コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖25「あんたらマンハッタンに何しはったん?」

 

 

 

 

 

 

さて、いよいよ映画も大詰めだ。

 

今回の解説は「ギデオンズ聖書」と「ロス市警の刑事」の登場シーンだね。

 

 

前回を未読の方はコチラ!

 

第24回「BOX 〜箱〜」

 

 

前回紹介したチャーリーとバートンの会話シーンは、この映画についての「暴露大会」だった。

 

コーエン兄弟は「タネ明かし」になるジョークをこれでもかと連発させた。バートン・フィンクを演じるジョン・タトゥーロが噴き出しちゃうくらいに。

 

 

それでも気付かん人に向けた「究極のタネ明かし」が…

 

 

机の引き出しから出て来た「ギデオンズ聖書」だ。

 

もう「タネ明かし」というより「答え」だよね。

 

 

 

ホテルの部屋の引き出しに、いつも入ってるやつだ。

 

 

「ギデオンズ」は、ホテルや学校や軍隊や刑務所など、公共の場における聖書の無料配布が目的の団体だからね。

 

 

バートンが「盗み聞き」した時のポーズの元ネタでもあったな(笑)

 

 

 

そうだったね。あれは笑えた…

 

 

さて、バートンはまず『ダニエル書』を開く。

 

『ダニエル書』とはユダヤの国を滅ぼしたバビロニアの王ネブカドネザルと預言者ダニエルの「夢」がテーマの物語だったね。

 

バートンはたまたま開いたページを見て呆然とする…

 

 

 

ワシの見た夢を翻訳せえ。もし出来へんかったら、指どころか全身切り刻むぞワレ。己らの命より大事な幕屋も、糞溜めにブチ込んで畑の肥やしにしたる…

 

 

こわ…

 

 

W.P.メイヒューとオードリーとバートンによる「妄想ピクニック」では、W.P.の著書『ネブカドネザル』が出て来た。

 

さらに「manure(糞尿・肥やし)に飲み込まれる」というフレーズがキーワードだった。

 

そしてバートンが偶然開いたページにある「dunghill」も「糞尿・肥やし」って意味の言葉なんだよね。

 

だからバートンは呆然としたんだ。

 

 

なるほど!

 

 

呆然自失状態のバートンは別のページを開く。

 

開いた場所は『創世記』。しかしそこに書かれていたものは…

 

 

 

バートンの書いたレスリング映画の冒頭シーン!

 

 

ここで映画『バートン・フィンク』の「カラクリ」が誰の目にも明らかになる。

 

この映画で描かれていたことが、すべて聖書をなぞらえたものであるということがね…

 

 

ねえねえ、おかえもん!

 

「Manhattan's Lower East Side」って書いてあるよ!

 

おかえもんは「バートンの脚本では、一言もニューヨークとは言及されない」って言ってたよね!

 

でもマンハッタンって書いてあるじゃん!

 

 

コーエン兄弟と僕を甘く見ないで欲しいな。

 

この「マンハッタン」とはニューヨークのことではないんだ。

 

「イエス・キリスト」って意味なんだよ。

 

 

ハァ!?

 

 

「マンハッタン」とは、インディアンのデラウェア部族語「Mannahate(丘の多い島)」が英語化したものだ…

 

これが「Manna・hate」とも読めるんだよね。

 

 

マナ…ヘイト?

 

 

「Manna(マナ)」とは、モーセに率いられてエジプトを脱出した人々が、約束の地カナンへ辿り着くまでに荒野で飢えをしのいだ不思議な食べ物のことだ…

 

 

それぐらい知ってるよ!

 

なんでそれが「hate(ヘイト)」なんだ!?

 

 

『ヨハネによる福音書』第6章で、イエスは「今すぐマナをくれ!」と要求する人々に対し「マナを糧とする人は死ぬ」と語るんだ。

 

6:48 わたしは命のパンである。

6:49 あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、死んでしまった。

6:50 しかし、天から下ってきたパンを食べる人は、決して死ぬことはない。

6:51 わたしは天から下ってきた生きたパンである。それを食べる者は、いつまでも生きるであろう。わたしが与えるパンは、世の命のために与えるわたしの肉である

 

 

うわあ…

 

まさに「Manna hate」…

 

 

だから「Manhattan's Lower East Side」とは、「マナを要求する人を否定したイエス・キリストが降誕したベツレヘム」という意味だったんだよ。

 

 

マジかよ…

 

英語でググっても、どこにも書いてないぞ…

 

おかえもんの深読みなんじゃないのか?

 

 

僕は別に自説を他人に強要はしない。

 

Twitterで何度も自分の記事をリツイートするけど、それを読むのは各人の自由だ。

 

だから、信じるも信じないも、あなた次第…

 

 

そんなふうに余裕見せられると、なんだかホントっぽく思えてきた…

 

 

さて、コーエン兄弟は「レスリング映画のシナリオ」と「聖書」を重ねて見せるという荒業を繰り出して観客を唖然とさせたあとに、爆笑シーンを用意した。

 

電話の呼び鈴が「二度」鳴り響き、シーンはエレベーターの中に移る…

 

 

 

キタ!否認フラグや!

 

 

「二度鳴る」ベルが、鶏の鳴き声のことだったんだ!

 

だからこのエレベーター係のおじいちゃんは「ピーター」って名前だったんだね!

 

初代教皇になった使徒ピーター(ペトロ)が、地上世界と天界を結ぶエレベーターの案内係だったとは、お釈迦さまでも気がつくめえ(笑)

 

 

当時の劇場内では「待ってました!」って感じだったろうね。

 

皆の期待を背に、バートンは口を開く…

 

 

「ピート…。君は聖書を読んだことある?」

 

 

振り返ることなくピーターは答えた。

 

 

「聖書…?さあ、どうでしたか…。聞いたことは間違いなくあるのですが…」

 

 

 

巧い!

 

ただ否認するんじゃオモロないからな。

 

 

使徒ペトロは聖書を読んだことはない。だけど直接イエスの言葉を聴いていた。

 

 

ホントうまいよね、コーエン兄弟は。

 

次の「ロス警察の刑事による聞き込み」シーンも最高なんだ。

 

 

イタリア系とドイツ系の名前のデカやな。いかにもファシスト風情の二人組やったで!

 

 

あの名前も、ほとんどの人が「誤読」してるんだよね。

 

 

なぬ!?

 

 

続きは次回の講釈で。

 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖24「箱」

 

 

 

 

 

さて、リプニック邸訪問の次のシーンを解説しようか。

 

 

その前に、前回を未読の方はコチラ!

 

第23回「Lower East Side」

 

 

ユダヤ人のリプニックが「我々の先祖は、ひとりの幼な子から教えられた」と言ったので、バートンの頭の中で妄想がさらに膨らみだした。

 

この「幼な子」という表現は『マタイによる福音書』第11章25節に対応しているんだね。

 

11:25 そのときイエスは声をあげて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。

 

 

いま気付いたんやけど、「W.P.メイヒュー」の「Mayhew」っちゅうのは「マタイ(Matthew)」とよう似とるよな。

 

 

あ、ホントだ。

 

きっとマタイを想起させるためなのかもしれないね。

 

 

いろんな仕掛けが施してあるなあ!

 

ところで『マタイによる福音書』第11章って、どんな章なの?

 

 

洗礼者ヨハネとイエスの関係について語られている章だよ。

 

獄中のヨハネの言葉を弟子がイエスに届けるシーンから始まって、「洗礼者ヨハネは預言者エリヤの再来である」ということが語られ、最後に「重い荷物と軽い荷物」の逸話で幕を閉じるんだ…

 

 

これって…

 

 

そう。リプニック邸訪問の次のシーン「チャーリーとバートンの別れ」そのまんまだね。

 

そしてリプニックの秘書ルーが「クビ」にされたことで、バートンの頭の中に『マタイによる福音書』第14章で描かれる「ヨハネの首」のイメージが湧いてきたんだ。

 

 

その「クビ」って「fire」でしょ…

 

「クビ」と「首」って日本人にしかわからない駄洒落…

 

 

この映画が作られたのは、日本がバブル真っ盛りの頃だ。NTT1社の時価総額が、ドイツ株式市場と香港株式市場を足した額より大きくて、皇居の地価がカリフォルニア州全体の地価より高かった時代だ。

 

今の映画が中国市場を意識して作られるように、当時の映画が日本市場を意識して作られていても何もおかしくない。

 

特にコーエン兄弟はデビュー作の『ブラッド・シンプル』から日本語の駄洒落を使ってるくらいだからね。

 

 

まあ確かに外国のアーティストが日本に関するネタを使ってくれると僕らは大喜びするもんな…

 

 

さて、「チャーリーとバートンの別れ」シーンは、途方に暮れるバートンの姿から始まる。

 

オードリーの血痕が残されたベッドに向かって、バートンは首をうなだれていた…

 

 

 

この時バートンの頭の中に浮かんどったイメージは「イエスの亡骸を包んだ聖骸布」やな。

 

血痕つながりで。

 

 

あと「処女マリア」のイメージもね。

 

 

ん?オードリーは「大天使ガブリエル」だったよね。だから男だったんでしょ?

 

 

そうゆうややこしいこと言うなボケ。男だって血や涙は流すわ。

 

 

さて、廊下を歩く足音が聞こえてきて、バートンの部屋のドアがノックされる。

 

ドアを開けるとチャーリーが入って来た。旅支度で、箱を手にしている。

 

 

 

また視線が合ってない(笑)

 

チャーリーの入退場シーンは、いつもこうだな。

 

 

これがバートンの「一人芝居」であることを臭わせるためだね。

 

そしてチャーリーは、手にしていた箱をテーブルの上に置く。

 

 

 

コレやな…

 

カラヴァッジョ『聖ヨハネの斬首』

 

 

バートンは箱には目もくれず、チャーリーの旅支度のほうに動揺してしまう…

 

 

バ「Jesus!君は行ってしまうのか!」

 

チャ「ああ、old-timerよ。二三日のことだ」

 

 

 

もろにイエスの死と復活のことじゃんか!

 

 

 

しかも「old-timer」とか言っちゃってるんだ。

 

「OB」とか「古参」っていう意味なんだけど、「古い時代に囚われている人」っていう意味もある。

 

バートンの頭の中は「2000年前」のことでいっぱいだからね。

 

そしてバートンは、トンデモナイことを口にする…

 

 

「 Jesus... Charlie... I... 」

 

 

 

ジーザス、チャーリー、僕?

 

 

この映画の「タネ明かし」だよね。この三人が「三位一体」っていう意味だ。

 

チャーリーとは、バートンの妄想の中の「もう一人の自分」だった…

 

そしてバートンは福音書を書くために、イエスの生涯を演じていた…

 

 

そっか!

 

まだ気付いてない人に向けた「出血大サービス」なんだ!

 

 

だね。

 

チャーリーは、動揺してオロオロするバートンに「大丈夫だ。万事うまくいく」と励ます。

 

だけどバートンは「行かないでくれ!」とチャーリーに泣きついた。

 

 

あん時バートンは、泣きながら半分笑っとったよな…

 

絶望が深過ぎると人は笑うしかなくなるもんや…

 

 

違うんだよ。ホントに笑ってたんだ。

 

 

は?

 

 

この時バートンはギャグを言っていたんだ。

 

だから演じるジョン・タトゥーロは笑っちゃったんだよね。

 

 

You're the only person I know in Los Angeles that I can talk to...

 

「君は僕にとって、天使たちの中で唯一話せる存在だったのに…」

 

 

 

そうゆうことか!

 

コーエン兄弟による、ネタバレの波状攻撃だったんだ!

 

 

欧米の映画館では、このシーンは笑いの渦だっただろうね。

 

セリフを喋ってるジョン・タトゥーロ自身が笑っちゃってるくらいなんだもん。

 

さて、ジョン・タトゥーロ演じるバートンは、さらに泣きついた。

 

 

「僕を置いて行かないでくれ!君がいなかったら、いったい僕はどうすればいいんだ!」

 

 

それに対し、チャーリーは冷静に答えた。

 

 

「地に足付けて、気をしっかり持て、兄弟よ。俺がいなくても、お前はやっていける。俺は二三日したら必ず戻って来る。だからそれまでドアをロックし、誰とも話すな。頭をしっかりキープしていれば、答えは必ず見えてくる…」

 

 

 

なんだかあの歌思い出しちゃった。

 

「My two feet is my only carriage, and so I've got to push on thru... while I'm gone.」の部分…  

 

Bob Marley『No Woman, No Cry』

by The King Stones

 

 

このコンビ、イエスとマグダラのマリアやな…

 

しかもあの上から舐め回すようなアングルは反則やで…

 

 

あの動画を見て、心の中で罪を犯さなかった者だけが、石を投げなさい。

 

 

ハッ...

 

 

さて、さっきのチャーリーのセリフは『マタイによる福音書』の第27章と28章で描かれる「イエスの死と復活」場面のダイジェストともいえる内容だ。

 

「ドアをロックしろ」というのは「墓の入口に岩を置け」ってことだね。

 

27:59 ヨセフは死体を受け取って、きれいな亜麻布に包み、

27:60 岩を掘って造った彼の新しい墓に納め、そして墓の入口に大きい石をころがしておいて、帰った。

 

そして「誰とも話すな」というのは、ピラトの部下による進言の引用だ。

 

27:63「長官、あの偽り者がまだ生きていたとき、『三日の後に自分はよみがえる』と言ったのを、思い出しました。

27:64 ですから、三日目まで墓の番をするように、さしずをして下さい。そうしないと、弟子たちがきて彼を盗み出し、『イエスは死人の中から、よみがえった』と、民衆に言いふらすかも知れません。そうなると、みんなが前よりも、もっとひどくだまされることになりましょう」

 

 

なるほど!うまい!

 

 

さて、さっきのチャーリーの「イエスの死と復活」を元ネタにしたアドバイスに、バートンは言葉を挿もうとする。

 

 

「わかったよ。でもチャーリー、それって…」

 

 

チャーリーはバートンの言葉を遮った。

 

 

「バカ野郎!この話をこれ以上俺にさせるな!信じる者は救われ…おっと何でもない。とにかくこの話はもうやめだ」

 

 

 

わはは!

 

 

ウケるよね。

 

そしてチャーリーは「箱」に話題を変える。

 

「おい友よ、ひとつ頼まれてくれるか?これを預かってて欲しいんだ。個人的なブツなんだが、出張に持ってくわけにはいかんシロモノだ。下界の連中は信用ならんしな…」

 

 

チャーリーとバートンは箱を見つめながら、しみじみと語り合う…

 

バ「もちろん、いいとも…」

 

チャ「フッ…。しかし笑っちまうよな。ひとりの人間にとって、かけがえのないもの…そいつの人生において絶対に守らないといけないもの…それがこんなちっぽけな箱の中に納まっちまうなんて…。なんとも哀しいというか憐れというか…」

 

バ「そんなことないよ。僕にはその価値が想像も出来ない」

 

チャ「とにかくコイツを預かっててくれ。お前に幸運を運んでくれたりしてな。脚本を完成させる手助けになってくれるかもしれん」

 

 

 

首だけになってしまった洗礼者ヨハネのことだね。

 

イエスがメシアになるには、ヨハネの存在が絶対に必要だった。ヨハネがいなかったら預言が成就せず、イエスは救世主と呼ばれることはなかったんだ。

 

 

その通り。

 

イエスにとって「かけがえのない存在」といえば「前駆」とも呼ばれるヨハネだけしかいない。

 

 

オカンのマリアがおるやろ。

 

 

残念ながら母マリアは「かけがえのない存在」ではない。

 

『マタイによる福音書』第12章で、イエスは母マリアを「知らない」と言い、自分にとって弟子たちが母であり兄弟だと語った。

 

そしてヨハネだけが別格だと言い「人間の中で彼より大きな者はいない」と説明したんだ。

 

 

だけど「天国では一番小さい」んだったよね!

 

 

その通り。

 

チャーリーは「地上では最も大きいけど、天国では最も小さい」ヨハネのことを言っていたんだね。

 

バートンの書くシナリオ…というか福音書において、欠けていた重要なピースが「ヨハネの首」だったんだよ。

 

だからチャーリーは「シナリオ完成の手助けになる」って言ったんだ。

 

 

わお!これで全てのピースが埋まったのか!

 

 

あとちょっと残ってるけどね。

 

「ペトロの否認」とか、イエスの墓の「封印の岩」が転がって、二人の天使が現れるところとか…

 

 

そんなところまで再現されてるの!?

 

 

もちろん。

 

コーエン兄弟は福音書をほぼ完全に再現しているんだよ。

 

面白いよね。こんな壮大なプロジェクトなのに、これまで指摘した人は皆無だった。

 

 

気がついてもイチイチ説明すんのが面倒やさかい、誰も書いとらんかっただけとちゃう?

 

もしくは誰もこんな解説を望んでおらんかったとか。

 

っちゅうか、こんなダラダラ続く映画解説を読んどる物好き、おるんか?

 

いったい誰に向けて、何のために書いとんのや?

 

 

いいんです、報われぬとも…

 

 

ああ、おかえもん落ち込んじゃった…

 

ねえねえ、元気出して!

 

歌でも歌ったら気持ちも晴れるよ…

 

 

そうです。歌いたくなくても、きっと歌えるのです。

 

心の中で誰かが歌っているから…

 

 

なに言うとんねん、このオッサン。

 

ついに頭がイカレてもうたか?

 

 

今わたしは、穴があったら…じゃなくて、箱があったら入りたい…

 

 

ああ、そうゆうことか…

 

こんなおかえもんを、誰も責めないでください…

 

 

山崎ハコ『飛びます』

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖23「Lower East Sideってどこ?」

 

 

 

 

 

さて、今回は「8時台」の解説だね。

 

 

その前に、前回を未読の方はコチラ!

 

第22回「7時台」

 

 

さあ、何が書いてあるんや!

 

『ローマ人への手紙』第8章には!

 

 

まあ、そんなに焦りなさんな。

 

第8章は39節まであるんだけど、その全部が使われるわけではない。

 

「15〜29節」が重要なんだね。

 

 

なんで特定できんねん?

 

 

あ、そっか!

 

ガイズラーのメモだ!

 

 

 

その通り。

 

あの時刻と番地は「ネタに使われる範囲」を表していたんだね。

 

コーエン兄弟が「ここテストに出ますよ!ちゃんと読んでおくように!」って言ってるみたいなもんなんだ…

 

 

というわけで、解説を始めるよ。

 

バートンは、ロサンゼルスの高級住宅地ベル・エアーのMORAGAドライブ829番地にあるリプニック邸にやって来た。

 

 

ビバリーヒルズに負けない超高級住宅地だったね!

 

 

 

世界でも屈指の高級住宅地だ。

 

大手映画会社CAPITOL PICTURESの社長リプニックの邸宅も大豪邸だった。

 

 

 

リプニックのオッサン、プールでくつろいどったな。

 

 

 

この「リプニック邸訪問」のシーンで重要なのが「ユダヤ人への侮辱」だ。

 

それが後のシーン「ロス警察刑事のキャラ設定」の伏線になっている。

 

 

ユダヤ人への侮辱?伏線?

 

 

映画『バートン・フィンク』の面白いところは、あるシーンで発せられた言葉や登場した小物が、後のシーンでキーワードとなって展開していくところにあるんだ。

 

それがどんどん連鎖していって、後半部分はもうトンデモナイことになっている。天才脚本家コーエン兄弟の神髄がいかんなく発揮されているってわけだね。

 

ただ日本語字幕や吹き替えでは、それが全く訳されていない。残念ながら、もう別の映画だと思ったほうがいいな。

 

 

そうだったのか…

 

 

そして、このシーンのキーワード「ユダヤ人への侮辱」は、セリフだけでなく小物でも表現されている。

 

これ見よがしに置かれてる「オレンジジュース」とかね…

 

 

 

ああ!ジュースといえば…

 

 

そう。ジュースには「Jew(ジュー:ユダヤ人)」がかけられていることが多い。

 

しかも「オレンジジュース」だから「カリフォルニアのユダヤ野郎」って感じの侮蔑的ニュアンスなんだね。

 

ミネソタからニューヨークを経てカリフォルニアへ行ったユダヤ人であるコーエン兄弟の自虐ギャグだ。

 

 

さて、リプニックはバートンに「何を飲む?」と聞く。

 

バートンは「ライ・ウィスキーを」と答えた…

 

 

 

朝の8時からライ・ウィスキーっちゅうのもヤバいな。

 

バートンの野郎、ついにアカンなってもうたか?

 

 

これは「RYE(ライ麦)」と「LIE(嘘)」の駄洒落なんだよ。

 

ほら、この後のシーンでも「USO」が出て来るでしょ?

 

 

 

たぶん他の言語でも「嘘」が隠されてるんだと思う。フランス語とかドイツ語とか主要言語でね。

 

映画を観ている世界中の人に「これ全部嘘なんですよ」って教えるために…

 

 

もうすぐクライマックスだから、そろそろ気付けよってことか…

 

 

だね。

 

さて、リプニックはバートンに映画の「あらすじ」を尋ねる。

 

 

「人々が席につき、館内が暗くなり、スクリーンにはCAPITOLのロゴが映し出される…。さあ、映画はどう始まるんだ?」

 

 

バートンは出だしの部分を語った。

 

 

It's a tenement building. On the Lower East Side...

「ロウアー・イースト・サイドの安普請の建物…」

 

 

この部分も最高に笑えるよね。

 

 

 

笑える?どこが?

 

ただ「ニューヨークの下町から始まる」って言っただけじゃんか。

 

 

誰が「ニューヨーク」って言った?

 

 

だって「ロウアー・イースト・サイド」ってニューヨークでしょ?

 

 

なぜ決めつけるかな?

 

リプニックは「CAPITOL」の続きを尋ねたんだ。

 

だからバートンは「Lower East Side の a tenement building」と答えたんだよ。

 

 

へ?

 

 

「CAPITOL」は「首都」って意味だよね。ニューヨークは首都じゃないでしょ?

 

そしてこの場にいるバートン、リプニック、そして秘書のルーは、皆ユダヤ人だ。

 

彼らユダヤ人にとって「首都」といえば…

 

 

まさか…

 

え、エルサレム!?

 

 

その通り。

 

実はバートンの脚本には一言も「ニューヨーク」なんて言葉は出て来ないんだ。

 

バートンも「物語はニューヨークから始まる」なんて一度も言っていない。

 

ただ「Lower East Side」としか言及されていないんだよ。

 

映画を観てる人たちが勝手に「ニューヨーク」だと思い込んでるだけなんだよね。

 

映画の冒頭がニューヨークのシーンだったから…

 

 

ああ、確かに…

 

 

単刀直入に言っちゃうと…

 

「Lower East Side」とは、イエスが生まれた地「ベツレヘム」のことなんだね。

 

エルサレムのロウアー・イースト・サイドに当たるのが、イエス降誕の地ベツレヘムなんだ。

 

エルサレム旧市街地をセントラルパークの貯水池だとすると、ロウアー・イースト・サイドとベツレヘムは方角も距離もほぼ同じ位置なんだよね。

 

ちょっとグーグルMAPを拝借するよ。

 

ゴルゴタの丘跡地とされるエルサレム旧市街地の「聖墳墓教会」とイエスが誕生したベツレヘムの洞窟/厩跡地に立つ「降誕教会」の位置関係、そしてニューヨークのセントラルパークの貯水池の向かいにある「ユダヤ博物館」と古いユダヤ人街である「ロウアー・イースト・サイド」の位置関係を見比べて頂戴な…

 

 

 

ああ!!!

 

距離も方角も全く一緒!

 

 

レスリング映画の最初のシーン「a tenement building on the lower east side(ロウアー・イースト・サイドの安普請の建物)」って「ベツレヘムの家畜小屋」のことだったんだね。

 

ホントホルスト『羊飼いの礼拝』

 

 

だから、あのポスターだったんだよ…

 

 

 

 

あの「蚊」が映画最大のヒントになっていたんだな!

 

なんてこった…

 

 

実に鮮やかな手口だ。さすがだね、コーエン兄弟は…

 

ちなみにイエスが生まれた地とされる「降誕教会」なんだけど、これが「パレスチナの世界遺産」として登録されたことで、イスラエルとアメリカはユネスコに猛抗議し、出資停止や脱退を口にし出したんだ。近年のアメリカとユネスコの険悪な関係は、この「降誕教会」に端を発したとも言える。

 

これをイエスが聞いたら、なんて言うだろうね。

 

 

やっぱり『バートン・フィンク』っぽく「Jesus Christ!」かな…

 

 

せっかく人間の罪を全て背負って死なれたのにね。どれだけ人は新たな罪を作りだせば気が済むんだろう…

 

 

やれやれ。

 

 

なんだかしんみりしちゃったな。解説に戻ろうか…

 

「ロウアー・イースト・サイドのボロアパート」と聞いてリプニックは興奮する。

 

 

「いいぞ!主人公は貧乏人か!善いレスラーは困難と格闘せにゃいかん!」

 

 

だけど、そこでバートンが口をはさんだことにより、リプニックはさらに興奮する…

 

 

バ「あの…、正直に言わせてもらってもいいですか?」

 

リ「正直に言うだと!?Jesus!」

 

 

やっぱり出た、Jesus(笑)

 

 

リプニックは「正直」について語る。

 

「人は誰でも、常に正直でいるというわけにはいかない。この街のように、鋭い歯をもつサメがうようよ泳いでるところではな…。だけどお前はライターだ。そんなことを気にする必要は無い。もしワシが全てにおいて正直だったら、今居るこのプールサイドまでの半径1マイル以内にすら近付けなかっただろう。清掃夫以外ではな…。だからといってお前が正直でなくていいという理由にはならないぞ」

 

 

なんか臭うな…

 

 

有名な『マタイによる福音書』第5章だね。

 

「目には目を、歯には歯を」と「もし1マイルを強いるなら」の引用だ。

 

さて、バートンは虚ろな表情でライ・ウィスキーを一気に飲み干し、こんなことを言い始める…

 

「正直に言うと…、執筆途中にある作品についてアレコレ語るのは好きじゃないんです。せっかく頭の中には全体像が出来上がっているのに、それをムリヤリ言葉にしろと言われても、時期尚早というか…。言葉にしてしまうと、言葉が独り歩きを始めて、本来の内容とは違うものになってしまうんですよね。そうなったら最期、二度と元の形は取り戻せない…。だからこの話はもうやめにしましょう」

 

 

うわあ…

 

映画界のドンに向かって…

 

 

ここから『マタイによる福音書』第8章15節から29節の引用による会話が始まっているんだ。

 

さっきのバートンのセリフは、22節から26節に書かれている「生みの苦しみ、言葉に出来ない祈り」が元ネタだね。

 

8:22 実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、わたしたちは知っている。

8:23 それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。

8:24 わたしたちは、この望みによって救われているのである。しかし、目に見える望みは望みではない。なぜなら、現に見ている事を、どうして、なお望む人があろうか。

8:25 もし、わたしたちが見ないことを望むなら、わたしたちは忍耐して、それを待ち望むのである。

8:26 御霊もまた同じように、弱いわたしたちを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。

 

 

おお、なるほど!

 

 

予想外のことを言われ、リプニックは固まってしまう。

 

それを見た秘書のルーが「心得ました」とばかりにバートンに説教を始める。

 

「バートン君、業界に長くいるこの私から、ひとこと言わせてもらうよ。リプニック氏は映画の創成期からこの業界で活躍してきた。いわば氏が映画産業というものを作り上げてきたと言っていい。だから氏に雇われている者は、全てを包み隠さず話さねばならぬ。君の頭の中にあるものも全てキャピトル・ピクチャーズのものなのだ。もしも私が君の立場なら、全て話すだろうな…。Goddamn!今すぐだ!」

 

 

 

書いたものはリプニックのもの、頭の中のアイデアもリプニックのもの!

 

ジャイアン…、いやカエサル以上だ(笑)

 

 

ルーのセリフは『マタイによる福音書』第8章17節と28節だね。

 

8:17 もし子であれば、相続人でもある。神の相続人であって、キリストと栄光を共にするために苦難をも共にしている以上、キリストと共同の相続人なのである。

8:28 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。

 

ボスの意を汲んだと思い「したり顔」のルーに対し、リプニックは立ち上がって罵倒する。

 

しかも最上級の侮辱でもって…

 

 

「この《kike》め…、サノバビッチ!」

 

 

 

 

カイク?

 

 

日本語にするなら「ユダ公」って感じかな。ユダヤ人に対する最大級の侮蔑表現だ。

 

日本人でいう「JAP(ジャップ)」みたいなもんだね。

 

ちなみに「サノバビッチ」は、15節の「アバ、父よ」のジョークだろう。

 

8:15 あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。

 

 

コーエン兄弟、きっつ…

 

 

さらにリプニックは罵倒を続ける…

 

 

「このお方をどなただと思っているんだ!?偉大な芸術家だぞ!貴様、何様のつもりだ!今すぐこのお方の足にキスしろ!でなきゃ貴様はクビだ!」

 

 

ルーは足への口付けを拒み、クビ勧告を受け入れ、この場を去って行った。

 

そしてリプニックはバートンに跪く…

 

 

「ワシはお前ような芸術家を尊敬している。その素晴らしい創作哲学もだ。だからお前が望むのなら、いくらでも足に口付けしよう…。かつて我々の先祖は、ひとりの幼な子から多くのことを学ばされた。尊敬に値すべき人間に対してこうすることは、恥でも何でもないのだ…」

 

そしてバートンの足にキスをした…

 

 

 

ちょっと待って…

 

言ってることが、もう…

 

 

完全にバラしちゃってるよね(笑)

 

でも、これも日本語字幕や吹き替えでは訳されてないんだ…

 

いったいどういうことなんだろう?

 

 

さて、映画界のドンから足にキスされて呆然とするバートン。そのままこのシーンはフェイドアウトする。

 

このシーンに初登場したキーワードで、次以降のシーンで展開されていくのは「ユダヤ人への侮辱」「創成期(創世記)」「クビ(fire)」だね。

 

 

いよいよクライマックスが近くなってきたぞ!

 

 

このペースで行けば、あと5回くらいで終わりそうやな…

 

 

僕もそう願うね。

 

さて、今日も最後に1曲歌ってお別れしようかと思うんだけど…

 

 

今日はノリノリの曲にしよう!

 

 

ええな。パーっと景気よく行こか。

 

 

じゃあ、これかな…

 

ノリノリな曲調に対して、歌詞はちょっと感傷的なんだけど…

 

すっかり変わってしまったロウアー・イースト・サイドへの複雑な想いを歌った歌、マイケル・モンローの『バラッド・オブ・ザ・ロウアー・イースト・サイド』だ。

 

それでは皆さん、ごきげんよう。さようなら。

 

 

MICHAEL MONROE『Ballad of the Lower East Side』

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖22「7時台」

 

 

 

 

 

さて、今回は「7時59分」の解説からだね。

 

 

その前に、前回を未読の方はコチラ!

 

第21回「蚊」

 

 

もう無駄話ナシでガンガン進めようや。

 

 

OK。僕もそろそろ次の作品に移りたいと思ってたところだ。

 

noteで中断してるシリーズも、こっちに引っ越しして再開させなきゃいけないしね。

 

カズオ・イシグロ…

 

クリストファー・ノーラン…

 

ルネ・クレマン…

 

 

 

他にもまだあったような気がするな…

 

しかしこれじゃあ、体がいくつあっても足りないね(笑)

 

 

ようやるわホンマ。1円にもならんことを。

 

この労力と時間を別の…

 

 

はいはい、無駄話はナシでお願いします!

 

 

だね。では解説を進めよう。

 

 

意識の戻ったバートンが見た時間「7時59分」が意味するもの…

 

 

それは「一連の出来事が7時台に起きた」ということを表しているんだ。

 

朝バートンが目覚めて、殺されたオードリーを発見して、チャーリーに助けを求めて、意識を失って、正気に戻った…という一連の流れが全て「7時台」の出来事だったという意味なんだよね。

 

 

なぬ!?

 

 

思い出してほしい…

 

このホテルの「6階」とは、新約聖書の『ローマ人への手紙』第6章が投影されていたよね。

 

部屋番号が「章・節」に対応していたわけだ。

 

 

 

バートンの部屋「621号室」には「第6章21節」が投影されている。

 

6:21 その時あなたがたは、どんな実を結んだのか。それは、今では恥とするようなものであった。それらのものの終極は、死である。

 

バートンは創作に行き詰り、大作家W.P.の秘書兼ゴーストライターであるオードリーに助けを求めてしまった。

 

オードリーは「既婚者W.P.の愛人」でもあったので、バートンは「淫婦」と肉体関係を結んでしまったことにもなる。

 

バートンは作家としても人間としても恥ずべき行為をしてしまったんだね。

 

そして、それらのものの終極は「死」であるというんだ。

 

いっぽうチャーリーの部屋「623号室」は第6章の最終節23が投影されている。

 

殺人鬼チャーリーにとって「死」とはまさに「報酬」だ。

 

だから事件は「7時台」に起こった…

 

つまり、オードリー殺人事件は『ローマ人への手紙』第7章に対応しているということなんだよ。

 

 

じゃあ、やっぱり犯人はチャーリー…

 

 

チャーリーは、バートンの「普通の人への憧れ/性的エネルギー不足」というコンプレックスが妄想の中で生み出した「もう一人の自分」だ。

 

そしてオードリーは、バートンの「性愛・仕事の両面で熟練した誰かに導かれたい」という願望が産んだ「禁断の女性像」だ。

 

両者ともバートンの妄想キャラなんだから、この殺人事件も「妄想の中の出来事」ということになる。

 

ちなみに、この映画でホテルシーンにかかわる登場人物は、皆バートンの妄想キャラ確定なんだよね。

 

直接このホテルと関わらないのは、リプニック社長とプロデューサーのガイズラー&秘書のおばちゃんだ。この3人はグレーゾーンだよね。LAシーンすべてが「夢」という可能性もあるから。

 

 

W.P.は?

 

 

W.P.メイヒューは、ホテルの電話越しに声が聞こえたから、やっぱりバートンの妄想キャラ確定だね。

 

 

さて、『ローマ人への手紙』第7章の解説をしようか。

 

この章は新約聖書の中でも「特別なもの」として知られている。

 

宗教改革の中心人物マルティン・ルターは『ローマ人への手紙』を最重要視し、中でもこの第7章を「キリスト者の核心」と位置づけたんだ。

 

 

へ〜、そうなのか!

 

で、どんなことが書かれてるの?

 

 

映画『バートン・フィンク』を語る上で、非常に興味深いことが書かれているよ。

 

まず第1節から3節までを見てみよう。

 

7:1 それとも、兄弟たちよ。あなたがたは知らないのか。わたしは律法を知っている人々に語るのであるが、律法は人をその生きている期間だけ支配するものである。

7:2 すなわち、夫のある女は、夫が生きている間は、律法によって彼につながれている。しかし、夫が死ねば、夫の律法から解放される。

7:3 であるから、夫の生存中に他の男に行けば、その女は淫婦と呼ばれるが、もし夫が死ねば、その律法から解かれるので、他の男に行っても、淫婦とはならない。

 

 

いきなり生々しいな。

 

 

なんだか「W.P.とオードリーとバートン」の関係みたいだね。

 

そういえばコーエン兄弟が書いた『サバービコン』も同じように「不倫の三角関係」の話だった。

 

『サバービコン 仮面を被った街』解説シリーズ

 

 

『サバービコン』と『バートン・フィンク』は、ほぼ同時期に書かれた脚本だからね。

 

さて、のちにW.P.も殺されていたことがわかるんだけど、その理由も第1〜3節に書かれている。

 

「妻帯者W.P.と事実婚状態の淫婦オードリー」と肉体関係をもってしまったバートンは、激しい罪悪感を覚えた。

 

だけど彼女の「夫」であるW.P.が死んでしまえば、オードリーは「淫婦」でなくなる。つまり自分の罪も消えるわけだ。

 

だからW.P.も殺されちゃったんだね。バートンが自分の罪を消すために…

 

 

どひゃ〜!そうゆうことか!

 

 

ちなみに第1〜3節は「例え話」なんだ。

 

ここでの「結婚」とは「旧約時代の律法を受け入れること/ユダヤ人になること」の喩えなんだよね。

 

7:4 わたしの兄弟たちよ。このように、あなたがたも、キリストのからだをとおして、律法に対して死んだのである。それは、あなたがたが他の人、すなわち、死人の中からよみがえられたかたのものとなり、こうして、わたしたちが神のために実を結ぶに至るためなのである。

7:5 というのは、わたしたちが肉にあった時には、律法による罪の欲情が、死のために実を結ばせようとして、わたしたちの肢体のうちに働いていた。

7:6 しかし今は、わたしたちをつないでいたものに対して死んだので、わたしたちは律法から解放され、その結果、古い文字によってではなく、新しい霊によって仕えているのである。

 

律法に対して死んだ?

 

律法による罪の欲情?

 

どゆこと?

 

 

『ローマ人への手紙』の著者パウロは、とても真面目な人なんだ。

 

元々エリートユダヤ人でイエスたちを弾圧する側の人間だったんだけど、有名な「サウロの回心」を経験し、地位も家族も捨ててキリスト者になった。

 

だけどそのお陰で、激しい罪悪感に襲われてしまう。

 

宗教的エリートの家系に生まれたパウロは、イエスの教えに回心することで、それまで「空気」のように当たり前だと思っていた律法というものを初めて意識するようになったんだ。

 

そして「自分の罪深さ」に戦慄を覚えてしまったんだね。自分は戒律を守れない「罪びと」だと。

 

 

へ?

 

 

つまり、以前のパウロはユダヤ教のラビ(先生・師)の言う通りに生きていたんだね。

 

ラビというのは「神から与えられた戒律」を実社会に照らして「解釈」する存在。十戒を一言一句守れと言われても、普通は絶対に無理だ。だから「○○はこういう意味である」と現実的に「解釈」してくれる人が必要になる。それがレビ族の子孫の役割だったんだ。

 

でも、回心によってユダヤ人コミュニティから離れたパウロは、律法と直接向き合うことになった。そして、とてつもない罪悪感に襲われた。

 

頭では律法に従おうと考えても、肉体はそれに従ってくれなかったんだね。

 

 

頭でわかってても体が言うこと聞いてくれないって、ビョーキじゃないの?

 

 

お前もあと数年したらわかるわ。自分が猿なんじゃないかって思うはずや…

 

 

第7章で展開されるパウロの自問自答をまとめると、こういう感じになる…

 

神から与えられた「人類の至宝」である「律法」によって、救われるどころか、むしろ自分の「罪深さ」が浮き彫りになってしまうという「矛盾と悲劇」に対し、パウロは苦しみながら考え続けた。

 

そうして辿り着いたのが「律法=結婚」という理論だ。

 

「律法」自体は崇高なもので、100%「善」である。しかし人間の肉体は「意識」とは別の存在であり、どうやっても罪から逃れることはできない。

 

だから神は「律法」ゆえに生じた罪を御子イエスに背負わせ、十字架で死なせた。「律法」という素晴らしいものを持て余してしまう、不完全で憐れな存在である人間を救済するためにね。

 

罪を背負って死んだイエスによって「古い結婚」は解消された。そうしてキリスト者は、晴れて「新しい関係」を結ぶことが出来る…

 

パウロは、そう考えたんだね。

 

 

なるほど!

 

宗教改革を訴えたルターが重要視したのもわかる気がする!

 

 

まあ、そもそも『ローマ人への手紙』というもの自体が「問題提起&解決」という意図のもとで書かれたものだったんだよ。

 

当時ローマで勃発していたキリスト教会内での「ネイティブ・ユダヤ人VS非ネイティブ、非ユダヤ人」問題の収拾をはかるためのものだったんだ。

 

パウロは「そういう過去の問題でケンカするのはやめよう。生まれ変わって同じキリスト者として共に歩むべきだ」と言いたかったわけだね。

 

第7章の中で『バートン・フィンク』的に重要なものをいくつか挙げてみよう…

 

7:15 わたしは自分のしていることが、わからない。なぜなら、わたしは自分の欲する事は行わず、かえって自分の憎む事をしているからである。

 

 

わはは!

 

パニックになった時にバートンが言ってたことそのまんまじゃんか!

 

 

こんなのもあるよ…

 

7:20 もし、欲しないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの内に宿っている罪である。

 

 

これもそのまんま!

 

自分の妄想の中で淫婦オードリーと肉体関係をもち、罪悪感を打ち消すために殺して、その死体処理まで「わたしの内に宿ってる」チャーリーにやらせてた(笑)

 

 

コーエン兄弟も、よく考えたよね。

 

そして極めつけは、これだ…

 

7:24 わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救ってくれるだろうか。

 

 

わお!

 

まさに洗面所にへたり込んでた時のバートンの心境!

 

 

 

これで「あの日の7時台」が『ローマ人への手紙』第7章に対応していることがよくわかったと思う。

 

もうこの先も読めるよね?

 

 

8時台は第8章!

 

 

 

というわけで、次回は「8時台の出来事」を解説していこう。

 

しかし何だか今回の僕は、まるで伝道師みたいだったよね…

 

 

何言うとんねん。

 

かつて「新宿の《歩く電動コケシ》」って呼ばれとったくせに。

 

 

ウッ…

 

 

ああ…

 

おかえもん、倒れちゃったよ…

 

 

元気出して!いい話だったよ今回は!

 

オイラ、目からウロコだったもん…

 

 

サウロの回心か!

 

 

ありがとう、ええじゃろう。

 

立ち上がったついでと言っちゃなんだけど、最後に1曲歌ってもいいかな?

 

 

来たよ、やっぱり(笑)

 

ジェームス・ブラウンかっつーの!

 

 

実は僕、昨夜から心を痛めてるんだ…

 

まさかエルサレムやガザの地で5月14日にあんなことが起こるなんてね…

 

僕はこれまで「カズオ・イシグロ徹底解剖」や「クリストファー・ノーラン徹底解剖」などで「エルサレムとアブラハムの宗教」について色々言及して来た。

 

西洋芸術において根幹と言うべき、避けては通れないテーマだからね。

 

だからイスラエルとアメリカの考えも、パレスチナやイスラムの人々の考えも、痛い程よくわかるつもりだ。両者の妥協点が見つかる可能性はゼロに等しいことも十分理解している。

 

だけどやっぱり胸が痛むんだよね…

 

だからどうしてもこの歌を歌いたい。歌ったところで何にもならないことなど承知してるけど、やっぱり歌わずにはいられない…

 

ずっとそんなことを無意識で考えていたから、今回の話の中に「キーワード」が次々と出て来たんだろうな…

 

 

ああ…もしや…

 

心とか、7時台とか…

 

 

では皆さん、さようなら。

 

この歌が、今宵、すべての悲しみにくれる人にとって、ささやかなる慰めとなりますように…

 

 

中島みゆき『時代』 coverd by BEBE

 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖21「蚊」

 

 

 

 

 

さて、いよいよ「事件発生」だ。


 

その前に、前回を未読の方はコチラ!

 

 

第20回「洗面所と排水パイプ」

 

 

「洗面所=ゴルゴタの丘」っちゅうのには驚いたな。

 

 

あんな細かい仕掛けが施されていたなんて、発見した僕も正直ビックリしたね。

 

さて、話を進めようか。

 

翌朝バートンは蚊の飛ぶ音で目覚めた。

 

 

ベッドの上を飛び回っていた蚊は、バートンの隣に寝ているオードリーの背中にとまる。

 

 

LAに来てからというもの、ずっとバートンを悩ませてきた「犯人」が、その姿をようやく見せた…

 

じゃじゃ〜ん!

 

 

 

ところでさ、この「蚊」って何を意味してるの?

 

しかもポスターなんかで有名な「バートンの額に蚊の影」のシーンって、確か無かったような気がするんだけど…

 

 

 

ずばり言っちゃうと、この「蚊」は「星」なんだよ。

 

東方の三博士にイエスの誕生を知らせた「ベツレヘムの星」なんだ。

 

 

べ、ベ、ベツレヘムの星!?

 

 

「ベツレヘムの星」は、よくクリスマスツリーに飾られてる金銀の星のようにトゲトゲで描かれることが多くて…

 

 

 

ああ!そうか!

 

こうゆうことだったんだ!

 

 

 

そうゆうこと。

 

よく見れば、ホントそっくりだよね、この「蚊」と「ベツレヘムの星」は。

 

鮮やかなまでにコーエン兄弟に一本取られたとしか言いようがない。

 

ところで…

 

せっかく「ベツレヘムの星」の話題が出たんで、1曲歌っていい?

 

 

へ?歌?今ここで?

 

 

お耳汚しになるかもしれないけど、ぜひ聴いて欲しい…

 

タイトルは『Betlehems stjärna』…

 

 

 

1万%あんたじゃない!

 

 

へへへ、バレたか。

 

あれは僕じゃなくて、映画『君の名は。』のスウェーデン語版の吹き替え(瀧役)でも有名なYOHIO君でした。

 

 

バレるも何も…

 

いいから早く解説を進めろよ…

 

 

メンゴメンゴ。

 

さて、ついに憎き蚊を射程圏内に捉えたバートンは、勢いよく手で叩き潰した。

 

 

 

どんだけ血ィ吸ってんねんって感じやな。

 

 

すると、オードリーの体の下から大量の血が湧き出て来た。バートンは彼女の体を仰向けにしてみる。

 

なんとそこは血の海だった…

 

 

 

きゃ〜!事件発生!

 

 

楽しそうに言うな!己は血も涙もないんか!

 

 

だって全部バートンの妄想じゃん。

 

 

確かにね。

 

絶叫を聞きつけた隣室のチャーリーが様子を見に来るんだけど、動揺したバートンは追い返してしまう。

 

だけどやっぱり頼れるのはチャーリーだけ。バートンは623号室に向かい、チャーリーに助けを求めた。

 

 

 

ジョン・グッドマンってホント最高。

 

 

ここからの会話も爆笑ものだよ。

 

ことの事情を尋ねるチャーリーに対し、バートンは「何も知らない。僕はやってない」の一点張りだ。

 

まあ当たり前だよね、全部夢なんだから(笑)

 

そしてチャーリーはこんなことを言う。

 

 

「お前は映画業界に身を置いてるんだぞ!こんなことがバレてみろ…、お前は破滅だ!」

 

 

実はこのセリフ、英語ではこんな風に言っている。

 

You're in pictures, Barton.

 

これって、こんな風にもとれるんだ…

 

「お前はいろんな絵の中にいるんだぞ!」

 

 

 

わはは!

 

確かに『バートン・フィンク』は、いろんな絵の中にいたよね(笑)

 

まずはフラ・アンジェリコの『受胎告知』でしょ…

 

 

そしてカール・ブロッホの『ゲッセマネ』でしょ…

 

 

それからアンドレア・マンテーニャの『磔刑図』!

 

 

 

まだ仰山ありそうやな、元ネタ名画シリーズが。

 

 

だろうね。

 

僕は美術とかあまり詳しくないので、興味のある人は探してみると面白いかもしれない。

 

きっとまだまだ隠された仕掛けがあるはず…

 

 

ちなみにこの時のバートンの「手のひら」にも注目だ。

 

 

 

これ見よがしの聖痕!

 

しかしあの小さな蚊のどこにこれだけの血が(笑)

 

 

笑えるね。

 

さて、チャーリーはバートンを洗面所に移動させる。

 

この部屋における「洗面所」とは、エルサレムの「ゴルゴタの丘」を意味していた。

 

イエスが十字架で処刑され、天に召されたところだね。

 

 

そしてなぜかバートンは、じっと床を見つめる…

 

 

 

わかったぞ!床のタイルが蜂の巣に見えたんだ!

 

エルサレムは「乳と蜜の流れる地」だし、聖書にも「蜜蜂」は何度も出て来る!

 

 

そうだね。

 

しかもマンテーニャ『磔刑図』の「ゴルゴタの丘」の地面にもよく似てる。

 

十字架の上のイエスが自分の足を見たら、きっとこんな風に見えたのかもしれない…

 

 

 

うわあ!

 

確かにそうかも…

 

 

チャーリーはオードリーの死体を抱き上げ、自分の部屋に運んでいった。

 

 

それを見たバートンは床に座り込み意識を失う。

 

右腕をバスタブに掛けたまま…

 

 

このバスタブは『磔刑図』における「墓穴(はかあな)」だったよね。そして洗面所の排水口は天国への道だ。

 

つまりこのシーンは、イエスの体内にあった聖霊が天に昇り、肉体が墓穴に葬られたことを再現している。

 

そして戻って来たチャーリーは、バートンの左右の頬を激しく叩いて正気に戻させるんだ。

 

これは「イエスの死と復活」の再現だよね。

 

 

なるほど…

 

言われてみれば確かにそうだ…

 

あのシーンはそういうカラクリになっていたのか…

 

 

意識の戻ったバートンにチャーリーは「You passed out(お前、気絶してたぞ)」と言う。

 

ここからは「復活後」だね。

 

さらにチャーリーはこう続ける。

 

「いいか、何もなかったと思え。お前は以前と同じように人と接すればいいんだ」

 

 

まさにイエスの復活シーン!

 

 

そしてバートンは腕時計を見る。

 

リプニック社長の邸宅に行く約束の時間「8時15分」まで、あと少ししかなかった。

 

 

 

毛深いなあ(笑)

 

 

イマドキのもんは頭髪以外ツルツルがカッコええと思うとるさかいな…

 

ホンマけったいな風潮や。日米問わず昭和の男は皆ボーボーやった。

 

 

ジョン・タトゥーロの腕毛は映画に全く関係のないことなんで、どうでもいいんだけどね…

 

時計の時間とか気にならない?

 

 

8時1分前か。臭うな…

 

 

聖書で第59節って中々無いから、どうゆう意味なんだろう?

 

 

気になるよね?

 

では、続きは次回の講釈で。

 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖20「洗面所と排水パイプ」

 

 

 

 

 

さて、多くの人が誤解している「洗面所と排水管」の秘密を解説するよ。

 

 

その前に、前回を未読の方はコチラ!

 

第19回「天使の誘惑」

 

 

大天使ガブリエルことオードリーには参ったな。まさかあの「手」に重要な意味があったとは…

 

 

何度も言うように、天才芸術家は無意味なことはしない。この当時のコーエン兄弟は本当にキレッキレだよね。

 

さて、問題の「洗面所の排水管」だ。

 

多くの人はコレを「女性の生殖器官」と結びつけている。

 

でもまあ仕方ないかな。

 

実際コーエン兄弟も「そうとれる」ように見せてるし、映画で最初に「排水管」という言葉が出て来たのも、「619号室」でエッチしまくってるカップルに関しての会話の中だった。

 

 

あのタイミングで、あんな風に意味有り気に「どアップ」で映されたら、そうとしか考えられへんやろ。

 

中二やのうても、そう思うわ。

 

 

しかも「喘ぎ声」と共にカメラが穴の中へドンドン入っていくっちゅう描写やで。

 

これがアレとちゃうんやったら、いったい何なんや?

 

どう考えても「熱烈合体」のイメージやろ!

 

 

まあ確かに、完全に「そうじゃない」とも言えない。

 

あの穴は「昇天の入り口」なのだから…

 

 

へ!?

 

 

この映画における「排水管」とは「天国につながる道」を意味してるんだよ。

 

地上に降下したり、昇天したりするための道だ。

 

つまり、フラ・アンジェリコの『受胎告知』における、帯状の「光の道」のことだね…

 

 

 

 

わお!

 

神様が「手」を洗ってるみたい(笑)

 

 

 

ホンマや。

 

せやけど、あんなとこに画像をひっつけたから、そう見えるだけやろ。

 

 

いや、偶然じゃないと思うよ。

 

たぶんコーエン兄弟もそれを意識して、映画の中で「洗面所」のシーンを何度も使ったに違いない。

 

このフラ・アンジェリコ『受胎告知』に描かれる「神の手」に着想を得て、物語が構想されていたわけだ。

 

しかも、よく注意して見てみると、ヒントが書かれているんだよね。

 

シンクに置かれてる小瓶のラベルの番号は…

 

 

 

ああ〜!

 

イエス・キリストの象徴「42」だ!

 

 

その通り。

 

『マタイによる福音書』第1章の冒頭「イエスの系図」におけるイエスの番号だね。

 

初代アブラハムから数えて14代目がダビデで、さらに十四代後の28代目でバビロン捕囚となり、さらに十四代後の42代目としてイエスが誕生する。

 

「42」は主イエス・キリストの数字であり、万物の究極の答えとも言われている…

 

 

だから「神の国」アメリカでは、プロアマ問わず全スポーツで42が永久欠番になっているんだよね!

 

 

それは初の黒人メジャーリーガー「ジャッキー・ロビンソン」の功績を称えてのことや。

 

 

でもね、そこには「イエス・キリストの数字である」という理由も全く無いとは言えないような気がするんだ…

 

確かにジャッキー・ロビンソンの功績は偉大だ。だけどアメリカは、世界のどこよりも聖書を特別視する国でもある。

 

もしロビンソンの背番号が42じゃなかったら、ここまで永久欠番の波が広がることはなかったんじゃないかなって僕は思うんだよね。

 

 

なるほどね…

 

日本では「縁起が悪い」と忌み嫌われる42だけど、アメリカでは「縁起がMAXすぎて畏れ多い」ってこともあるのか…

 

 

かもね。さて、映画解説に戻ろうか。

 

シンクの上にわざわざ「イエス・キリストの数字42」を置くくらいだから、あの場所には他にも秘密が隠されているんだ。

 

わかるかな?

 

 

 

秘密?

 

 

シンクには2つ蛇口が付いていて、左右の角度が微妙に違うよね。そしてその中央には、排水口の栓が繋がれてる出っ張りがあった。

 

「42」の小瓶は画面で見て左側の蛇口付近に置いてある。

 

 

シンクの上のボードを見ると、中央やや左側にピンクの小瓶が置かれていて、鏡の左側にゴールドの筒状の缶が置かれている。

 

 

この洗面所には、いったい何が投影されていると思う?

 

 

じぇんじぇんわかりましぇ〜ん!

 

 

じゃあ答えを教えよう。

 

この洗面所には「ゴルゴタの丘」が投影されているんだよ。

 

『磔刑図』アンドレア・マンテーニャ

 

 

ハァ!?

 

 

まず洗面所の全体図と『磔刑図』をよ〜く見比べてごらん。

 

真ん中のシンクが刑場の地面の窪みで、左サイドのバスタブが墓場、右サイドの黒壁が岩の壁…

 

そして鏡ボードの中央やや左のピンクの瓶がエルサレムの岩で、金色の筒がエルサレムの街の中に見える塔…

 

 

 

おお!何だか対応してるっぽい!

 

 

そしてシンクのアップは、こうなっている。

 

真ん中の出っ張りはイエス、排水口の栓は兵士が遊んでる丸いボードゲーム、右側の蛇口は盗賊ゲスタス、泡立てブラシが馬の尻尾、左の蛇口は盗賊デュスマス…

 

 

 

泡立てブラシが馬の尻尾…

 

そんで排水口の栓が、謎の丸いボードゲーム…

 

なんちゅう暗号を忍ばせたんや、コーエン兄弟は…

 

 

イエスが「42」の瓶になって左側に移動してるのは何故?

 

 

イエスと一緒に磔になった二人の盗賊のうち、イエスの右側、つまり画面で左側の盗賊デュスマスは、死の前にイエスからこんなことを言われたんだ。

 

23:43 イエスは言われた「あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」

 

 

あれ?前に聞いた話だな。

 

何でそんなことになったんだっけ?

 

 

もうひとりの盗賊ゲスタスが「お前が本当にメシアなら、自分で自分を救ってみせろ」とイエスに言った際、デュスマスはこうたしなめたんだ。

 

「俺たちは悪いことをして刑を受けている。だけどこのお方は何もしてないのに刑を甘んじて受けているのだぞ。お前は恥ずかしくないのか?」

 

そしてイエスはデュスマスを祝福した。すでにあなたは私と一緒にパラダイスにいる、と。

 

だからマンテーニャの『磔刑図』では、左の盗賊は明るい色で、右の盗賊は暗い色で対照的に描かれているんだね。

 

そしてコーエン兄弟が「42」の瓶を「左の蛇口の傍」に置いたのも、この逸話に由来する。

 

 

こ、細かい…

 

恐るべしコーエン兄弟…

 

そしてそれを見逃さないおかえもん…

 

あなたという人は…

 

 

他の人の目は欺けても、僕の目は欺けないよ。

 

どんな些細なことでも見逃さず、徹底的に深掘りしてみせる…

 

それが当ブログ『おかえもんの深読みウンチク三昧』の真骨頂だ!

 

 

ブログタイトルを変えたほうがいいんじゃ…

 

知らない人が聞いたら絶対ゴミブログだと思うよ…

 

 

さて、洗面所が「ゴルゴタの丘」だってことは十分理解できたかと思う。

 

でもこれって映画のセリフをきちんと聞いていれば、気付くことなんだよね。

 

「623号室」に滞在してるチャーリーは、聞こえないはずの「619号室」の「アレの声」が聞こえると言った。

 

そしてチャーリーは、驚くバートンに理由をこう説明する。

 

 

「排水管を伝わって聞こえてくるんだ。ホテル内の全ての音が排水パイプから手に取るように…」

 

 

チャーリーは「光の帯」を通って天界と下界を行き来する「聖霊」だ。

 

だから彼は地上世界のことは何でも知っている。全知全能の神の同位体だからね。

 

 

いつもホテルの部屋の前に靴が並べられるのは、それぞれの部屋が人間の人生を表していたからなのかな?

 

 

 

そうだね。

 

そして面白いことにバートンは他の客を一度も目撃することは無かった。

 

他人の人生だから見えなかったんだ。全てを知ることが出来るのは、聖霊であるチャーリーだけ。

 

 

なるほどなあ!

 

 

だからバートンとオードリーが熱烈合体した時に「排水口」がアップになって、そこへカメラが突っ込んでいくのは、決して「挿入」のイメージだけじゃなかったんだ。

 

あれはイエスが「光の帯」を通って天に召されるイメージでもあったんだね。

 

 

すっかり勘違いしとったわ。崇高な映像表現やったんやな。

 

 

『バートン・フィンク』は奥が深いよね。

 

今回は図とか作って疲れちゃったから、続きは次回にしようか。

 

いよいよ「事件発生」だな。

 

 

やっとかぁ!

 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖19「天使の誘惑」

 

 

 

 

 

さて、今回はバートンの部屋621号室で巻き起こる大事件を解説するよ。

 

この映画の中で、最もコミカルで、最もスリリングなシーンだね。

 

 

そんなコミカルやったか、あの場面?

 

 

出来事はシリアスだけど、喋ってることは完全にコントなんだ。

 

だからバートンを演じてるジョン・タトゥーロも、わざと臭い芝居をしている。大根役者がやってるみたいに棒読みしたり、大袈裟な感情表現してみせたりね。

 

 

その前に、前回を未読の方はコチラ!

 

第18回「8時15分、MORAGA 829番地」

 

 

まず、例によってタイプライターがアップで映し出される。

 

そこに書かれていた文字は「Orphan? Dame?(孤児か?男が演じてる年増女か?)」だった。

 

 

 

ちょっと待てよ!

 

「男が演じてる年増女」って何だ!?

 

 

演劇用語で「dame」は、そういう意味なんだよ。

 

現代日本の歌舞伎みたいに、かつてはヨーロッパでも女性は舞台に立つことを禁じられていた。だから歌舞伎同様に美形の「女形」役者がいて、女性以上の女性らしさで人気を博していたんだ。

 

そんな「女形」役者に惚れ込んだシェイクスピアが書いた詩『ソネット73番」を、第1回で紹介したよね。

バートン・フィンク徹底解説・第1回

 

秘書オードリーは、天使の中でも最も美形とされる「大天使ガブリエル」だった。

 

つまり「美形の男」が演じてる「年増女」ってわけ。

 

そして「孤児」は、言わずもがな、チャーリーのことだね。

 

 

 

「dame」にそんな意味があったなんて…

 

 

さて、例によってバートンは脚本が全く書けず、落ち着かない様子で部屋の中を行ったり来たりする。

 

 

 

 

 

ちょい待てェ!なんじゃこりゃァ!

 

背後の壁紙が御開帳しとるやんけ!

 

しかも「随喜の涙」が大洪水や!

 

 

ずいきのなみだ?なにそれ?

 

 

もうアカン…

 

バートンの頭の中はアレでいっぱいや…

 

 

アレ?

 

 

ええじゃろうは、まだ子供だ。あまり変なこと教えないように…

 

 

さて、どうにもこうにも収まらないバートンは腕時計に目をやる。

 

時間は午前12時31分と32分の間あたりだった。

 

 

 

やっぱりこれにも意味があるんだよね…?

 

 

もちろん。天才コーエン兄弟は無駄なことをしない。

 

天才ノーラン兄弟も『インセプション』や『インターステラー』で「腕時計のアップ」を駆使してたよね。時計の文字盤って、いろんな情報を潜ませられるんだ。

 

 

ああ、そうだった!

 

おかえもん曰く、『インセプション』における腕時計の文字盤は「ルパン三世『カリオストロの城』の指輪」で…

 

 

『インターステラー』における腕時計の文字盤は、映画『コクリコ坂から』の主題歌『さよならの夏』の歌詞「遅い午後を行き交う人」「私の愛、それはカモメ」を表していたんだったよね…

 

『さよならの夏』cover by BEBE

 

 

そうだったね。早く消された記事をこっちに引っ越ししなきゃ。

 

さて、バートン・フィンクがオードリーに電話をかけたこの「12時31分〜32分」という時間は、『マタイによる福音書』第12章の31節と32節のことを指している。

 

12:31 だから、あなたがたに言っておく。人には、その犯すすべての罪も神を汚す言葉も、ゆるされる。しかし、聖霊を汚す言葉は、ゆるされることはない。

 

12:32 また人の子に対して言い逆らう者は、ゆるされるであろう。しかし、聖霊に対して言い逆らう者は、この世でも、きたるべき世でも、ゆるされることはない。

 

 

どゆこと?

 

 

これから始まるシーンの説明だね。

 

バートンはオードリーとの会話で「神を汚す言葉」を連発し、「人の子に対して言い逆らう」んだよ。

 

だけどそれはOKだというんだ。

 

でも「聖霊を汚す言葉」や「聖霊に言い逆らう」ことは許されない…

 

 

意味深だ…

 

 

さて、バートンは意を決し、フロント係のチェットに電話をかける。

 

そしてハリウッドの「SLAUSON 6-4304」に繋いでくれと頼む。

 

 

また来たで。

 

『マタイによる福音書』第6章43節か?

 

 

『マタイによる福音書』第6章は34節までしかない。だからここは別の福音書に対応してるんだよね。

 

ちなみにこの番号を伝える時、バートンは「0(オー)」を「or(オア)」っぽく言うんだ。

 

「6、43…or4」

 

つまり「第6章の43節か44節」って感じでね。

 

 

今ググったんやけど、「マタイ」以外の3福音書「マルコ、ルカ、ヨハネ」全部に「第6章43・44節」はあるやんけ!

 

いったいどれやねん!?

 

 

『ヨハネによる福音書』だね。

 

 

即答!?なんで?

 

 

地名の「Slauson」がヒントだよ。これって「Slay son」の駄洒落だと思うんだよね。

 

「slay」は「意図的に殺す」って意味だから、「計画をもって息子を殺す」って意味になる。

 

そしてその内容にマッチしてるのが『ヨハネによる福音書』第6章43・44節ってわけ。

 

6:43 イエスは彼らに答えて言われた、「互につぶやいてはいけない。

 

6:44 わたしをつかわされた父が引きよせて下さらなければ、だれもわたしに来ることはできない。わたしは、その人々を終りの日によみがえらせるであろう」

 

 

これは何を言ってるの?

 

 

イエスが説法で「私は天の父によって地上に降ろされたパンだ」と言うので、イエスをよく知るナザレの地元の人々が「何バカ言ってんだ?お前はヨセフとマリアの子じゃないか」と突っ込んだんだ。

 

それにイエスが答えたんだよ。こんな風に…

 

「天の父は、いずれ私を再び天に引き上げるだろう。私というパンを心の糧とする者は、同じように天の父によって天国へと引き上げられ、永遠の命を得ることになる」

 

つまりイエスは、自分が磔になり、全人類の原罪を背負って死ぬことが「天の父の計画」だと言っているんだね。

 

 

なるほど!

 

「Slauson 6-4304」という番号で、これから「誰かが罪を背負って死ぬ」ことを予言してたわけか!

 

 

そうゆうこと。

 

たぶんコーエン兄弟以外は、世界で僕しか気付いていないんじゃないかな。

 

 

たぶんここまで細かく解説しようと考える人自体がいなさそうだけど…

 

 

さて、電話がオードリーに繋がると、例によって泥酔したW.P.メイヒューの罵声が聞こえて来た。

 

バートンはオードリーに助けを求める。オードリーは、W.P.を寝かしつけたら外出できるとバートンに告げた。

 

そして二三時間ほど後、ついにオードリーがバートンの部屋にやって来る。

 

 

ここでも彼女のファッションに注目だ。

 

「妄想ピクニック」の時は「胸のブローチ」だったけど、今回のサインは「帽子」にあった。

 

わざわざこんな風にアップで映して、これ見よがしに帽子を脱ぐんだよね(笑)

 

 

 

ああ!飾りが百合の花!

 

 

その通り。

 

「ユリ」と言えば「大天使ガブリエル」のシンボルだ。

 

 

 

こうやって説明されるとオイラみたな子供でもわかるのに、映画を観た時は全然気が付かなかったな!

 

 

たぶん日本語字幕や吹き替えのせいだろうね。重要な部分が綺麗サッパリ抜け落ちているから。

 

というか日本語に訳すのは無理なんだろうな。言語と文化の壁というものは、僕たちが考えてる以上に厚くて高い…

 

 

まあ、だから僕がこうして書いているわけだけどね。

 

 

さて、オードリーはバートンにこう切り出す。

 

 

「で、実際のところ、どんな助けが必要なわけ?」

 

 

ここからの会話は大爆笑ものだ。もし僕が映画館でこのシーンを観てたら、笑いが止まらないだろうね。

 

 

いちおうシリアス&ロマンチックな場面やろ。こんなとこで笑っとったら超迷惑な客やで。

 

 

そんなことないと思うけどなあ。

 

公開当時、欧米の劇場では、このシーンでみんな笑っていたと思うよ。ギャグの応酬だから。

 

 

マジかよ!

 

 

オードリーの質問に対し、バートンは興奮しながらまくし立てる。

 

 

「あらすじを考えなきゃいけないんだ!君だったら何か助けてくれるんじゃないかって…。ストーリーだよ、The whole goddamn story(忌々しいストーリー丸ごと全部だ)!三部構成で!The whole goddamn...」

 

 

 

「goddamn」連発やな。神様を冒涜しまくりや(笑)

 

さっきの『マタイによる福音書』第12章31節「神を汚す言葉は許される」っちゅうのがコレか。

 

 

だね。でも福音書を書こうって人が「goddamn」を連発しちゃいけないよね(笑)

 

呆れたオードリーはバートンを制止し、こう言った。

 

 

「あらすじ?細かいシーンは要らないの?」

 

 

バートンはまた「The whole goddamn!」と声を荒げる。そしてオードリーに尋ねた。

 

 

「これまでビル(W.P.)のレスリング映画のシナリオを読んだことはある?」

 

 

オードリーは奥歯に物が挟まった感じで答える。

 

 

「ええ…まあ…あることはあるけど…」

 

 

 

そっかあ!

 

バートンは目の前にいる相手が「神のメッセンジャー大天使ガブリエル」だと知らずに「福音書」の書き方を聞いてるんだ!

 

超笑える(笑)

 

 

でしょ?

 

二人の会話は、こんな風に進んでゆく。

 

 

「どんなだった?何が書かれていた?」

 

 

「そうね…だいたいがシンプルな勧善懲悪ものよ。善いレスラーと悪いレスラーがいて、悪いレスラーは最後に倒される。その途中で、誰かに愛が芽生えたり、守るべき子供が登場したり。ビルはいつも主人公を辺境出身か罪人にしたわ。時々守る対象として、頭がちょっと弱い人を登場させたりしたけど、いつもスタジオは嫌がっていたわね。シナリオのいくつかは、そう、spirited…。プッ。うふふ…」

 

 

 

 

なぜそこでウケる!?

 

 

「生き生きしてた」という意味で使った「spirited」という言葉に、オードリーは自分でウケたんだね。

 

「霊的」という意味にもとれるから、思わず笑っちゃったんだよ。

 

「やべェ、言っちゃった」ってね。

 

 

でもバートンは全く気が付かない。

 

「何がおかしかったんだろう?」って固まってる。

 

 

 

なるほど!

 

コーエン兄弟は中盤からヒントを出しまくってたんで、まだ気付いてないのはバートンだけってことなんだ!

 

これは映画館でもクスクス笑いの嵐だな。

 

 

さらにオードリーは続ける。

 

 

「聞いて。さっき言ったのが定型ってやつなの。なにも命を削るようにして書かなくてもいいのよ。適当に登場人物の名前や設定を決めて、それを定型の物語に当てはめて《新しい物語》にしちゃえばいい。私が手伝えば、すぐに出来ちゃうわよ。いつもビルにもそうしてたし…」

 

 

最後のセリフを聞いたバートンは飛び上がって驚く。

 

 

「ビルに何をしてたって!?君がビルの脚本を書いていたのか!?」

 

「でも、基本的なアイデアは、だいたいビルが…」

 

「君が書いていたのか!Jesus Christ!いつから!?」

 

 

 

今度は「人の子」の名を汚した(笑)

 

『マタイによる福音書』第12章32節だ。

 

 

コーエン兄弟も、預言したことは、きっちり成就させるよね。さすがだ。

 

さて、バートンに問い詰められシドロモドロになったオードリーだけど、ついに事実を打ち明ける。

 

数年前から自分がW.P.の代わりに書いていたことを…

 

 

「私がしていたのは…言ってみれば編集みたいなもの…。彼が酔いつぶれている間だけ…」

 

「なんてこった!Jesus!何が《偉大なる創造的活動》だ!Goddamn!奴はとんだ詐欺師だ!」

 

 

バートンの興奮は収まらない。W.P.を罵る言葉を連発する。そして呆然とした表情で、ベッドのオードリーの隣に座った。

 

オードリーは「妄想ピクニック」の時と同じように「これで彼のことをジャッジしないで」と語る。

 

そしてバートンの後頭部に手を廻し、諭すように言う…

 

 

「私たちに必要なのは理解なの。そして今夜あなたに必要なのは…」

 

 

 

 

さすが童貞疑惑のバートン、オバハンに任せっきりか!

 

完璧に「まな板の上の鯉」やんけ!

 

 

そしてブチュ〜!

 

 

 

まあ仕方ない。バートンの「マイベスト妄想シチュエーション」なんだから。

 

個人の性癖を笑っちゃいけないよ。

 

 

ところで、この画を見て何か気付かない?

 

オードリーがバートンの後頭部を押さえて抱き寄せる姿って、どこかで見たことない?

 

 

へ?

 

後頭部を押さえて抱き寄せる姿?

 

 

実は、このシーンの再現なんだよ。

 

カール・ブロッホ『ゲッセマネ』

 

 

ああ!

 

も、もしや、大天使ガブリエル!?

 

 

「アバ、父よ!」と、天の父に祈るイエスのもとに現れたんだから、間違いなく大天使ガブリエルだよね。神の秘書、メッセンジャーなんだから。

 

 

どひゃ〜!

 

まさかあのラブシーンに、こんな秘密があったなんて!

 

 

だから、この後の描写も重要なんだ。

 

 

カメラが洗面所の排水口から穴に入っていくやつ?

 

 

 

 

多くの人はあれを「性的イメージ」だと決めつけている。女性の体内に入っていくイメージだと…

 

非常に嘆かわしいよね。

 

どれだけ世間の人々の頭の中は「アレのこと」でいっぱいなんですか、と僕は声を大にして言いたい。

 

 

ええ!?違うの?

 

 

僕がコーエン兄弟に代わって、あのシーンの意味をきちんと説明しなければいけないな。

 

ということで、続きは次回の講釈で…

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖18「8時15分、MORAGA829番地」

 

 

 

 

 

さて今回は、プロデューサーのガイズラーが「ideas」と言いながら差し出したメモ「朝の8時15分、MORAGAの829番地」の秘密から行こうか。

 

 

 

その前に、前回を未読の方はコチラ!

 

第17回「死と復活」

 

 

「アイデア」って言いながら出しただけに、やっぱり脚本を書くアイデアなんやろな。

 

 

もちろん。

 

 

ところで「MORAGA」って何?

 

 

ビバリーヒルズと並ぶロサンゼルスの超高級住宅地ベル・エアーにある地域の名前だよ。

 

 

ベル・エアー?聞いたことないな。

 

 

日本ではビバリーヒルズみたいに知られていないからね。だけどアメリカでは超有名なんだ。

 

高級物件専門の不動産ブローカーであるIVAN ESTRADAさんに案内してもらおう。

 

IVAN ESTRADA『BEL AIR COMMUNITY TOUR』

 

 

すげえ!どれも豪邸というか「貴族の城」だな!

 

 

だね。

 

元々山と谷しかなかったこのエリアが、高級住宅地に変貌していったのは1920年代のこと。あるハリウッドの大物が乗馬を楽しむために牧場と豪邸を建てたことに始まる。

 

その人物とは、『オズの魔法使い』『風と共に去りぬ』で知られる映画監督のヴィクター・フレミングだ。

 

彼がベル・エア―のMORAGAの谷に居を構えたことにより、ハリウッドのスターやロサンゼルスの名士たちが連日集うようになり、セレブ御用達の土地へとなっていった。

 

 

 

おお〜!超大物!

 

 

フレミングの邸宅は「MORAGA ESTATE」と呼ばれ、今でも残っている。

 

かつての牧場跡地はブドウ畑に変わり、現在では「MORAGA VINEYARDS」として知られているよ。

 

 

MORAGA VINEYARDS ESTATE

 

ちなみに現在のオーナーは、FOXグループ会長の「世界のメディア王」ことルパート・マードックだ。 

 

 

る、ルパート・マードック!世界レベルの超大物じゃんか!

 

 

そんなところに住んでいるリプニックだけに、どれだけハリウッドで力を持っているかがわかるというものだ。

 

 

 

 

なかなか「MORAGA」って名前だけじゃ日本人にはピンと来ないよなあ…

 

 

だよね。

 

そして「MORAGA」という地名が選ばれたのには、もうひとつ理由がある。

 

アルファベットのつづりをよく見てごらん。別の「ある地名」が隠されているんだ…

 

 

ある地名?

 

 

あ!わかった!

 

ローマ(ROMA)だ!

 

 

その通り。

 

つまりこのメモに書かれてる数字「815」と「829」は、新約聖書『ローマ人への手紙』の章と節に対応しているってことなんだね。

 

 

つまりホテルの部屋番号と同じっちゅうことやな。

 

 

 

そうだね。

 

ここでコーエン兄弟は「MORAGA」という地名を出して、『ローマ人への手紙』を臭わせたんだ。

 

まだ気付いていない人たちに向けてね。

 

 

気付くの、あんただけだと思う…

 

 

さて、まずは「8:15」から見よう。

 

『ローマ人への手紙』第8章15節には、こんなことが書いてある。

 

8:15 あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。

 

 

アバ!?

 

ABBAのこと?

 

 

 

「アバ」とは、イエスの時代にユダヤの民が日常語として使っていたアラム語で「父」という意味の言葉だ。

 

イエスは最後の晩餐のあと、ゲッセマネにおいて「天の父」に向かって「アバ、父よ」と祈ったんだね。

 

カズオ・イシグロの短編集『夜想曲集』第3話でABBAが何度も出て来るのも、ここに由来する。

 

 

 

いろいろ繋がるな…

 

 

コーエン兄弟の『バートン・フィンク』と、カズオ・イシグロの『日の名残り』と『夜想曲集』は、非常に関連性が高いからね。

 

だからあっちを中断させてまでコーエン兄弟作品の解説を始めたんだよ。

 

カズオ・イシグロ『夜想曲集』第3話「モールバンヒルズ」

 

 

 

そうだったな…

 

 

さて、「829」のほうには、こんなことが書かれている。

 

8:29 神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。

 

 

どゆこと?

 

 

神は予め旧約時代の預言者たちを「イエスに似た姿」にしたというんだ。

 

つまりイエスこそが全ての預言者の頂点に立つという意味だね。キリスト教とは「旧約時代の数々の預言を成就する存在がイエスである」という立場を取る教えだから。

 

だから福音書、特に『マタイによる福音書』は、ヘブライ聖書からの引用が多かったわけだ。

 

映画『バートン・フィンク』では、脚本が書けなくて悩む主人公バートンに対してプロデューサーのガイズラーが「同業者に聞け!似た映画からパクれ!」とアドバイスする。

 

つまりこれはバートンに「旧約聖書をパクって福音書を書け!」と言ってるに等しかったんだね。

 

 

なるほど!

 

 

まあこの「815」と「829」については、リプニック邸でのシーンで詳しく解説しよう。

 

さて、ガイズラーに指示されてバートンは映画スタジオの試写室に向かった。そしてレスリング映画『Devil On The Canvas』の編集前の映像を延々と見せられる。

 

 

 

ホンマひどい映画やったな。

 

せやけど、あれにも何か意味があるんやろ?

 

 

もちろん。

 

あの映像はイエスが悪魔と戦った「荒野の誘惑」が投影されているんだ。『マタイによる福音書』第4章に描かれる有名な場面だね。

 

 

そして後に登場する「燃えるホテル」と「怒りのチャーリー」の元ネタでもあるんだよね。

 

あのレスリング映像を繰り返し見せられたから、バートンの頭の中に「燃えるホテル」と「怒りのチャーリー」というイメージが刷り込まれてしまったんだ。

 

 

 

なぬ!?

 

 

あの試写では、まず最初に「シーン12 Apple」のテイクが繰り返し映し出される。

 

 

 

アップル?

 

 

写真や映画の撮影って、同じようなものをたくさん撮るよね。

 

だから後で混乱しないように、数字とアルファベットで識別番号を付けるんだ。

 

その時、アルファベットを一文字にすると「聴き間違い」が発生する可能性が出て来る。「BとV」とか「GとZ」とか…

 

だからAを「Apple」と呼んだりするんだよ。同じようにBを「Baker」、Cを「Charlie」といったようにね。

 

 

それ聞いたことあるわ。

 

航空・鉄道業界や軍隊でも使っとる。

 

 

ああ、思い出した!

 

前に紹介した『ジェネレーション・キル』でもそうだったね!

 

アメリカ海兵隊の小隊の名前が「アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ」だった!

 

HBOドラマ『ジェネレーション・キル』って、どんなドラマ?

 

 

そうだったね。

 

さて、「シーン12 Baker」は引きのアングルで、レスラー2人が組み合う画だった。

 

そして「シーン12 Charlie」は、片方のレスラーが相手をマットに組み伏せる姿がアップで映し出される。

 

その映像にバートンは呆然とした表情で釘付けになっていた。

 

ちなみに「apple(りんご)」と「baker(パン)」はイエス・キリストの象徴とされている。

 

それを両手に持つイエス像もよく描かれるんだ。新旧聖書統合のイメージなんだろうか。旧約といえば「林檎」だし、新約といえば「パン」だからね。

 

ルーカス・クラナッハ『林檎の木の下の聖母子』

 

 

まさに「apple、baker、charlie」や。

 

 

そして「apple」はニューヨークの愛称でもあるよね。チャーリーはこの時ニューヨークに出張していたんだ。

 

「baker」は「(パンを焼く)かまど」という意味もある。バートンが泊るホテルの部屋は、風通しが悪いのか、やけに蒸し暑い。暑がりのチャーリーはロサンゼルスの「heat」をやたらと強調していた。

 

そして最後には「自然発火」してしまう…

 

 

すべてが繋がっていくね…

 

 

いよいよクライマックスが近くなってきた。

 

次回は、いよいよバートンとオードリーが結ばれるシーンだ。

 

お楽しみに!

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖17「死と復活」

 

 

 

 

 

 

さて、作者であるコーエン兄弟自身による「ネタバレ」で話は進めやすくなったね。

 

この映画が、使徒パウロによる『ローマ人への手紙』をベースに、主人公バートン・フィンクが『マタイによる福音書』を書く物語だということが明らかにされた。

 

 

前回を未読の方はコチラ!

 

第16回「ネタバレ御免!」

 

 

ホテルの部屋番号が『ローマ人への手紙』の章節に対応しとるっちゅうのはオモロイよな。

 

作家としての魂を売ってしまったバートンの部屋「621号室」が、

 

6:21 その時あなたがたは、どんな実を結んだのか。それは、今では恥とするようなものであった。それらのものの終極は、死である。

 

表の顔はセールスマン、裏の顔は殺人鬼。だがその正体は「白い鳩の姿をした聖霊」チャーリーの部屋「623号室」が…

 

6:23 罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。

 

そんで、発情期の動物よろしく交わりまくっとるカップルの部屋「619号室」が…

 

6:19 わたしは人間的な言い方をするが、それは、あなたがたの肉の弱さのゆえである。あなたがたは、かつて自分の肢体を汚れと不法との僕としてささげて不法に陥ったように、今や自分の肢体を義の僕としてささげて、きよくならねばならない。

 

 

 

 

うまく出来てるなあ!コーエン兄弟って天才!

 

 

僕も最初は気付かなかった。

 

ジャック・ケルアックの『孤独な旅人』のお陰だね。あの短編集に出て来る「数字」がそういう構造になってることに気付いたから、こっちも気付けたんだ。

 

カズオ・イシグロ『日の名残り』とジャック・ケルアック『孤独な旅人』

 

 

 

 

オッサンは次から次へと衝撃的新発見を発表しとるわりに、文芸界からも映画界からもブログ界隈からも無視され続けとるのは何でやろな?

 

 

実に悩ましい質問だね…

 

たぶん、僕に立派な肩書が無いからじゃないかな。

 

あと、すでに出来上がってる生態系に、どこの馬の骨かわからない奴が土足で上がり込んでくることが好まれないのかもしれない。

 

意外と保守的なんだよね、文学や映画ファンって。

 

 

そんな話はいいから、解説進めようよ!

 

 

そうだね。

 

さて、チャーリーが退場してからのシーンからだったな。

 

バートンはチャーリーとの「妄想会話」で得たヒントを手掛りに、脚本の執筆を進めようとする。

 

だけどやっぱり筆が進まない。

 

「洗礼者ヨハネ」と「イエスの死と復活」に関して、あれだけ直接的なヒントをもらったのに、まだ決定的なキッカケが掴めないでいるんだ。

 

バートンは椅子の背もたれに思いっきり寄りかかり、空を見つめる…

 

 

 

あれ?

 

このポーズ、どっかで見たことある気がする…

 

 

グラビアの定番ポーズやろ。

 

 

まあ、あながち間違ってはいない。

 

あれは「ゴルゴタの丘」でイエスと共に磔にされた二人の罪人のイメージであるんだ。

 

『磔刑図』アンドレア・マンテーニャ

 

 

おお〜!同じポーズ!

 

 

そしてそれと同時に「聖セバスティアヌスの殉教」のポーズのイメージでもあるんだよね。

 

グイド・レーニ『聖セバスチャンの殉教』

 

 

ああ!三島由紀夫の!

 

『血と薔薇』創刊号(昭和43年10月)巻頭グラビアより

 

 

だね。三島は1911年に初演された神秘劇『聖セバスチャンの殉教』に影響を受けたと言われている。

 

 

神秘劇?

 

 

宗教劇のことだよ。聖書の物語や聖人を題材にした歌劇だ。

 

当時ヨーロッパ随一の人気を誇っていたカリスマ女優イダ・ルビンシュタインのために、イタリアの大作家ガブリエーレ・ダヌンツィオが詩を書き、フランスの大作曲家クロード・ドビュッシーが曲を付けたという超話題作だよ。

 

 

 

ダヌンツィオっちゅうたら、作家としてだけやのうて、軍人・革命家としても有名や。

 

私兵を率いて母国イタリアに宣戦布告したこともあった。ムッソリーニはダヌンツィオの思想や絶大なる人気を利用して、ファシスト党の勢力を伸ばしたんやったな。

 

 

なんだかちょっと三島と被るね。

 

 

かもね。

 

そして「聖セバスティヌス」は「同性愛」のアイコンとしても有名だ。

 

トーマス・マンの『ベニスに死す』や、三島の『仮面の告白』、そしてイギリスの映画監督デレク・ジャーマンの『セバスチャン』などでも象徴的に描かれる。

 

 

女に全く縁の無かったバートン・フィンクは、自分のことを「ゲイ」なんじゃないかと疑っとったもんな。

 

 

そしてバートンには、もうひとつ大きな不安があった。

 

「ユダヤ人」としての不安だね。

 

ユダヤ人への差別というと、まるでナチスの専売特許みたいに思われているけれど、実は連合国側でも根強いものがあったんだ。イギリスでもアメリカでも、ユダヤ人は20世紀に入っても社会で差別されていた。アメリカでは「黒人差別」の陰に隠れているけれど「ユダヤ人差別」も酷いものがあったんだよね。

 

そして神秘劇『聖セバスティアンの殉教』も、1911年にパリで上演された際、内容だけでなく「演者の人種・性問題」で大騒動になったんだ。

 

聖人を演じる主演女優のイダ・ルビンシュタインが「ユダヤ人」で「バイセクシャル」だったので、カトリック教会が反発したんだよね。

 

フランスの大司教は国内の信徒に「観劇禁止」を訴え、バチカンはダヌンツィオの本を「禁書」にした…

 

 

うわあ…

 

 

バートンにあのポーズを取らせることによって、コーエン兄弟は様々な情報を伝えようとしたんだね。

 

そしてバートンは天井を見つめ、上の階の物音に耳を澄ます。

 

磔で処刑されたイエスの体から聖霊が抜け出し、天国に戻ってるイメージを掴もうとしてるんだね。

 

あと少しで「死と復活」が出来上がるはずだ…

 

 

そしてシーンは再び早打ちタイプライターのアップに変わる。

 

映画プロデューサーガイズラーの秘書のおばちゃんの登場だ。

 

 

 

どないしたんや、おばちゃん。

 

今日は蝶柄の服に口紅バッチリで。

 

 

バートンの頭の中でグルグルしてる「イエスの死と復活」のイメージが投影されたんだね。

 

口紅は「死の接吻」のイメージで、蝶は「死と再生」のイメージだよ。

 

キリスト教文化圏の芸術作品では、古くから蝶が「イエスの死と復活」を象徴するものとして描かれているんだよね。

 

 

なるほど!日本でも蝶は死者の魂に喩えられるもんな。

 

 

ちなみにチャーリーの右耳から「耳ダレ」が止まらないのも「死の接吻」絡みのネタだ。

 

使徒ユダがイエスを裏切った場面で、イエスを捕らえに来た兵士の右耳が切り落とされ、血が流れる。

 

 

さて、おばちゃんをボンヤリ見つめているバートンの背後には、映画スターたちのポスター写真が飾られていた。

 

実はそこにも「イエスの死と復活」のイメージが投影されているんだよね…

 

 

 

両方とも「3人の足」しか映っとらんやんけ!

 

 

バートンの頭の中に「十字架に掛けられる3人」というイメージが浮かんできたんだよ。

 

 

ここに「両手を広げる主人公」というイメージと…

 

 

 

「頭の後ろで腕を組む脇役2人」というイメージを重ねれば…

 

 

あまりにも有名な「ゴルゴタの丘」のシーンが完成する。

 

 

 

うひゃあ〜!

 

コーエン兄弟、お見事!

 

 

さて、ガイズラーがバートンを呼び出したのは他でもなかった。映画スタジオの社長リプニックから脚本の催促が来ていたんだね。

 

しかしバートンが全く書けていないと答えた時、ガイズラーは焦った。もし脚本が間に合わなかったら、プロデューサーである彼の責任になってしまうから…

 

 

 

なんか早口でまくし立てとったな。

 

言っとることの意味はようわからんかったけど、顔や動きがオモロかった。

 

 

こんな風にまくし立てるんだよね。

 

 

「まだ書けてないだと!?たかがB級映画の脚本だぞ!『Hamlet』や『Gone with the Wind』、『Ruggles of Red Gap』でも書いてるつもりか!?」

 

 

 

ん?最初のが『ハムレット』で、次が『風と共に去りぬ』でしょ…

 

 

ラグルス・オブ・レッド・ギャップ?

 

最後のやつは聞いたことないな。

 

 

だよね。

 

前者2つに比べると、格段に知名度の低い映画なんだ。

 

でもコーエン兄弟がこれを入れたのには、ちゃんと理由がある。

 

この映画の主人公ラグルスが「イエス・キリスト」だからなんだよね。

 

 

なぬ!?

 

 

主人公ラグルスは、イギリスの貴族に仕える執事だった。だけど主人がアメリカのド田舎の成金と賭けをして負け、ラグルスは成金に仕えることになってしまうんだ。厳格なルールや細かな作法を重んじる英国の伝統社会から、アメリカ西部の開拓社会へやって来たラグルスは、何もかもが戸惑うことだらけ。だけど次第に「自由」や「平等」の素晴らしさを肌で感じるようになり、「自立」や「責任」というものをアメリカ人以上に意識し出し、周囲の人々にも様々な影響を与え始める…

 

つまり、厳格なルールと作法に支配されていた英国時代が「旧約の世界」で、自立と責任によって自由と平等を謳歌できる米国生活が「新約の世界」というわけなんだね。

 

この映画の名シーンといわれる「ラグルスによるゲティスバーグ演説」は、福音書における「山上の垂訓」の役割を果たしているんだよ。

 

 

 

しかしまたおかえもんの深読みなんじゃないか?

 

 

じゃあなぜコーエン兄弟は、誰でも知ってる『ハムレット』『風と共に去りぬ』と一緒に『Ruggles of Red Gap』の名前を出す必要があったのかな?

 

ちなみにこの映画、日本で公開された時は全然違うタイトルだったんだよ。

 

『人生は四十二から』という邦題だった。

 

 

四十二?

 

 

ラグルスが42歳なんだよね。

 

42歳でも人は変われるし、不可能は無いって意味だろうね。

 

そして「42」といえば「14+14+14」だから…

 

 

イエス・キリスト…

 

 

そういうこと。

 

ちなみにイチローも、そんなTシャツを着て話題になったよね。

 

 

 

まさに求道者…

 

 

さて、ガイズラーはわけのわからない話を早口でまくし立てるんだったね。

 

 

「リプニックは貴様を気に入ってるようだが、決して貴様を好きなのではない!」

 

 

 

 

意味が分からん。何が言いたかったんだろう?

 

 

ここでのガイズラーは『マタイによる福音書』第2章のことを言ってるんだ。

 

ユダヤの王ヘロデと「東方の三博士」のエピソードだね。

 

ヘロデは「ユダヤの王イエス」が誕生したという話を聞いて不安になった。実際の王である自分の立場が危うくなるからだ。

 

だけど表向きは「興味」があるような素振りを見せ、三博士に確認して来てほしいと依頼する。その後に自分も拝みに行くからと。

 

そして三博士は、星を頼りにマリアと幼子イエスを訪ねた。有名なシーンだね。

 

『東方三博士の礼拝』ムリーリョ

 

 

さて、その帰り道、三博士はヘロデのもとには寄らなかった。

 

ヘロデの「イエスへの興味」を怪しいと感じたんだよね。口では「会って礼拝したい」と言ってたけど、本心は違うと見抜いたんだ。

 

三博士が気付いたお陰で、マリアとヨセフは幼な子イエスを連れてエジプトへ逃れる時間を得た。三博士が予定通りヘロデに報告していたら、イエスは殺されていたんだね…

 

 

ガイズラーは早口で、このへんの話をまくし立てていたわけだ。

 

リプニックがヘロデ、ガイズラーは三博士なんだね。

 

 

そうゆうことかあ!

 

 

ガイズラーは試写室に電話をかけ、何でもいいから「レスリング映画」を用意しろと命じる。

 

明日リプニックに「あらすじ」を説明しなきゃいけないバートンに見せるためにね。

 

リプニック邸に伺う約束の時間は、朝の8時15分だった。

 

場所はロサンゼルス屈指の高級住宅地MORAGA地区の829番地…

 

 

 

また怪しい数字が出て来たぞ!

 

 

これにも意味があるんやろな。

 

 

もちろん。

 

続きは次回の講釈で。

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:映画

コーエン兄弟『バートン・フィンク』徹底解剖16「ネタバレ御免!」

 

 

 

 

 

さて、「靴」から始まった「妄想」シーンを解説するよ。

 

 

前回はコチラ!

 

 

第15回「タイツに身を包んだ大男って誰?」

 

 

バートンの妄想はとどまるところを知らんな。

 

次々と妄想キャラを生みだしては、奴らと会話しながら作品を作り上げていく。

 

一種のビョーキや。傍から見たら相当キモいやろ。

 

 

なんか、おかえもんに似てるよね。

 

オイラたちみたいな妄想キャラと会話しながら、映画や小説を解説していくところとか。

 

 

・・・・・

 

 

そうゆうヤヤコシイこと言うたらアカン…

 

 

さ、さあ始めようか!

 

今回も頑張りまっしょい!GO GO おかえもん!

 

 

ん?何か言った?

 

持病の耳ダレのせいで耳栓したままだったから、何も聞こえなかったよ。

 

さて、「ぶかぶかの靴」から「A large man in tights」というイメージを掴んだバートンは、さらに妄想を膨らませる。

 

すると「体型がデカくて服がタイトな男」チャーリーが、靴を両手に現れた。

 

 

 

わはは。確かにそうとも読める。

 

 

バートンの妄想キャラである「ホテルの従業員チェット」が靴を取り違えたんだね。

 

二人はベッドに腰かけ、それぞれの靴を履く。

 

 

これは新約聖書『マタイによる福音書』第3章「洗礼者ヨハネ」からの引用だ。

 

3:11 わたしは悔改めのために、水でおまえたちにバプテスマを授けている。しかし、わたしのあとから来る人はわたしよりも力のあるかたで、わたしはそのくつをぬがせてあげる値うちもない。このかたは、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマをお授けになるであろう。

 

今ここでタネ明かしをしちゃうと…

 

「水」というのが「壁の湿気」で、「聖霊と火」というのが「チャーリーと火事」のことなんだよね。

 

 

ああ!そうゆうことか!

 

 

なかなか日本人には難しいジョークだ。やっぱり「アブラハムの宗教」文化圏で育った人じゃないと、ピンと来ないよね。

 

しかもこの時チャーリーは「Jesus, what a day !」を連発する。大ヒントだよね(笑)

 

さらに、一日中歩き回っても契約が取れなかったことを、こんな風に表現するんだ。

 

 

「砂漠でソーダ水が全く売れなかった気分だよ」

 

 

 

まさに荒野で人々に洗礼をしとったヨハネやな。

 

 

だよね。

 

今回のチャーリーとのやり取りは終始こんな感じで「もうそろそろ気付いてくださいね」と言わんばかりなんだ。

 

比喩やメタファーを駆使した歌が、Cメロで種明かしするのと一緒だよね。「実はこういう歌でした」って。

 

 

なるへそ。

 

ジャズのスタンダードナンバーにもなってる1930年代40年代の名曲は、そうゆうのが多かったよな。

 

noteから消えた記事を、早よこっちに引っ越しせえ。

 

 

そうなんだよね。なかなか忙しくて…。

 

さて、チャーリーとバートンはこんなやり取りを交わす。

 

 

チャ「Jesus!お前は保険を必要ないと言った。いいだろう、お前が後悔するだけの話だ。しかし、God!人は時に他人に対して失礼なことを平気でする。そんな時は、お前のようなマトモな人間と話をしたくなるのさ…」

 

「喜んで話し相手になるよ。僕自身も気分を上げたいところだった」

 

 

 

JesusとかGodとか連発し過ぎ(笑)

 

 

ここでは「保険」が「洗礼」に喩えられているんだよ。

 

ちなみに『マタイによる福音書』第3章では、ヨハネが有名な言葉を叫ぶ。

 

「悔い改めよ!」

 

チャーリーのセリフは、そのパロディなんだね。

 

英語のセリフに出て来る「lift(持ち上げる)」という単語が「洗礼」をうまく想起させている。全身を水の中に浸して、そこから「lift」させるからね。

 

チャーリーも「lift」という言葉に反応して、ポケットからバーボンの小瓶を出す。

 

 

 

出ました!伝家の宝刀ワイルドターキー!

 

 

聖霊チャーリーのシンボルだね。

 

 

ちなみに「lift」には「盗む・パクる」という意味もあるんだ。

 

だからバートンの「僕もliftしたかったところだ」というセリフには「ヘブライ聖書からパクる」という意味も隠されている。

 

『マタイによる福音書』は、新約聖書の中でも群を抜いて旧約聖書からの引用ネタが多いからね。

 

 

コーエン兄弟は言葉の魔術師だな。キレッキレ!

 

 

ワイルドターキーの小瓶を片手にチャーリーはこう語る。

 

 

「どこのどいつか知らんが、連中はこんなに素敵なものを瓶詰めしてくれた。そう思わんか、友よ?」

 

 

しかしそれに対してバートンが返事をしなかったので、チャーリーはこう続ける。

 

 

「俺、失礼なこと言ったか?」

 

 

ここも笑えるよね。

 

 

なんで?

 

 

英語で「聖霊」のことを「Holly Spirit」って言うんだ。

 

そしてウィスキーのような強い蒸留酒も「spirit」と呼ぶ。同じ「スピリット」という言葉によるジョークになってるんだね。

 

 

ぎゃふん!

 

 

チャーリーはバートンお構いなしに話を続ける。

 

「しかし人間というのはあそこまで残酷になれるもんかね?特に一部の主婦連中ときたら!たしかに俺は体の重さという問題を抱えている。これは否定できない事実だ。十字架を背負ってるようなもんだな…」

 

 

「十字架を背負う」とか言っちゃってるし…

 

 

もう出血大サービスだよね。

 

チャーリーの言う「体重問題」とは、洗礼者ヨハネが「地上世界で最も大きいのに、天国では最も小さい」ことに違いない。

 

はたして彼はデカいのか小っちゃいのか悩むところだ。

 

さて、失礼な人々に怒ってるチャーリーに対し、バートンはこう答える。

 

 

「それはきっと、人間の自己防衛本能じゃないかな」

 

 

チャーリーは怒りながら言い返す。

 

 

「何に対しての自己防衛だ?保険か?連中にとって必要なものなんだぞ?本来なら俺に感謝すべきことだろう?俺は心の平穏を与えているんだぞ!」

 

 

 

洗礼者ヨハネも怒っていたよね(笑)

 

 

そしてチャーリーは突然話題を変える。

 

 

「お前のアドバイス通り、耳のことで医者に行ったぞ。そしたら《これは感染症です、診察料は10ドルになります》だとよ。俺が最初に《耳ダレがする。感染症らしい》と言ったんだぜ?俺が10ドル払うだと?払うのはそっちだろう!」

 

 

 

やぶ医者やな…っちゅうか悪徳医者や。

 

 

これも『マタイによる福音書』第3章のパロディなんだよ。

 

イエスはヨハネの噂を聞きつけ、バプテスマ(洗礼)を受けに行った。だけどヨハネはイエスを見て「只者ではない」と感じ、逆に自分が受ける立場だと語った…

 

3:14 ところがヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った、「わたしこそあなたからバプテスマを受けるはずですのに、あなたがわたしのところにおいでになるのですか」

 

 

わお!たしかに!

 

 

さらにチャーリーは話を続ける。

 

 

「俺の《片腹痛い話》を聞いてくれよ。それとも俺の話なんて《豆の丘》みたいに何の価値もないかな?」

 

 

 

豆の丘?

 

 

チャーリーは「a hill of beans」って言うんだけど「何の価値もない」って意味なんだよね。

 

でもこれは「hill」って単語を出したかったから、わざわざ使った表現なんだよ。

 

「belly-aching」と「hill」で、何か思い浮かばない?

 

 

「腹が痛む」と「丘」?

 

もしや…

 

 

その「もしや」だよ。

 

イエスは「ゴルゴタの丘」で処刑された時、最後にロンギヌスによって脇腹を槍で刺された。

 

チャーリーは洗礼者ヨハネのことだけじゃなくて、イエスの最後のシーンのヒントも与えようとしているんだ。

 

《イエスの磔刑》フラ・アンジェリコ

 

 

同時に二つのシーンを!?

 

 

実は「ヨハネによるイエスの洗礼」と「イエスの死」のシーンは、共通点があるんだ。

 

どちらも「天国と地上を行き来する聖霊」が登場するんだよね。肉体としてのイエスの中に入っている聖霊がね。

 

しかも『マタイによる福音書』第3章で描かれる洗礼シーンでは、聖霊が「鳩の姿」で降りて来るんだ。

 

3:16 イエスはバプテスマを受けるとすぐ、水から上がられた。すると、見よ、天が開け、神の御霊がはとのように自分の上に下ってくるのを、ごらんになった。

 

グイド・レーニ『イエスの洗礼』

 

フラ・アンジェリコの『受胎告知』で聖霊が「鳩の姿」をしていたのも、ここに由来するものだったんだね。

 

 

 

なんか、いろいろ繋がった感がある。

 

 

さて、チャーリーはバートンに「お前の《the life of the mind》の調子はどうだい?」と尋ねる。

 

バートンはこんな風に答えた…

 

 

「うん、まあまあなんだけど、まだキッカケが掴めないんだ。何か決定的なアイデアがあれば書き始められるんだろうけど、まだそれが見つけられていない。もしかしたら、僕には芝居のアイデアが1つしか無かったんじゃないのかな。それをもうNYで使っちゃったから、何も残っていないのかも。ジーザス・クライスト!これじゃあ僕は詐欺師じゃないか。ここに座って、ただ白紙の紙を見つめて…」

 

 

 

お前がジーザスとかクライストとか言うとる場合とちゃうやろ。その話を書くんや!

 

 

笑えるよね。

 

しかもNYで書いた芝居は、まさにイエス・キリストの物語だった。そしてそれがLAで再現されているというのにね。

 

NYでの芝居『魚売り』=LAで書く脚本『タイツ姿の大男』=映画『バートン・フィンク』=福音書

 

という図式になっているわけだ。

 

 

最初のシーンに全ての答えがあったんだな!

 

 

まさかそんな構造になってるなんて、最初にNYの芝居シーンを見た時は思わなかったけどね。

 

やってくれるよ、コーエン兄弟は。

 

 

さて、チャーリーはまた話題を変える。

 

 

「隣の部屋で盛ってる《つがい》が気になってしょうがないんだな」

 

 

 

図星や。めっちゃ気になっとったもんな。

 

 

 

ちなみに英語のセリフだと「two love-birds」と言うんだけど、これは『マタイによる福音書』第10章に出て来る「つがいのスズメ」のことだね。

 

チャーリーにズバリ言い当てられたバートンは動揺した。

 

 

「どうやってそれを…?」

 

チャ「なぜわかるかって?連中が何をしてるかくらい手に取るようにわかるさ、兄弟よ。お裾分けしてもらいたいもんだ」

 

「そうだね…。だけどどうして…」

 

チャ「何というか、このオンボロホテルで起こってることが、何でも聞こえてくるというか…。排水パイプや何かを伝わってな。こんな狂った世界で仕事をしなくて済むのが唯一の救いだよ」

 

 

さすが聖霊(笑)

 

 

バートンはチャーリーに励ましの言葉を贈る。

 

 

「明日は保険が半ダースくらい売れるといいね」

 

 

 

懐かしいな、ザ・ハンダース。

 

 

なにそれ?

 

「ダース」という言葉を使いたかったんでしょ?

 

バートンの頭の中には、すでに12使徒のイメージがぼんやりとあるんだよ。

 

 

その通り。あとはキッカケだけなんだよね(笑)

 

そしてチャーリーは突然「NY出張」の話を始める。本部のゴタゴタで急に数日間ニューヨークへ行かなければならなくなったんだ。

 

唯一の話し相手が居なくなることに不安そうな表情を浮かべるバートンに対し、チャーリーは「大丈夫、二三日で帰って来る」と告げる。

 

これはね…

 

 

わかった!

 

イエスの死と復活だ!

 

 

ふふふ。ご名答。

 

二日してのち、つまり三日目に復活したイエスだね。

 

だからチャーリーは「お前の脚本が完成する前には戻らないとな」と言った。聖霊であるチャーリーがいないと話が進まないからね。

 

そしてバートンは、NYの両親を訪ねることを勧める。

 

 

「ニューヨークは余所者に冷たい街だ。もし手料理が食べたかったら、僕の両親モーリスとリリアン・フィンクを訪ねるといい。デイブおじさんとフルトン・ストリートに住んでいる…」

 

 

 

ん?どっかで聞いた名前やな…

 

 

映画の最初に登場した芝居『魚売り』の登場人物の名前だよ。

 

NYの芝居は映画『バートン・フィンク』の縮図だったからね。

 

 

 

なるほど!

 

確かに今回の「妄想シーン」は、コーエン兄弟からの「ネタバレ・サービス」だな!

 

 

すると、再びバートンの部屋の壁紙がめくれ始める。今度はベッドの方じゃなくて入り口付近の壁だ。

 

しかも今回は湿気がこれまで以上に酷く、剥がれた壁紙からポタポタと滴り落ちるほど…

 

 

 

これも意味有り気だな!

 

 

このシーンは「洗礼者ヨハネ」と「イエスの死と復活」がテーマや!

 

滴り落ちる湿気は「洗礼の際の水滴」と「イエスが脇腹から流した血」を表しとるんやで!

 

 

その通り。

 

だから今までみたいに「広い壁面」じゃなくて、ドアの近くで剥がれたんだね。

 

よく見ると、ドアの木枠が十字架っぽく見えるんだよ。

 

 

ああ!ホントだ!

 

 

細部まで徹底して作られているよね。そして二人はこんな会話を交わす。

 

 

チャ「ニューヨークから来たお前さんは、こんな悲惨な状況が我慢ならんだろう」

 

「どういう意味?」

 

チャ「このイラつく熱気だよ」

 

 

 

あれ?

 

死んだイエスの肉体から抜け出た聖霊が二三日出かけるニューヨークって…

 

 

そう、天国のことだ。

 

悲惨な事件は無いけど、よそ者には冷たいらしい(笑)

 

バートンの両親「モーリスとリリアン」というのは、モーセとミリアム兄妹のことだね。そして「デイブおじさん」は、そのまんまダビデだ。

 

僕は最初にニューヨークはエルサレムのことだと言ったけど、天国だったんだね。

 

アーク(聖櫃)があったからてっきりエルサレムかと思ったんだけど、よく考えたらアークはずっと行方知れずでエルサレムには無かった。

 

天国に置かれてたんだな(笑)

 

 

 

 

 

なるほどね〜!

 

ダラダラ書き続けるのも時にはいいもんだな。こうやって理解が深まっていき、修正点や新たな発見も見つかる。

 

 

そう言ってもらえると嬉しいよ。

 

では今回の「妄想」はこれでお終い。

 

次回の「妄想」はプロデューサーのガイズラーが再び登場だ。

 

もちろん早打ちタイピストおばちゃんもね!

 

それでは皆さん、ごきげんよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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