじゃない?

 

だって刑事の目の前にいるバートンはチャーリーと同一人物でしょ?

 

しかも「パン」の代わりに「首」をちぎってるし…

 

 

言われてみれば確かにそうやな…

 

せやけど、丸ごと一匹食べた「魚」は出て来ん。

 

 

出てくるよ、ラストシーンに…

 

 

なぬ!?

 

 

さて、刑事はバートンに1枚の写真を手渡す。

 

それを見たバートンは固まってしまった…

 

 

 

石ちゃん!

 

 

似てるよね(笑)

 

ところで、この写真に隠されているメッセージに気が付いたかな?

 

 

メッセージ?

 

そういえば、チャーリーとは別人の影が写ってる…

 

それ関係あるん?

 

 

ここに知恵が必要である。

 

思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。

 

その数字とは、影が差すものである…

 

 

影が差す数字…?

 

ああ、わかった!影の人の目線の先にあるのは「6」だ!

 

 

その通り。

 

あの写真は、あまりにも有名な『ヨハネの黙示録』13章18節が元ネタになっていたんだね。

 

13:18 ここに、知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は六百六十六である。

 

 

どひゃあ…

 

 

『バートン・フィンク』は、全てのセリフ、全ての描写に「仕掛け」が施されている…

 

まったく油断も隙もあったもんじゃないよね。

 

 

そんなとこまで見てるのは、あんただけだと思うけど…

 

 

誰かが気付いてくれないと、コーエン兄弟も張り合いがないでしょ?

 

 

さて、バートンは「彼は僕の隣人だ」と刑事に言う。

 

刑事は「その通り。奴はお前の隣人だ」と答える。

 

 

そりゃ「隣人」に決まっとる…

 

チャーリーはイエスの肉体に宿った聖霊やさかいな。

 

 

「話したことあるか?」という刑事の質問に、バートンはこう答えた…

 

 

バ「一度か二度は…。彼の名前はCharlie Meadows(チャーリー・メドウズ)…」

 

マ刑事「そんなら俺はBuck Rogers(バック・ロジャース)だ」

 

 

 

どゆ意味?

 

 

「チャーリー・メドウズ」って名前が、有名人の名前を騙った「偽名」であるってことだよ。

 

「バック・ロジャース」も「チャーリー・メドウズ」も、この当時の有名人の名前なんだ。

 

 

マジで!?

 

 

「バック・ロジャース」とは、SF作家のフィリップ・フランシス・ノーランが1928年にスタートさせた小説の主人公で、1930年代にはコミックやラジオドラマで大人気となった国民的ヒーローだ。

 

SFヒーローの先駆者とも言える存在で、あの『フラッシュ・ゴードン』を遥かに凌ぐ人気と知名度を誇った。

 

30年代後半には映画シリーズも始まり、『バートン・フィンク』の時代である1941年頃は、その人気がピークにあったと言っていい。

 

 

 

どんなヒーローなの?

 

 

事故で生き埋めになったバック・ロジャースが奇跡的に「保存」され、なんと25世紀に蘇り、宇宙の支配を狙う悪の帝国と戦うといういうストーリーだ。

 

1939年から始まった映画版では「北極で氷漬け」になって冷凍保存されるんだけど、原作では違うんだよね。

 

原作でのバック・ロジャースは炭鉱事故の調査員で、謎のガスが発生している炭鉱を調べているうちにガス爆発で生き埋めになるんだ。だけどその謎のガスのおかげで肉体が腐らないまま保存され、25世紀に蘇って穴から出てくるというわけ。

 

 

なんかの話に似とるな…

 

 

わかった!

 

岩山をくり抜いた穴の中に埋葬されて、蘇ったイエス・キリストだ!

 

 

その通り。『マルコによる福音書』や『ルカによる福音書』にも、こう書いてあるね。

 

Mark 15:46 そこで、ヨセフは亜麻布を買い求め、イエスをとりおろして、その亜麻布に包み、岩を掘って造った墓に納め、墓の入口に石をころがしておいた。

 

Luke 23:53 それを取りおろして亜麻布に包み、まだだれも葬ったことのない、岩を掘って造った墓に納めた。

 

 

聖書ネタは鉄板やな…

 

 

そして「チャーリー・メドウズ」とは、「銃の早打ち」を売りにして「西部ショー」の興行師として活躍した「アリゾナ・チャーリー」のことなんだ。

 

Charlie "Arizona" Meadows(1859 - 1932)

 

アメリカの西部劇ファンにはよく知られた存在で、ラスベガスには彼の名を冠したカジノホテルもあるくらいだ。

 

2017年の年末には、警備員2人が何者かに射殺されるというシャレにならない事件が起こったけどね…

 

 

 

うわあ…

 

 

「西部ショー」といえば、もっと有名な奴がおったよな…

 

確か「何とかビル」とかそうゆう感じやった…

 

 

西武新宿ビル?

 

 

それを言うなら「バッファロー・ビル」だよ。

 

南北戦争で活躍し、その後は様々な事業で名を馳せ、晩年は西部をテーマにした『ワイルド・ウエスト・ショー』を主催して一世を風靡した興行師だ。

 

アリゾナ・チャーリーは、このバッファロー・ビルのフォロワーだったんだね。

 

 

 

バ、バ、バッファロー・ビル!?

 

もしかして…

 

 

そう。『羊たちの沈黙』に出て来た連続猟奇殺人犯の「別名」だ…

 

 

つまり…

 

『バートン・フィンク』の「チャーリー・メドウズ」とは、『羊たちの沈黙』の「バッファロー・ビル」を意識して付けられた名前だったというわけなんだね。

 

どちらも「西部ショーの興行師」の名前が付けられた連続猟奇殺人犯なんだよ…

 

 

 

そうか…

 

わかったで…

 

『バートン・フィンク』で刑事が「バック・ロジャース」を連発しとった「もうひとつ」の意味が…

 

『羊たちの沈黙』でジュディ・フォスター演じるFBI捜査官が家宅捜査に来た時に、バッファロー・ビルは「ジャック・ゴードン」という偽名を使った…

 

「ひつチン」が『フラッシュ・ゴードン』やったさかい、「バートン」は『バック・ロジャース』なんや…

 

 

だろうね。

 

よっぽどコーエン兄弟は『羊たちの沈黙』映画化に未練があったと見える…

 

 

さて、ドイチェ刑事はバートンにチャーリーの本当の名前を教える。

 

 

ド刑事「奴の名はムント、カール・ムントだ」

 

 

 

これは誰なの?

 

今までのパターンからすると、やっぱり有名人なんでしょ?

 

 

もちろん。

 

「Karl Mundt(カール・ムント)」は超有名なアメリカ上院議員だ。

 

Karl Earl Mundt(1900 - 1974)

 

 

 

殺人鬼が国会議員!?

 

なんで!?

 

 

だって、やっぱり『マルコによる福音書』と『ルカによる福音書』に書いてあるんだもん。

 

Mark

15:43 アリマタヤのヨセフが大胆にもピラトの所へ行き、イエスのからだの引取りかたを願った。彼は地位の高い議員であって、彼自身、神の国を待ち望んでいる人であった。

 

Luke

23:50 ここに、ヨセフという議員がいたが、善良で正しい人であった。

23:51 この人はユダヤの町アリマタヤの出身で、神の国を待ち望んでいた。彼は議会の議決や行動には賛成していなかった。

23:52 この人がピラトのところへ行って、イエスのからだの引取り方を願い出て、

23:53 それを取りおろして亜麻布に包み、まだだれも葬ったことのない、岩を掘って造った墓に納めた。

 

 

へ?どゆこと?

 

 

ほら…

 

チャーリーことカール・ムントは、オードリーの死体を引き取り、シーツに包んで運んだでしょ?

 

だから「地位の高い議員」(マルコ)で「善良で正しい議員」(ルカ)なんだよ。

 

つまり彼のモデルは「上院議員カール・ムント」ってわけだ。

 

 

 

マジかよ…

 

でも上院議員なんていっぱいいるじゃんか…

 

なんでカール・ムントなんだ?

 

 

カール・ムント議員は、まさに「神の国を待ち望んでいた」人であり、「議会の議決や行動には賛成していなかった」人なんだよね…

 

そして、ドイツ系だけどユダヤ人差別に反対し、ナチスを支持していたドイツ系アメリカ人の団体やKKKを非合法にしようと活動していた…

 

 

なぬ!?

 

 

カール・ムント議員について簡単に紹介しよう。

 

ムント議員は、コーエン兄弟の地元ミネソタ州のお隣サウスダコタ州選出の議員で、下院議員時代の1940年代に「反共」の旗手として大活躍した。

 

下院非米活動委員会の主要メンバーであり、ハリウッド内の「赤狩り」にも積極的だったんだ。

 

 

「赤狩り」といえば、追放された「ハリウッド・テン」のひとり、脚本家ダルトン・トランボの映画で注目されたよね…

 

 

 

コーエン兄弟も『ヘイル、シーザー!』でネタにしとったな…

 

 

 

そしてムント議員は、盟友リチャード・ニクソンと共に「ムント・ニクソン法案」を起草し、下院を通過させる。

 

だけどこの法案は非常に問題視され、メディア・法曹界で激しい論争を呼び、ワシントンで大規模なデモが起こり、上院で否決されてしまうんだ…

 

 

いったいどんな法案だったんだ?

 

 

米国内の共産党員に「共産革命を目指さない」という宣誓文書にサインさせ、党員の個人情報を連邦司法省のもとで管理するというものだよ。

 

これが合衆国憲法の保証する「思想信条の自由」に反するということで猛反発を受けたんだね。

 

 

そりゃそうだ…

 

いくら何でも、やり過ぎだよ…

 

 

でも、当時の下院では「反共ムード」一色だったんだよね。

 

地元の選挙区を抱える各議員は、共産主義者へ厳しくしないと支持が得られなかったんだ。

 

田舎の「普通のアメリカ人」にとって、共産主義者とは「無神論者」と同義であり「神の国アメリカを否定する者」だから、恐怖の対象だったんだね。

 

 

なるほど…

 

 

共産党員の国家による監視を義務付ける「ムント・ニクソン法案」は廃案になったけど、カール・ムント議員は「スミス・ムント法」を成立させたことで名を挙げる。

 

こちらも問題視する人が多かった法律なんだけど、反共の合言葉で押し切った。

 

ちなみに「スミス・ムント法」は、日本にも関わり合いの深い法律なんだよ。

 

 

日本にも?

 

いったいどんな法律なんだ?

 

 

「スミス・ムント法」は「国外向けの放送」は「国内向けの放送」と異なってもいいということを明記した法律だ。

 

しかも米国内の一般市民には「国外向けの放送」を聴かせないようにする仕様になっていたんだ。

 

つまり、アメリカ国外で「アメリカ最高!アメリカは地上の天国!」という内容の「プロパガンダ放送」が自由に行える法律ってこと。

 

戦時中は米情報局によって敵国の戦意喪失のためのプロパガンダ放送『ボイス・オブ・アメリカ』が放送されていたんだけど、平時でも継続することを可能にした法律なんだよね。

 

そしてカール・ムント議員は「日本・フィリピン・トルコ」を反共の最重点国家とし、この地でアメリカ政府によるプロパガンダ放送を集中的に行うことを画策した。

 

特にラジオ以上に影響力のあるテレビの放送網を普及させることによって…

 

 

それ聞いたことあるわ…

 

のちに日本テレビ網を築く正力松太郎に、アメリカ主導のテレビ放送網を作らせようとしたんやったな…

 

 

その通り。

 

カール・ムント議員は、ラジオ放送『ボイス・オブ・アメリカ』のテレビ版『ビジョン・オブ・アメリカ』を日本で放送させようとしたんだ。

 

だけどそれは日本の官僚が猛反発し、さすがに実現しなかった。

 

その代わりにアメリカのTVドラマをたくさん日本のテレビで放送させたんだよね。日本人を、キラキラしたアメリカの消費文化に憧れさせるために…

 

 

そうだったのか…

 

 

この華々しい活躍で上院議員にステップアップしたカール・ムントは、25年にわたって上院の有力議員として活動した。

 

そんな人物の名前を連続猟奇殺人犯に付けたんだから、コーエン兄弟も随分と大胆だよね。

 

しかも映画の舞台となるホテルの名前もカール・ムント議員から付けられているし…

 

 

なぬ!?

 

 

バートンがLAの宿とするホテル「EARLE」って、カール・ムント議員のミドルネームから取られてるんだ。

 

本名が「Karl Earl Mundt」だからね。

 

『マルコによる福音書』とカール・ムントの関係をまとめると、こうなるかな…

 

 

 

コーエン兄弟は、カール・ムント議員に何らかの思い入れがあったんだな…

 

 

だろうね。

 

コーエン兄弟の両親は大学教授だし、兄弟が初めて作った映画は、ニクソンとフォード政権で安全保障と外交を取り仕切ったヘンリー・キッシンジャーを主人公にしたものだった。

 

まったく無意味にカール・ムント議員の名前を使ったとは思えないよね…

 

 

さて、ドイチェ刑事とマストリオノッティ刑事は、バートンに殺人鬼カール・ムントの手口を話す。

 

相手をショットガンで撃ち殺し、首を切り落として持ち去るという内容だ。

 

ちなみに刑事が連発していた「Buck Rogers」の「buck」には、「銃をぶっ放す・突進する」という意味がある。

 

 

それ、この後に起こることの伏線というか、そのまんまじゃんか…

 

 

 

笑えるよね。

 

そして二人の刑事は、バートンに「奴が何を話していたか思い出せ」と迫る。

 

呆然としながらバートンは答えた。

 

 

「彼は…そう、こんなことを言っていた…ジャック・オーキーを贔屓にしてるって…」

 

 

それを聞いた刑事二人は一瞬固まり、マストリオノッティ刑事は「お前の話はクソの役にも立たねえ」と吐き捨てる。

 

 

なんで二人は固まって、マストリオノッティ刑事はイラつき始めたの?

 

 

ジャック・オーキーが、チャップリンの『独裁者』で演じたキャラのせいだよ。

 

オーキーは『独裁者』でイタリアのムッソリーニ首相をモデルにしたキャラを演じていたよね。どう見てもヒトラーのチャップリンと、捧腹絶倒のコントをこれでもかと繰り返すんだ。

 

親ファシズムのイタリア系アメリカ人からしたら、侮辱以外の何物でもない演技をね…

 

 

 

ああ、そうだった…

 

映画『独裁者』には日本人は出て来ないけど、日本式「お辞儀」とかでディスられていたよな…

 

当時の世界情勢における日本の立場からすれば仕方ないんだろうけど、やっぱりあれを見ると日本人として少しモヤモヤする…

 

 

マストリオノッティ刑事は名刺を差し出し「何かあったら連絡しろ」と言う。

 

だけどバートンが名刺を受け取ろうとした瞬間、こんなことを尋ねる…

 

 

「フィンク?これはユダヤ系の苗字だよな?」

 

 

バートンが「ええ…」と返事をすると、マストリオノッティ刑事は名刺を床に投げ捨てて、こう吐き捨てる。

 

 

「この薄汚ねえホテルがユダヤ人向けだったとは知らなかったぜ」

 

 

そしてこう続けて、このシーンは終わる。

 

 

「ムントはもうここには戻って来んだろう。だがもし奴の姿を見たり、何かを思い出したら、ここに連絡するんだ。その時は妄想以下のクソ話じゃなくて、まともな話を聞かせろ」

 

 

 

どひゃあ…

 

 

実はここで初めて映画の登場人物が、バートンの言ってることを「ホラ話・妄想」だと指摘するんだ。

 

重くてシリアスなシーンなんで、見逃されてしまいがちなんだけどね…

 

あんな場面でもコーエン兄弟は、刑事のセリフが「ジョーク」になるようにしているわけだ。

 

そしてこの後の登場シーンで、この刑事はもっとすごい「究極のネタバレジョーク」を発言することになる…

 

 

ええ…?

 

 

ということで、続きはまた次回に。

 

お別れは、やっぱりあの歌かな…

 

ウェールズ出身の2人と日本人のタカ・ヒロセによるバンド「フィーダー」の大ヒット曲『バック・ロジャース』だ。

 

それでは皆さん、さようなら。

 

FEEDER『BUCK ROGERS』

 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖26「アナグラム」

  • 2018.05.21 Monday
  • 12:44

 

 

 

 

 

さて、今回は「ロス市警の刑事」のシーンからだね。

 

 

前回を未読の方はコチラ!

 

第25回「あんたらマンハッタンに何しはったん?」

 

 

 

あのシーンは、めっちゃ不吉な予感をさせるシーンやったな。

 

 

この日の朝リプニックが発した「ユダヤ人への侮辱発言」と、直前に露見した「LAでの出来事=聖書の内容」という衝撃的事実が、バートンの精神不安に拍車をかけたんだ。

 

だから新しい「妄想キャラ」として、あの「二人のロス市警刑事」が登場したというわけだね。

 

 

やっぱり刑事もバートンの妄想キャラか。

 

 

 

もちろん。

 

だって二人の名前が完全にジョークなんだもんね。

 

 

片方の刑事は「Deutsch(ドイチェ)」っちゅう名前やったな。

 

つまり「ドイツ刑事」や(笑)

 

 

別にそれはジョークでも何でもない。普通によくある苗字だ。

 

 

え!?そうなの!?

 

 

天才コーエン兄弟が、わざわざそんなギャグにもならないようなことをすると思う?

 

ドイツ系だから「ドイチェさん」なんて面白くも何ともない。秋田出身の秋田さんとか、香川出身の香川さんみたいなもんだよ。

 

それに、もし単純にドイツ系だから「ドイチェ刑事」だとしたら、相棒のイタリア系の刑事も「イタリアーノ刑事」にするはずだよね?

 

「Italiano」っていう苗字も、よくある苗字だから。

 

でもコーエン兄弟は、イタリア系の刑事の名前を「Mastrionotti(マストリオノッティ)」とした。

 

わざわざイタリア風に聞こえる「造語」をこしらえて…

 

 

 

あれ、造語だったの!?

 

なんのために!?

 

 

おそらく理由は2つある。

 

まず1つが「名前の中に主の名を入れる」という目的。

 

「Deutsch」の中には「Deus(デウス)」が入ってるよね。

 

そして「Mastrionotti」の中には、イタリア語で「至高の主」を意味する「Mastro otti」が入ってる。

 

どちらもイエス・キリストのことだ。

 

 

 

 

うわっ!マジか!

 

 

そしてもう1つの理由…

 

それは「アナグラム」だ。

 

 

あなぐらむ?

 

 

言葉の中の文字を並べ替えると、違う意味になることや!

 

たとえば「アナグラム」やったら「グアム奈良」っちゅう風に…

 

 

「グアム奈良」って「常磐ハワイアンセンター」のパチモンみたい!

 

 

そこは拾わんでええ。とりあえずの例えで言っただけや…

 

もうちょっと高度な例をあげると…

 

「よしわばら かしえ」とか…

 

 

は?

 

 

まったく、どこが高度なんだか…

 

日本には究極のアナグラム「いろは歌」があるじゃないか。

 

 

ああ、なるほどね!

 

 

でもやっぱりアナグラムが最も盛んなのは「英語」かな。

 

例えば…

 

Statue of Liberty=built to stay free

自由の女神=自由であり続けるために建てられた

 

Desperation=A rope ends it

絶望=1本のロープが終わらせる

 

one plus twelve=two plus eleven

1+12=2+11

 

とかね…

 

 

おお〜!

 

 

英米文学にはたくさんのアナグラムが登場するんだ。

 

『ハリーポッター』にも出て来たよね。

 

 

ああ、ヴォルデモート卿!

 

Tom Marvolo Riddle=I am Lord Voldemort!

 

 

ちなみに、あのノーベル文学賞作家カズオ・イシグロも作品中でアナグラムを使ってるんだよね。

 

例えば『夜想曲集』の第4話「Nocturne(夜想曲)」で、なぜか女優の「メグ・ライアン」の名前が連呼される。

 

実はあれがアナグラムになっていて、短編集の隠されたテーマのヒントになっているんだよ。

 

 

 

め、メグ・ライアンがアナグラム!?

 

アングラ…メイ?

 

雨、雷群?

 

 

「世界のイシグロ」なんだから、日本語じゃなくて英語だよ。

 

Meg Ryan(メグ・ライアン)は、Germany(ドイツ)のアナグラムなんだよね。

 

 

 

うわ、確かに!

 

でもなぜカズオ・イシグロは、そんなところで突拍子もなくアナグラムを使ったんだろう…

 

 

コーエン兄弟の『バートン・フィンク』に敬意を表してだろう。

 

短編集『夜想曲集』は、『バートン・フィンク』が元ネタになってるっぽいんだ。

 

コーエン兄弟が、刑事二人の名前「DeutschとMastrionotti」でアナグラムを使っていたから、イシグロもそれに倣ったんだね。

 

 

マジですか!?

 

 

詳しく読み込めば読み込むほど『夜想曲集』と『バートン・フィンク』はよく似ていることがわかる。

 

あっちを中断して、こっちの解説シリーズを始めて正解だったね…

 

カズオ・イシグロという作家を理解する上で、コーエン兄弟は非常に重要だ。

 

中断してる「カズオ・イシグロ徹底解剖」はコチラ

 

 

それはわかった。

 

で、二人の刑事の名前のアナグラムは!?

 

 

まず、二人の名前の中に「Christ(キリスト)」という文字が隠されている…

 

 

 

 

おお〜!

 

でも最初のデウスとかと内容が被るぞ!

 

 

まだ続きがあるんだよ。

 

さらに「Teuton(チュートン)」という言葉も隠されている…

 

 

 

ちゅーとん?

 

なにそれ?

 

 

「Teuton」とは、現在のドイツ・ポーランド北部からバルト三国あたりの地域に住んでいたゲルマン系民族の「テウトネス族」のこと。

 

つまりローマ人はあの地方を「チュートンの土地」って呼んでいたわけだね。

 

彼らは、現在のスウェーデン・デンマークあたりに住んでいたキンブリ族と共に南下を試み、紀元前100年頃にローマ帝国に滅ぼされた…

 

 

イエスの生まれる100年も前に滅んだの!?

 

なんでここに出てくるんだ?

 

 

ローマによって滅ぼされた「Teuton」の名前は、およそ千年後に「Teutonic Order」として歴史の表舞台に再登場するんだよ。

 

 

ちゅーとにっく・おーだー?

 

 

「Teutonic Order」とは、世界三大騎士団のひとつ、「ドイツ騎士団」の英語での通称なんだ。

 

ちなみにドイツ語での正式名称は「Orden der Brüder vom Deutschen Haus der Heiligen Maria in Jerusalem(エルサレムのドイツ人による聖母マリア騎士修道会)」という。

 

 

長い!やっぱり「ドイツ騎士団」でいいや…

 

ところで、世界三大騎士団の、あと二つの騎士団は何?

 

 

ひとつめは「テンプル騎士団」…

 

中世ヨーロッパにおいて金融業を武器に強大な権力を獲得したテンプル騎士団は、その経済力が仇となり、14世紀初頭にはフランス国王によって資産を没収され、メンバーは火あぶりの刑に処せられた。

 

その陰謀めいた最期が様々な憶測を呼び、多くの「都市伝説」が生まれ、小説や映画になったことはあまりにも有名だね。

 

そしてもうひとつが、今は「マルタ騎士団」の名で知られている「聖ヨハネ騎士団(正式名称:ロドスおよびマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会)」だ。

 

 

なんで騎士団の名前なのに「エルサレムのドイツ人の聖母マリア」とか「エルサレムの聖ヨハネ病院」とか、騎士っぽくない言葉が入ってるの?

 

 

これらの騎士団って、元々は「十字軍」として戦うだけじゃなくて、現地での野戦病院の運営のために結成されたものだからね。

 

主力軍である各国の王侯貴族の兵士たちは「エルサレム奪還」に命を懸ける理由がそこまで無いから、イマイチ気合が入らなかったんだ。

 

だけど、修道士でもある騎士団は、まさしく命を張っていた。

 

特にドイツ騎士団は、十字軍国家エルサレム王国樹立後もそのまま現地に留まり、病院兼宿舎みたいな砦に駐屯し、巡礼者の保護と聖地防衛に努めたんだよ。

 

その実績を教皇や神聖ローマ皇帝に買われ、13世紀にドイツ騎士団は「北方十字軍」として、北欧に送り込まれることになった。

 

かつてローマ帝国に逆らった「テウトネス族(チュートン人)」の地には、13世紀になってもキリスト教を拒み続けていたプルーセン族やバルト諸部族の国があったんだ。

 

「北方十字軍」の使命は、この地域の諸部族のカトリック化、そしてドイツ人入植者の都市を保護すること。そして、バルト海への進出を狙うノヴゴロド公国やリトアニア公国など正教会勢力を打ち破ることだった。

 

 

 

こっちの十字軍は、同じキリスト教徒同士の戦いでもあったんか…

 

 

この地でドイツ騎士団は、戦いに次ぐ戦いに明け暮れた。

 

特にノヴゴロド公国の英雄アレクサンドル・ネフスキーとの戦いは有名だね。

 

1242年、現在のロシアとエストニアの国境となっているチュード湖で行われた「氷上の戦い」は、『戦艦ポチョムキン』で映画に革命を起こしたソ連の映画監督セルゲイ・エイゼンシュテインによって映像化された。

 

音楽は、あのセルゲイ・プロコフィエフだ。

 

Alexander Nevsky《The Battle of the Ice》

 

 

ドイツ騎士団、ちょっと怖い…

 

 

ユダヤ人としてのルーツをもつエイゼンシュテインは、ドイツ騎士団にナチス・ドイツを重ねたとも言われている。

 

だけど映画が完成した1938年は、スターリンとヒトラーが結んだ「独ソ不可侵条約」があったため、ほとんど上映することが出来なかった。

 

だけど後にヒトラーが条約を破棄したおかげで、この映画はソ連全土で大々的に上映され、対ドイツ戦への闘争心を煽りまくったそうだ。

 

 

そうだったのか…

 

 

バルト地域におけるドイツ人の入植、ドイツ騎士団とノヴゴロド公国の争い、そして知将アレクサンドル・ネフスキーによってドイツ騎士団が大敗を喫した「氷上の戦い」について、よくまとまった映像があったので貼っておくね。

 

ちょっと長いけど、興味がある人はぜひ見て頂戴。ドイツ騎士団が出てくるのは3分45秒あたりからだ。

 

 

 

敗れたドイツ騎士団は、その後どないなったんや?

 

 

その後も宿敵ノヴゴロドやリトアニアとの戦いは続いたよ。そして他の騎士団を吸収し、ドイツ騎士団国を形成したんだ。

 

だけど16世紀に、騎士団総長アルブレヒトがルター派プロテスタントへの改宗を決定する。

 

そしてポーランド王国の庇護下に入り「プロイセン公領」として生まれ変わった。

 

 

教皇の軍隊だったのに改宗!?

 

 

総長アルブレヒトの死後は、彼の出身家ホーエンツォレルンの本家が跡を継いで「ブランデンブルク=プロイセン」という同君連合を結成。

 

そして17世紀後半、名君フリードリヒ・ヴィルヘルムの時代がやってくる。

 

フリードリヒは、ヨーロッパ全域で迫害されていたユダヤ人や、フランスで迫害を受けたユグノー(カルヴァン派)を移民として大量に受け入れ、産業の活性化を図った。

 

さらにプロイセンからポーランドの影響力を一掃し、プロイセン王国として完全に独立させ、北ドイツに強力な国家を誕生させた。

 

18世紀には「大王」ことフリードリヒ2世がポーランド分割で領土を増やし、19世紀に入ると、対ナポレオン戦争を主導し、ついに名門オーストリア・ハプスブルク帝国と肩を並べる存在となる。

 

そして19世紀中頃には、あの鉄血宰相ビスマルクが登場。自由な気風が売りだったプロイセンは、ドイツ主義を前面に打ち出すようになり、覇権への道をひた走る。

 

普墺戦争・普仏戦争とライバルたちに立て続けに勝利し、1871年、ホーエンツォレルン家のプロイセン国王ヴィルヘルムがドイツ皇帝に就き、ついに悲願のドイツ統一を成し遂げる…

 

 

ドイツ騎士団こと「チュートン騎士団」がプロイセンになって、ドイツ帝国まで発展したのか!

 

 

だからチュートン騎士団のマーク「鉄十字」が、ドイツのシンボルになったんだよ。

 

 

ああ、そうだったんだ!

 

あれはチュートン騎士団のマークだったのか!

 

 

だから刑事の待つロビーに向かうシーンで、バートンはチュートン鉄十字のゲートを通過したんだね。

 

ユダヤ人であるバートンの不安な心理状態が、あれを生み出したといえる。

 

 

 

うわあ、気付かなかった…

 

 

そしてバートンの背後からのショットに変わる…

 

 

 

出た!めっちゃ不吉な13枚のガラス!

 

 

「13日の金曜日」か!

 

もしや二人のデカには、イエスと一緒に磔になった罪人コンビ「ディスマス&ゲスタス」が投影されとるんとちゃう?

 

 

まあそれもあるね。

 

でもそれはメインではない。彼らには別の重要な役が待っているんだ。

 

 

へ?

 

 

それは後程ゆっくり解説するとしよう…

 

 

さて、バートンは二人のいるところまで歩いてゆく。この時、ちょうどホテルの入り口のドア部分と重なるんだよね。

 

 

 

ああっ!十字架だあ!

 

 

しかもただの十字架じゃない。

 

横棒二本の「総主教十字(パトリアーカル・クロス)」だ。

 

 

 

総主教十字?

 

 

主に東ヨーロッパに多く見られる十字架で、ドイツ国家に対抗する国が好んでこれをシンボルとして使った歴史があるんだ。

 

チュートン(ドイツ)騎士団と死闘を繰り広げたリトアニア公国の国旗をアップにすると、この総主教十字が描かれている。

 

 

他にもポーランドやハンガリー、そしてフランスなどドイツ周辺国は、この総主教十字を好んで使った。

 

そしてリトアニア公国の後継国家ベラルーシも、この総主教十字をシンボルにしていたんだ。

 

 

なるほどな。

 

でもそれとバートンに何の関係があるんや?

 

 

バートンのルーツはリトアニア公国やベラルーシの中心都市ミンスクだからね。

 

 

え!?

 

 

ほら、最初にリプニックが言ってたでしょ?

 

「ミンスク生まれのニューヨーク育ちだ」って。

 

LAのシーンに出てくる登場人物のセリフは全部、バートンの頭の中にあるものばかりなんだ。

 

バートンは生まれてすぐにミンスクからアメリカへ移民したか、両親が移民してすぐに生まれたかのどっちかなんだろうね。

 

戦前にブロードウェイやハリウッドで活躍した作詞家・作曲家や脚本家には、20世紀初頭に東欧から渡米したユダヤ系移民が多かった。

 

現在のリトアニア・ベラルーシ・ポーランド・ウクライナあたりには、昔から多くのユダヤ人が住んでいたんだけど、ロシア帝国に併合されると「ポグロム」と呼ばれる厳しい弾圧が始まった。それを逃れるようにして、多くのユダヤ人がアメリカにやって来たんだ。

 

 

そんな彼らが1920年代から30年代にかけてのエンタメ黄金時代を築いたんだよ。

 

今も愛されるジャズのスタンダードナンバーや名作ミュージカルの多くは、この頃にユダヤ系移民によって作られた。

 

 

コーエン兄弟と同郷のボブ・ディランのオトンとオカンも、この地域から20世紀初頭に渡米したユダヤ人の移民やったな。

 

コーエン兄弟のルーツもそうなんやろか?

 

 

たぶんそうなんだろう。

 

 

ねえねえ、二人の刑事の名前の中に「Teuton」と「Christ」が隠されてたのはわかったんだけど、まだ文字が残ってたよね?

 

やっぱり全部の文字でアナグラムになってるんでしょ?

 

 

残りの文字を並べ替えると、こんな風になるのかな…

 

 

 

おお…

 

 

このアナグラムは他にもいくつかの組み合わせが考えられるんだけど、これが一番しっくりくる。

 

頭の体操にもなるから、君たちもいろいろ試してごらん。

 

 

さて、今回はこのへんでお終いにしようかな。

 

お別れに「アナグラム詩人」として有名なパウル・ツェラン(ポール・セラン)の詩を紹介しよう。

 

Paul Celan(1920 - 1970)

 

 

アナグラム詩人?

 

 

ルーマニアに生まれたユダヤ人であった彼は、ナチスドイツ支配時代に両親を強制収容所で亡くした。

 

自身も収容所で強制労働をしている時に終戦を迎え、戦後はルーマニアの独裁政治を嫌ってフランスへ亡命。パリで本格的に作家活動を開始するんだけど、「Ancel」というユダヤ系の苗字を「アナグラム化」して「Celan」と名乗ったんだね。

 

 

なるほど。だからアナグラム詩人か。

 

 

彼の代表作である詩『Todesfuge(邦題:死のフーガ)』は、ユダヤ人強制収容所での悲痛な記憶を詠ったもの。

 

支配者ドイツ人と、音楽に合わせて虫けらのように殺されるユダヤ人の対比が鮮烈に描かれており、読者に強烈なインパクトを与える作品なんだ。

 

口笛でユダヤ人たちを前に呼び

かれは大地に 墓を掘らせる

かれはわたしたちに命じる

さあダンスの音楽 を奏でろ

 

詩の全文を知りたい人は、こちらのリンク先へどうぞ。

 

 

おお…確かに強烈な詩だ…

 

 

『死のフーガ』の弾き語りバージョンもあるよ。

 

初期のボブ・ディランとかジョニー・キャッシュみたいでカッコいいんだ。

 

それでは皆さん、この曲でさようなら。次回は「刑事との会話」と「謎のダンスシーン」を解説する予定です。

 

Paul Celan《Todesfuge》by Matthias Fuhrmeister 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖25「あんたらマンハッタンに何しはったん?」

  • 2018.05.18 Friday
  • 21:08

 

 

 

 

 

 

さて、いよいよ映画も大詰めだ。

 

今回の解説は「ギデオンズ聖書」と「ロス市警の刑事」の登場シーンだね。

 

 

前回を未読の方はコチラ!

 

第24回「BOX 〜箱〜」

 

 

前回紹介したチャーリーとバートンの会話シーンは、この映画についての「暴露大会」だった。

 

コーエン兄弟は「タネ明かし」になるジョークをこれでもかと連発させた。バートン・フィンクを演じるジョン・タトゥーロが噴き出しちゃうくらいに。

 

 

それでも気付かん人に向けた「究極のタネ明かし」が…

 

 

机の引き出しから出て来た「ギデオンズ聖書」だ。

 

もう「タネ明かし」というより「答え」だよね。

 

 

 

ホテルの部屋の引き出しに、いつも入ってるやつだ。

 

 

「ギデオンズ」は、ホテルや学校や軍隊や刑務所など、公共の場における聖書の無料配布が目的の団体だからね。

 

 

バートンが「盗み聞き」した時のポーズの元ネタでもあったな(笑)

 

 

 

そうだったね。あれは笑えた…

 

 

さて、バートンはまず『ダニエル書』を開く。

 

『ダニエル書』とはユダヤの国を滅ぼしたバビロニアの王ネブカドネザルと預言者ダニエルの「夢」がテーマの物語だったね。

 

バートンはたまたま開いたページを見て呆然とする…

 

 

 

ワシの見た夢を翻訳せえ。もし出来へんかったら、指どころか全身切り刻むぞワレ。己らの命より大事な幕屋も、糞溜めにブチ込んで畑の肥やしにしたる…

 

 

こわ…

 

 

W.P.メイヒューとオードリーとバートンによる「妄想ピクニック」では、W.P.の著書『ネブカドネザル』が出て来た。

 

さらに「manure(糞尿・肥やし)に飲み込まれる」というフレーズがキーワードだった。

 

そしてバートンが偶然開いたページにある「dunghill」も「糞尿・肥やし」って意味の言葉なんだよね。

 

だからバートンは呆然としたんだ。

 

 

なるほど!

 

 

呆然自失状態のバートンは別のページを開く。

 

開いた場所は『創世記』。しかしそこに書かれていたものは…

 

 

 

バートンの書いたレスリング映画の冒頭シーン!

 

 

ここで映画『バートン・フィンク』の「カラクリ」が誰の目にも明らかになる。

 

この映画で描かれていたことが、すべて聖書をなぞらえたものであるということがね…

 

 

ねえねえ、おかえもん!

 

「Manhattan's Lower East Side」って書いてあるよ!

 

おかえもんは「バートンの脚本では、一言もニューヨークとは言及されない」って言ってたよね!

 

でもマンハッタンって書いてあるじゃん!

 

 

コーエン兄弟と僕を甘く見ないで欲しいな。

 

この「マンハッタン」とはニューヨークのことではないんだ。

 

「イエス・キリスト」って意味なんだよ。

 

 

ハァ!?

 

 

「マンハッタン」とは、インディアンのデラウェア部族語「Mannahate(丘の多い島)」が英語化したものだ…

 

これが「Manna・hate」とも読めるんだよね。

 

 

マナ…ヘイト?

 

 

「Manna(マナ)」とは、モーセに率いられてエジプトを脱出した人々が、約束の地カナンへ辿り着くまでに荒野で飢えをしのいだ不思議な食べ物のことだ…

 

 

それぐらい知ってるよ!

 

なんでそれが「hate(ヘイト)」なんだ!?

 

 

『ヨハネによる福音書』第6章で、イエスは「今すぐマナをくれ!」と要求する人々に対し「マナを糧とする人は死ぬ」と語るんだ。

 

6:48 わたしは命のパンである。

6:49 あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、死んでしまった。

6:50 しかし、天から下ってきたパンを食べる人は、決して死ぬことはない。

6:51 わたしは天から下ってきた生きたパンである。それを食べる者は、いつまでも生きるであろう。わたしが与えるパンは、世の命のために与えるわたしの肉である

 

 

うわあ…

 

まさに「Manna hate」…

 

 

だから「Manhattan's Lower East Side」とは、「マナを要求する人を否定したイエス・キリストが降誕したベツレヘム」という意味だったんだよ。

 

 

マジかよ…

 

英語でググっても、どこにも書いてないぞ…

 

おかえもんの深読みなんじゃないのか?

 

 

僕は別に自説を他人に強要はしない。

 

Twitterで何度も自分の記事をリツイートするけど、それを読むのは各人の自由だ。

 

だから、信じるも信じないも、あなた次第…

 

 

そんなふうに余裕見せられると、なんだかホントっぽく思えてきた…

 

 

さて、コーエン兄弟は「レスリング映画のシナリオ」と「聖書」を重ねて見せるという荒業を繰り出して観客を唖然とさせたあとに、爆笑シーンを用意した。

 

電話の呼び鈴が「二度」鳴り響き、シーンはエレベーターの中に移る…

 

 

 

キタ!否認フラグや!

 

 

「二度鳴る」ベルが、鶏の鳴き声のことだったんだ!

 

だからこのエレベーター係のおじいちゃんは「ピーター」って名前だったんだね!

 

初代教皇になった使徒ピーター(ペトロ)が、地上世界と天界を結ぶエレベーターの案内係だったとは、お釈迦さまでも気がつくめえ(笑)

 

 

当時の劇場内では「待ってました!」って感じだったろうね。

 

皆の期待を背に、バートンは口を開く…

 

 

「ピート…。君は聖書を読んだことある?」

 

 

振り返ることなくピーターは答えた。

 

 

「聖書…?さあ、どうでしたか…。聞いたことは間違いなくあるのですが…」

 

 

 

巧い!

 

ただ否認するんじゃオモロないからな。

 

 

使徒ペトロは聖書を読んだことはない。だけど直接イエスの言葉を聴いていた。

 

 

ホントうまいよね、コーエン兄弟は。

 

次の「ロス警察の刑事による聞き込み」シーンも最高なんだ。

 

 

イタリア系とドイツ系の名前のデカやな。いかにもファシスト風情の二人組やったで!

 

 

あの名前も、ほとんどの人が「誤読」してるんだよね。

 

 

なぬ!?

 

 

続きは次回の講釈で。

 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖24「箱」

  • 2018.05.17 Thursday
  • 21:59

 

 

 

 

 

さて、リプニック邸訪問の次のシーンを解説しようか。

 

 

その前に、前回を未読の方はコチラ!

 

第23回「Lower East Side」

 

 

ユダヤ人のリプニックが「我々の先祖は、ひとりの幼な子から教えられた」と言ったので、バートンの頭の中で妄想がさらに膨らみだした。

 

この「幼な子」という表現は『マタイによる福音書』第11章25節に対応しているんだね。

 

11:25 そのときイエスは声をあげて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。

 

 

いま気付いたんやけど、「W.P.メイヒュー」の「Mayhew」っちゅうのは「マタイ(Matthew)」とよう似とるよな。

 

 

あ、ホントだ。

 

きっとマタイを想起させるためなのかもしれないね。

 

 

いろんな仕掛けが施してあるなあ!

 

ところで『マタイによる福音書』第11章って、どんな章なの?

 

 

洗礼者ヨハネとイエスの関係について語られている章だよ。

 

獄中のヨハネの言葉を弟子がイエスに届けるシーンから始まって、「洗礼者ヨハネは預言者エリヤの再来である」ということが語られ、最後に「重い荷物と軽い荷物」の逸話で幕を閉じるんだ…

 

 

これって…

 

 

そう。リプニック邸訪問の次のシーン「チャーリーとバートンの別れ」そのまんまだね。

 

そしてリプニックの秘書ルーが「クビ」にされたことで、バートンの頭の中に『マタイによる福音書』第14章で描かれる「ヨハネの首」のイメージが湧いてきたんだ。

 

 

その「クビ」って「fire」でしょ…

 

「クビ」と「首」って日本人にしかわからない駄洒落…

 

 

この映画が作られたのは、日本がバブル真っ盛りの頃だ。NTT1社の時価総額が、ドイツ株式市場と香港株式市場を足した額より大きくて、皇居の地価がカリフォルニア州全体の地価より高かった時代だ。

 

今の映画が中国市場を意識して作られるように、当時の映画が日本市場を意識して作られていても何もおかしくない。

 

特にコーエン兄弟はデビュー作の『ブラッド・シンプル』から日本語の駄洒落を使ってるくらいだからね。

 

 

まあ確かに外国のアーティストが日本に関するネタを使ってくれると僕らは大喜びするもんな…

 

 

さて、「チャーリーとバートンの別れ」シーンは、途方に暮れるバートンの姿から始まる。

 

オードリーの血痕が残されたベッドに向かって、バートンは首をうなだれていた…

 

 

 

この時バートンの頭の中に浮かんどったイメージは「イエスの亡骸を包んだ聖骸布」やな。

 

血痕つながりで。

 

 

あと「処女マリア」のイメージもね。

 

 

ん?オードリーは「大天使ガブリエル」だったよね。だから男だったんでしょ?

 

 

そうゆうややこしいこと言うなボケ。男だって血や涙は流すわ。

 

 

さて、廊下を歩く足音が聞こえてきて、バートンの部屋のドアがノックされる。

 

ドアを開けるとチャーリーが入って来た。旅支度で、箱を手にしている。

 

 

 

また視線が合ってない(笑)

 

チャーリーの入退場シーンは、いつもこうだな。

 

 

これがバートンの「一人芝居」であることを臭わせるためだね。

 

そしてチャーリーは、手にしていた箱をテーブルの上に置く。

 

 

 

コレやな…

 

カラヴァッジョ『聖ヨハネの斬首』

 

 

バートンは箱には目もくれず、チャーリーの旅支度のほうに動揺してしまう…

 

 

バ「Jesus!君は行ってしまうのか!」

 

チャ「ああ、old-timerよ。二三日のことだ」

 

 

 

もろにイエスの死と復活のことじゃんか!

 

 

 

しかも「old-timer」とか言っちゃってるんだ。

 

「OB」とか「古参」っていう意味なんだけど、「古い時代に囚われている人」っていう意味もある。

 

バートンの頭の中は「2000年前」のことでいっぱいだからね。

 

そしてバートンは、トンデモナイことを口にする…

 

 

「 Jesus... Charlie... I... 」

 

 

 

ジーザス、チャーリー、僕?

 

 

この映画の「タネ明かし」だよね。この三人が「三位一体」っていう意味だ。

 

チャーリーとは、バートンの妄想の中の「もう一人の自分」だった…

 

そしてバートンは福音書を書くために、イエスの生涯を演じていた…

 

 

そっか!

 

まだ気付いてない人に向けた「出血大サービス」なんだ!

 

 

だね。

 

チャーリーは、動揺してオロオロするバートンに「大丈夫だ。万事うまくいく」と励ます。

 

だけどバートンは「行かないでくれ!」とチャーリーに泣きついた。

 

 

あん時バートンは、泣きながら半分笑っとったよな…

 

絶望が深過ぎると人は笑うしかなくなるもんや…

 

 

違うんだよ。ホントに笑ってたんだ。

 

 

は?

 

 

この時バートンはギャグを言っていたんだ。

 

だから演じるジョン・タトゥーロは笑っちゃったんだよね。

 

 

You're the only person I know in Los Angeles that I can talk to...

 

「君は僕にとって、天使たちの中で唯一話せる存在だったのに…」

 

 

 

そうゆうことか!

 

コーエン兄弟による、ネタバレの波状攻撃だったんだ!

 

 

欧米の映画館では、このシーンは笑いの渦だっただろうね。

 

セリフを喋ってるジョン・タトゥーロ自身が笑っちゃってるくらいなんだもん。

 

さて、ジョン・タトゥーロ演じるバートンは、さらに泣きついた。

 

 

「僕を置いて行かないでくれ!君がいなかったら、いったい僕はどうすればいいんだ!」

 

 

それに対し、チャーリーは冷静に答えた。

 

 

「地に足付けて、気をしっかり持て、兄弟よ。俺がいなくても、お前はやっていける。俺は二三日したら必ず戻って来る。だからそれまでドアをロックし、誰とも話すな。頭をしっかりキープしていれば、答えは必ず見えてくる…」

 

 

 

なんだかあの歌思い出しちゃった。

 

「My two feet is my only carriage, and so I've got to push on thru... while I'm gone.」の部分…  

 

Bob Marley『No Woman, No Cry』

by The King Stones

 

 

このコンビ、イエスとマグダラのマリアやな…

 

しかもあの上から舐め回すようなアングルは反則やで…

 

 

あの動画を見て、心の中で罪を犯さなかった者だけが、石を投げなさい。

 

 

ハッ...

 

 

さて、さっきのチャーリーのセリフは『マタイによる福音書』の第27章と28章で描かれる「イエスの死と復活」場面のダイジェストともいえる内容だ。

 

「ドアをロックしろ」というのは「墓の入口に岩を置け」ってことだね。

 

27:59 ヨセフは死体を受け取って、きれいな亜麻布に包み、

27:60 岩を掘って造った彼の新しい墓に納め、そして墓の入口に大きい石をころがしておいて、帰った。

 

そして「誰とも話すな」というのは、ピラトの部下による進言の引用だ。

 

27:63「長官、あの偽り者がまだ生きていたとき、『三日の後に自分はよみがえる』と言ったのを、思い出しました。

27:64 ですから、三日目まで墓の番をするように、さしずをして下さい。そうしないと、弟子たちがきて彼を盗み出し、『イエスは死人の中から、よみがえった』と、民衆に言いふらすかも知れません。そうなると、みんなが前よりも、もっとひどくだまされることになりましょう」

 

 

なるほど!うまい!

 

 

さて、さっきのチャーリーの「イエスの死と復活」を元ネタにしたアドバイスに、バートンは言葉を挿もうとする。

 

 

「わかったよ。でもチャーリー、それって…」

 

 

チャーリーはバートンの言葉を遮った。

 

 

「バカ野郎!この話をこれ以上俺にさせるな!信じる者は救われ…おっと何でもない。とにかくこの話はもうやめだ」

 

 

 

わはは!

 

 

ウケるよね。

 

そしてチャーリーは「箱」に話題を変える。

 

「おい友よ、ひとつ頼まれてくれるか?これを預かってて欲しいんだ。個人的なブツなんだが、出張に持ってくわけにはいかんシロモノだ。下界の連中は信用ならんしな…」

 

 

チャーリーとバートンは箱を見つめながら、しみじみと語り合う…

 

バ「もちろん、いいとも…」

 

チャ「フッ…。しかし笑っちまうよな。ひとりの人間にとって、かけがえのないもの…そいつの人生において絶対に守らないといけないもの…それがこんなちっぽけな箱の中に納まっちまうなんて…。なんとも哀しいというか憐れというか…」

 

バ「そんなことないよ。僕にはその価値が想像も出来ない」

 

チャ「とにかくコイツを預かっててくれ。お前に幸運を運んでくれたりしてな。脚本を完成させる手助けになってくれるかもしれん」

 

 

 

首だけになってしまった洗礼者ヨハネのことだね。

 

イエスがメシアになるには、ヨハネの存在が絶対に必要だった。ヨハネがいなかったら預言が成就せず、イエスは救世主と呼ばれることはなかったんだ。

 

 

その通り。

 

イエスにとって「かけがえのない存在」といえば「前駆」とも呼ばれるヨハネだけしかいない。

 

 

オカンのマリアがおるやろ。

 

 

残念ながら母マリアは「かけがえのない存在」ではない。

 

『マタイによる福音書』第12章で、イエスは母マリアを「知らない」と言い、自分にとって弟子たちが母であり兄弟だと語った。

 

そしてヨハネだけが別格だと言い「人間の中で彼より大きな者はいない」と説明したんだ。

 

 

だけど「天国では一番小さい」んだったよね!

 

 

その通り。

 

チャーリーは「地上では最も大きいけど、天国では最も小さい」ヨハネのことを言っていたんだね。

 

バートンの書くシナリオ…というか福音書において、欠けていた重要なピースが「ヨハネの首」だったんだよ。

 

だからチャーリーは「シナリオ完成の手助けになる」って言ったんだ。

 

 

わお!これで全てのピースが埋まったのか!

 

 

あとちょっと残ってるけどね。

 

「ペトロの否認」とか、イエスの墓の「封印の岩」が転がって、二人の天使が現れるところとか…

 

 

そんなところまで再現されてるの!?

 

 

もちろん。

 

コーエン兄弟は福音書をほぼ完全に再現しているんだよ。

 

面白いよね。こんな壮大なプロジェクトなのに、これまで指摘した人は皆無だった。

 

 

気がついてもイチイチ説明すんのが面倒やさかい、誰も書いとらんかっただけとちゃう?

 

もしくは誰もこんな解説を望んでおらんかったとか。

 

っちゅうか、こんなダラダラ続く映画解説を読んどる物好き、おるんか?

 

いったい誰に向けて、何のために書いとんのや?

 

 

いいんです、報われぬとも…

 

 

ああ、おかえもん落ち込んじゃった…

 

ねえねえ、元気出して!

 

歌でも歌ったら気持ちも晴れるよ…

 

 

そうです。歌いたくなくても、きっと歌えるのです。

 

心の中で誰かが歌っているから…

 

 

なに言うとんねん、このオッサン。

 

ついに頭がイカレてもうたか?

 

 

今わたしは、穴があったら…じゃなくて、箱があったら入りたい…

 

 

ああ、そうゆうことか…

 

こんなおかえもんを、誰も責めないでください…

 

 

山崎ハコ『飛びます』

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖23「Lower East Sideってどこ?」

  • 2018.05.16 Wednesday
  • 21:06

 

 

 

 

 

さて、今回は「8時台」の解説だね。

 

 

その前に、前回を未読の方はコチラ!

 

第22回「7時台」

 

 

さあ、何が書いてあるんや!

 

『ローマ人への手紙』第8章には!

 

 

まあ、そんなに焦りなさんな。

 

第8章は39節まであるんだけど、その全部が使われるわけではない。

 

「15〜29節」が重要なんだね。

 

 

なんで特定できんねん?

 

 

あ、そっか!

 

ガイズラーのメモだ!

 

 

 

その通り。

 

あの時刻と番地は「ネタに使われる範囲」を表していたんだね。

 

コーエン兄弟が「ここテストに出ますよ!ちゃんと読んでおくように!」って言ってるみたいなもんなんだ…

 

 

というわけで、解説を始めるよ。

 

バートンは、ロサンゼルスの高級住宅地ベル・エアーのMORAGAドライブ829番地にあるリプニック邸にやって来た。

 

 

ビバリーヒルズに負けない超高級住宅地だったね!

 

 

 

世界でも屈指の高級住宅地だ。

 

大手映画会社CAPITOL PICTURESの社長リプニックの邸宅も大豪邸だった。

 

 

 

リプニックのオッサン、プールでくつろいどったな。

 

 

 

この「リプニック邸訪問」のシーンで重要なのが「ユダヤ人への侮辱」だ。

 

それが後のシーン「ロス警察刑事のキャラ設定」の伏線になっている。

 

 

ユダヤ人への侮辱?伏線?

 

 

映画『バートン・フィンク』の面白いところは、あるシーンで発せられた言葉や登場した小物が、後のシーンでキーワードとなって展開していくところにあるんだ。

 

それがどんどん連鎖していって、後半部分はもうトンデモナイことになっている。天才脚本家コーエン兄弟の神髄がいかんなく発揮されているってわけだね。

 

ただ日本語字幕や吹き替えでは、それが全く訳されていない。残念ながら、もう別の映画だと思ったほうがいいな。

 

 

そうだったのか…

 

 

そして、このシーンのキーワード「ユダヤ人への侮辱」は、セリフだけでなく小物でも表現されている。

 

これ見よがしに置かれてる「オレンジジュース」とかね…

 

 

 

ああ!ジュースといえば…

 

 

そう。ジュースには「Jew(ジュー:ユダヤ人)」がかけられていることが多い。

 

しかも「オレンジジュース」だから「カリフォルニアのユダヤ野郎」って感じの侮蔑的ニュアンスなんだね。

 

ミネソタからニューヨークを経てカリフォルニアへ行ったユダヤ人であるコーエン兄弟の自虐ギャグだ。

 

 

さて、リプニックはバートンに「何を飲む?」と聞く。

 

バートンは「ライ・ウィスキーを」と答えた…

 

 

 

朝の8時からライ・ウィスキーっちゅうのもヤバいな。

 

バートンの野郎、ついにアカンなってもうたか?

 

 

これは「RYE(ライ麦)」と「LIE(嘘)」の駄洒落なんだよ。

 

ほら、この後のシーンでも「USO」が出て来るでしょ?

 

 

 

たぶん他の言語でも「嘘」が隠されてるんだと思う。フランス語とかドイツ語とか主要言語でね。

 

映画を観ている世界中の人に「これ全部嘘なんですよ」って教えるために…

 

 

もうすぐクライマックスだから、そろそろ気付けよってことか…

 

 

だね。

 

さて、リプニックはバートンに映画の「あらすじ」を尋ねる。

 

 

「人々が席につき、館内が暗くなり、スクリーンにはCAPITOLのロゴが映し出される…。さあ、映画はどう始まるんだ?」

 

 

バートンは出だしの部分を語った。

 

 

It's a tenement building. On the Lower East Side...

「ロウアー・イースト・サイドの安普請の建物…」

 

 

この部分も最高に笑えるよね。

 

 

 

笑える?どこが?

 

ただ「ニューヨークの下町から始まる」って言っただけじゃんか。

 

 

誰が「ニューヨーク」って言った?

 

 

だって「ロウアー・イースト・サイド」ってニューヨークでしょ?

 

 

なぜ決めつけるかな?

 

リプニックは「CAPITOL」の続きを尋ねたんだ。

 

だからバートンは「Lower East Side の a tenement building」と答えたんだよ。

 

 

へ?

 

 

「CAPITOL」は「首都」って意味だよね。ニューヨークは首都じゃないでしょ?

 

そしてこの場にいるバートン、リプニック、そして秘書のルーは、皆ユダヤ人だ。

 

彼らユダヤ人にとって「首都」といえば…

 

 

まさか…

 

え、エルサレム!?

 

 

その通り。

 

実はバートンの脚本には一言も「ニューヨーク」なんて言葉は出て来ないんだ。

 

バートンも「物語はニューヨークから始まる」なんて一度も言っていない。

 

ただ「Lower East Side」としか言及されていないんだよ。

 

映画を観てる人たちが勝手に「ニューヨーク」だと思い込んでるだけなんだよね。

 

映画の冒頭がニューヨークのシーンだったから…

 

 

ああ、確かに…

 

 

単刀直入に言っちゃうと…

 

「Lower East Side」とは、イエスが生まれた地「ベツレヘム」のことなんだね。

 

エルサレムのロウアー・イースト・サイドに当たるのが、イエス降誕の地ベツレヘムなんだ。

 

エルサレム旧市街地をセントラルパークの貯水池だとすると、ロウアー・イースト・サイドとベツレヘムは方角も距離もほぼ同じ位置なんだよね。

 

ちょっとグーグルMAPを拝借するよ。

 

ゴルゴタの丘跡地とされるエルサレム旧市街地の「聖墳墓教会」とイエスが誕生したベツレヘムの洞窟/厩跡地に立つ「降誕教会」の位置関係、そしてニューヨークのセントラルパークの貯水池の向かいにある「ユダヤ博物館」と古いユダヤ人街である「ロウアー・イースト・サイド」の位置関係を見比べて頂戴な…

 

 

 

ああ!!!

 

距離も方角も全く一緒!

 

 

レスリング映画の最初のシーン「a tenement building on the lower east side(ロウアー・イースト・サイドの安普請の建物)」って「ベツレヘムの家畜小屋」のことだったんだね。

 

ホントホルスト『羊飼いの礼拝』

 

 

だから、あのポスターだったんだよ…

 

 

 

 

あの「蚊」が映画最大のヒントになっていたんだな!

 

なんてこった…

 

 

実に鮮やかな手口だ。さすがだね、コーエン兄弟は…

 

ちなみにイエスが生まれた地とされる「降誕教会」なんだけど、これが「パレスチナの世界遺産」として登録されたことで、イスラエルとアメリカはユネスコに猛抗議し、出資停止や脱退を口にし出したんだ。近年のアメリカとユネスコの険悪な関係は、この「降誕教会」に端を発したとも言える。

 

これをイエスが聞いたら、なんて言うだろうね。

 

 

やっぱり『バートン・フィンク』っぽく「Jesus Christ!」かな…

 

 

せっかく人間の罪を全て背負って死なれたのにね。どれだけ人は新たな罪を作りだせば気が済むんだろう…

 

 

やれやれ。

 

 

なんだかしんみりしちゃったな。解説に戻ろうか…

 

「ロウアー・イースト・サイドのボロアパート」と聞いてリプニックは興奮する。

 

 

「いいぞ!主人公は貧乏人か!善いレスラーは困難と格闘せにゃいかん!」

 

 

だけど、そこでバートンが口をはさんだことにより、リプニックはさらに興奮する…

 

 

バ「あの…、正直に言わせてもらってもいいですか?」

 

リ「正直に言うだと!?Jesus!」

 

 

やっぱり出た、Jesus(笑)

 

 

リプニックは「正直」について語る。

 

「人は誰でも、常に正直でいるというわけにはいかない。この街のように、鋭い歯をもつサメがうようよ泳いでるところではな…。だけどお前はライターだ。そんなことを気にする必要は無い。もしワシが全てにおいて正直だったら、今居るこのプールサイドまでの半径1マイル以内にすら近付けなかっただろう。清掃夫以外ではな…。だからといってお前が正直でなくていいという理由にはならないぞ」

 

 

なんか臭うな…

 

 

有名な『マタイによる福音書』第5章だね。

 

「目には目を、歯には歯を」と「もし1マイルを強いるなら」の引用だ。

 

さて、バートンは虚ろな表情でライ・ウィスキーを一気に飲み干し、こんなことを言い始める…

 

「正直に言うと…、執筆途中にある作品についてアレコレ語るのは好きじゃないんです。せっかく頭の中には全体像が出来上がっているのに、それをムリヤリ言葉にしろと言われても、時期尚早というか…。言葉にしてしまうと、言葉が独り歩きを始めて、本来の内容とは違うものになってしまうんですよね。そうなったら最期、二度と元の形は取り戻せない…。だからこの話はもうやめにしましょう」

 

 

うわあ…

 

映画界のドンに向かって…

 

 

ここから『マタイによる福音書』第8章15節から29節の引用による会話が始まっているんだ。

 

さっきのバートンのセリフは、22節から26節に書かれている「生みの苦しみ、言葉に出来ない祈り」が元ネタだね。

 

8:22 実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、わたしたちは知っている。

8:23 それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。

8:24 わたしたちは、この望みによって救われているのである。しかし、目に見える望みは望みではない。なぜなら、現に見ている事を、どうして、なお望む人があろうか。

8:25 もし、わたしたちが見ないことを望むなら、わたしたちは忍耐して、それを待ち望むのである。

8:26 御霊もまた同じように、弱いわたしたちを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。

 

 

おお、なるほど!

 

 

予想外のことを言われ、リプニックは固まってしまう。

 

それを見た秘書のルーが「心得ました」とばかりにバートンに説教を始める。

 

「バートン君、業界に長くいるこの私から、ひとこと言わせてもらうよ。リプニック氏は映画の創成期からこの業界で活躍してきた。いわば氏が映画産業というものを作り上げてきたと言っていい。だから氏に雇われている者は、全てを包み隠さず話さねばならぬ。君の頭の中にあるものも全てキャピトル・ピクチャーズのものなのだ。もしも私が君の立場なら、全て話すだろうな…。Goddamn!今すぐだ!」

 

 

 

書いたものはリプニックのもの、頭の中のアイデアもリプニックのもの!

 

ジャイアン…、いやカエサル以上だ(笑)

 

 

ルーのセリフは『マタイによる福音書』第8章17節と28節だね。

 

8:17 もし子であれば、相続人でもある。神の相続人であって、キリストと栄光を共にするために苦難をも共にしている以上、キリストと共同の相続人なのである。

8:28 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。

 

ボスの意を汲んだと思い「したり顔」のルーに対し、リプニックは立ち上がって罵倒する。

 

しかも最上級の侮辱でもって…

 

 

「この《kike》め…、サノバビッチ!」

 

 

 

 

カイク?

 

 

日本語にするなら「ユダ公」って感じかな。ユダヤ人に対する最大級の侮蔑表現だ。

 

日本人でいう「JAP(ジャップ)」みたいなもんだね。

 

ちなみに「サノバビッチ」は、15節の「アバ、父よ」のジョークだろう。

 

8:15 あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。

 

 

コーエン兄弟、きっつ…

 

 

さらにリプニックは罵倒を続ける…

 

 

「このお方をどなただと思っているんだ!?偉大な芸術家だぞ!貴様、何様のつもりだ!今すぐこのお方の足にキスしろ!でなきゃ貴様はクビだ!」

 

 

ルーは足への口付けを拒み、クビ勧告を受け入れ、この場を去って行った。

 

そしてリプニックはバートンに跪く…

 

 

「ワシはお前ような芸術家を尊敬している。その素晴らしい創作哲学もだ。だからお前が望むのなら、いくらでも足に口付けしよう…。かつて我々の先祖は、ひとりの幼な子から多くのことを学ばされた。尊敬に値すべき人間に対してこうすることは、恥でも何でもないのだ…」

 

そしてバートンの足にキスをした…

 

 

 

ちょっと待って…

 

言ってることが、もう…

 

 

完全にバラしちゃってるよね(笑)

 

でも、これも日本語字幕や吹き替えでは訳されてないんだ…

 

いったいどういうことなんだろう?

 

 

さて、映画界のドンから足にキスされて呆然とするバートン。そのままこのシーンはフェイドアウトする。

 

このシーンに初登場したキーワードで、次以降のシーンで展開されていくのは「ユダヤ人への侮辱」「創成期(創世記)」「クビ(fire)」だね。

 

 

いよいよクライマックスが近くなってきたぞ!

 

 

このペースで行けば、あと5回くらいで終わりそうやな…

 

 

僕もそう願うね。

 

さて、今日も最後に1曲歌ってお別れしようかと思うんだけど…

 

 

今日はノリノリの曲にしよう!

 

 

ええな。パーっと景気よく行こか。

 

 

じゃあ、これかな…

 

ノリノリな曲調に対して、歌詞はちょっと感傷的なんだけど…

 

すっかり変わってしまったロウアー・イースト・サイドへの複雑な想いを歌った歌、マイケル・モンローの『バラッド・オブ・ザ・ロウアー・イースト・サイド』だ。

 

それでは皆さん、ごきげんよう。さようなら。

 

 

MICHAEL MONROE『Ballad of the Lower East Side』

 

 

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